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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
1章

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7/80

ステータス、猜疑

五日経った。

落ち着いた、とは言えない。

テレビはずっとその話をしているし、スマホを開けば関連の投稿が流れてくる。

ただ――人間の順応だけが、少しずつ先に進んでいた。


教室でも、話題は消えなかった。

「でさ、結局中って草原なんだろ?」

「草原の先に何があるんだよ」

「海外のやつ、もう潜ったって言ってる」

「見た? “ステータス出た”ってやつ」

「嘘くせえ」

その言葉が出るたび、笑いとざわめきが混ざる。


透は席に座ったまま、聞こえないふりをした。

聞こえないふりをしても、耳が拾ってしまう。


“ステータス”。

ゲームの言葉。

でもそれが、誰かの「体験談」っぽい形で増えていた。


昼休み、透がスマホを開くと、海外の投稿が翻訳付きで回ってきた。

『奥で“ネズミみたいなやつ”を一体倒した後、視界の端に文字が出た』

『レベル1、みたいな表示。信じてくれないだろうけど』

『写真? 撮れない。画面には映らない。本人にしか見えない』


コメント欄は地獄だった。

『嘘松』

『幻覚だろ』

『ドラッグ』

『でも同じこと言ってる人多くね?』

『政府が隠してるんだよ』

『強くなるなら独占するに決まってる』


証拠が出にくい。

それが一番タチが悪い。

本人にしか見えない。

写真にも動画にも写らない。


だから、否定も肯定も決め手がない。

そして決め手がないまま、噂だけが太る。


“入った人が強くなる”

“中で倒すとレベルが上がる”

“政府はもう知ってる”

“だから封鎖してる”


透はスクロールを止めた。

『本当に強くなるなら、政府だけが入れるのはおかしいだろ』

その投稿が、妙に伸びていた。


『税金払ってるのに』

『選ばれたやつだけが強くなるの?』

『国が独占して軍隊作ってる』

『一般人が入ったら危険だから止めてるだけ』

『危険って言いながら、内部調査はしてるじゃん』

言ってることはめちゃくちゃなのに、筋だけ通ってしまう。


“得があるなら、独占するのが普通だ”

“独占してないなら、隠している”

透は背中がむず痒くなって、スマホを閉じた。


慧が前の席で、後ろ向きに腰掛けた。

「見た?」

「……見た」

「ステータスのやつ?」

透は返事をしなかった。


慧は勝手に続ける。

「写らないってのがな。何言っても反証しにくい」

「……反証」

「うん。信じたい人が信じる形」

慧はそこで少しだけ眉を寄せた。


「問題は、信じたい人が増えること」

透は喉が鳴った。

「増えると、どうなる」

「封鎖を破るやつが増える」

慧の言い方は淡々としているのに、内容は重かった。


「本当に強くなるなら、入らせろって騒ぐ。入ったやつが“成功体験”を語る。証拠は出ない。だから余計に燃える」

透はその流れが、やけに簡単に想像できた。

そして、想像できるほど“ありそう”なのが嫌だった。


ニュースでは、政府の会見が流れていた。

『内部の安全確認が取れていないため、危険区域への立入は――』

同じ言葉。

同じトーン。

同じ「詳細は控える」。


それが、余計に疑われる。

本当に何もないなら、言えるはずだ。

本当に危険なら、なぜ入っている。

入っているなら、なぜ教えない。

答えはひとつじゃないのに、みんな"ひとつ"に決めたがる。


透は思った。

世界はまだ壊れていない。

街も学校も、昨日と同じ形をしている。

でも、人の視線だけが変わっていく。

“穴”を見る目。

“国”を見る目。

“強さ”を見る目。


放課後、帰り道で救急車のサイレンが聞こえた。

前より多い気がした。

気のせいかもしれない。

透は、空を見上げた。


五日経っても、終わらない。

むしろ、じわじわ広がっていく。

そして――

誰かが、境界線を越えるのは時間の問題だと思った。

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