グレアと家
翌日、月曜日の朝。
家はいつもとは様子が違っていた。
透と澪が学校に行く準備をしている横で、グレアソファーに座ったり立ったりしている。
<私は、何をすればいいだろうか…>
透は優しく答える。
<無理しなくていいよ、まだこの世界にも慣れて無いでしょ?>
グレアは少し不満そうに黙った。
玄関で透と澪を見送った、グレアは考える。
透は夕方まで帰ってこない、その間、自分には何ができるだろうか。
考えていても何も始まらないと思い、リビングに入った。
リビングでは母が朝食の皿を洗い、父はパソコン、というものをカタカタと叩いている。
<お父様、お母様、私に何か手伝えることは無いでしょうか?>
その言葉に母はなにか考えている顔をする。
「うーん、お手伝ね…」
直ぐに何かを思いついたらしく笑った。
「もう直ぐお皿洗い終わるから、日本語でも学んでみる?お昼は一緒にご飯、作りましょ」
グレアは母が何を言っているかは分からなかった。
それを理解している母も身振り手振りでなんとか伝えようとしている。
少し待っているとグレアは椅子に座るように促された。
座った横に母が紙とペンを持ってきて座った。
「んー何から教えればいいかしらね」
「とりあえず身の回りのものから覚えましょ」
母はコップに入った水を指差してゆっくりと言った。
「みず」
グレアはそれに続いた。
「みじゅ」
うまく言葉が発音できない。正しい発音を聞きながら何度も何度も繰り返す。
それを母は微笑ましく見ている。
その後も、単語の意味を念話で確認しながらどんどん覚えていく。
休憩している間も、グレアはテレビから日本語を学ぼうと真剣に画面を見ている。
母はその様子を見ながら父に言う。
「すごくいい子じゃない」
父は頷きながら答えた。
「うん、とてもね」
そうこうしているうちに、時計の短針が12に近づいていた。
母は立ち上がって台所に向かった。
冷蔵庫を空ける音、まな板を出す音。
グレアはその動きを目で追って、しばらくしてから、覚えたての言葉を探るように口を開いた。
「…て、てつだう」
母がグレアの方を見て、グレアを呼んだ。
「それじゃあ、ネギ、切ってもらおうかな」
そう言って母は手本を見せてからグレアに包丁を手渡した。
グレアは慣れない手つきで包丁を動かしていく。
食卓にはザルに入った蕎麦と、少し不恰好な刻みネギが並んでいた。
それを食べながら母が言う。
「蕎麦はいいわね、簡単で早くて美味しい」
「今日はグレアちゃんが手伝ってくれたから、すっごい楽だったわ」
グレアは母が何を言っているのか分からないが、感謝されているんだろうという雰囲気を感じ取って微笑んでいる。
午後も同じように日本語を学びながら、グレアは透と澪の帰りを待った。
外がオレンジ色に光るころ、玄関の方でドアが開いた音がする。
グレアは立ち上がってリビングの入り口の目の前に立った。
透がドアを開けた時、グレアが口を開く。
「…とおる、みお…おかえり」
透は目を見開いて固まっている。
先に動いたのは澪だった。
「ちょっと待って、もう覚えたの?天才?」
グレアは一瞬表情を固くした。
間違えたのかもしれない、と思ったらしい。
母が台所から声をかける。
「グレアちゃん、今日ずっと頑張ってたのよ」
その声にグレアが母の方を向いた。
澪がグレアの手を取って連れて行こうとする。
「まだご飯まで時間あるし、私が日本語教えてあげる!」
グレアは戸惑いながらも澪の跡をついて澪の部屋に向かっていった。
家の中にはいつもと違う笑い声と、新しい風が吹き込む。
昨日まで異物だった少女は、新しい形で家族の一員になろうとしていた。




