迷い込んだ少女、居候
少しの間、沈黙が続いた。
沈黙を破ったのは慧だった。
<とりあえず、現状の整理だ>
<グレアは気が付いたらダンジョンの中にいた。別の世界からきていて、害意はない。目標は帰ること。でいいか?>
グレアは短く答える。
<ああ、そうだ>
<俺は別の世界への行き方に心当たりはない>
<ただ、ヒントはダンジョンにあると思ってる>
<透、あの立方体、どこにある?>
透は机の引き出しをあけて、立方体を持ってきた。
<これは俺たちがダンジョンの十三層で見つけたものだよ。慧と話した結論は、この世界の物ではない。それがダンジョンの物なのか、異世界の物なのかは分からないけどね>
その言葉を聞いて、グレアの目の色が変わる。
<魔力箱…それは、私のいた世界で作られた物で間違いないと思う>
透は手の中の立方体を見た。
十三層で拾ったときから、これは妙だった。
それを今、目の前の少女は当然みたいに知っている。
慧が言う。
<やはりな。ダンジョンは、少なくともお前の世界と無関係じゃない>
グレアは立方体を見たまま短く言う。
<帰る手がかりになるなら、私はダンジョンに行く>
立方体の話になってから、会話は長くなった。
分かることは少ないまま、分かったことだけを積んでいく。
グレアは帰る手段を探したい。
透と慧は、ダンジョンの先にあるものを知りたい。
三人は、同じ方向を向いている。
話はその先のことに移った。
<グレアを、どうする>
慧の短い質問に、透は答える。
<…協会や国、は危ない気がする。グレアがどう扱われるか、分からない>
透はグレアを見た。
赤い髪、角、別の世界から来た少女。
慧は透に同意する。
<同感だ。ただでさえダンジョンの中で見つかってる。災害の件もある。ダンジョンに対して悪感情を持ってるやつも多い>
<どちらかの家で預かるしかない、が、うちは無理だぞ。親は仕事でほとんど家にいない上に、俺は人と共同生活とか無理だ>
透は少し黙った。
それはそうだ、と思う。
慧の家に置く形は、最初からあまり現実的ではなかった。
部屋の中が静かになる。
グレアも、自分のことを話していることを分かっているらしかった。
さっきより表情が固い。
<…別に、無理に匿わなくてもいい>
<私の存在が公になったら、騒ぎになるのだろう?なら早いうちに縛ってどこかへ渡してくれてもかまわない>
透は眉をひそめた。
<そう言う話じゃないよ>
グレアは答えない。
強がっているのはわかる。
ただ、本気でもあるのだと思う。
透は小さく息を吐いた。
<ちょっと父さんと母さんに聞いてみる>
慧が透を見ながら言う。
<いいのか?>
<ほかにないでしょ?>
透はそう言って、立ち上がってドアノブに手をかけた。
<待ってくれ、私も行く>
<世話になるのをお願いするのは私だ。私が行かなければ筋が通らない>
そう言ってグレアも立ち上がる。
二人は階段を下りる。
ダンジョンの階段を下りるのとは、また違った緊張感に包まれていた。
二人はリビングに入る。
母は台所で料理、父は椅子に座って本を読んでいる。澪は自分の部屋にいるのだろう、リビングにはいなかった。
透は両親に声をかける。
「父さん、母さん。話があるんだけど」
二人は透の方を見たまま固まる。
グレアの気配遮断はもう切れている。
「落ち着いて聞いてほしい。この子はグレア、ダンジョンで出会った。見た目はこうだけど、悪い子じゃないんだ。どう説明すればいいのか難しいんだけど、行く場所がないんだ。せめて、今夜だけでも、うちに置いてあげられないかな」
二人はまだ固まっている。
<私はグレア・ルーヴェン・アルディアと申します。こことは別の世界から迷い込んで来ました。突然押し掛ける形になったこと、非礼を詫びます。一晩だけでも、置いていただけないでしょうか>
母が先に口を開く。
「私は、いいと思う。澪と同じぐらいの年の子が行く当てがないっていうなら…」
父は透を見つめて一息吐いてから言った。
「透は信用してるんだろ。俺は反対しない。それでも家族のことだ。澪にも話をするべきだ」
透は自室にいる澪を大声で呼んだ。
沈黙している家に、澪のどたどたとした足音が響く。
「透、誰?その子」
透は澪にも、両親にしたのと同じ話を繰り返した。
「ふーん、それでその子をうちに住ませるってことね?」
「女っ気のない透が初めて家に連れてくる女の子が、日本人じゃないどころか、地球人ですらないとはね…」
「また、すごいの連れてきたねぇ、透。私は楽しそうだし、いいよ」
透はほっと息を吐く。
これまで両親にほとんど反対されたことは無かった。
ダンジョンに行くと決めたときでさえ、条件は付けられたものの、禁止まではされなかった。
さすがに今回ばかりは、却下されるものだとばかり思っていた。
「ありがとう」
透はそう零したあと、グレアに説明をした。
<どこぞの馬の骨ともわからない私を家に置いてくださること、感謝申し上げます。出来る限りのことはさせて頂きます。何でも申しつけて下さい>
澪がグレアの念話に反応した。
「何これ?頭の中に声が響いてる感じがするんだけど…」
透は念話とグレアが日本語を話せないことを説明した。
家族は誰も魔法を使った経験もない。
家族が念話を習得するには相当な時間がかかることが予想される。
グレアが日本語を覚える方が早いかもしれない。
今のところはグレアから一方的に意思を伝えることしかできない。
しばらくは透が通訳をすることになった。
それで全部がうまくいくとは思わない。
グレアはまだ異質で、この家に馴染んではいない。
それでも今夜は、ここが彼女の居場所だった。
メインで使用してたパソコンがいきました。原因究明と速やかな解決に努めます。解決するまで、今後の執筆作業がiPadになるため、更新頻度がとてつもなく落ちる可能性があります。




