ステータス、猜疑
五日経った。
落ち着いた、とは言えない。
テレビはずっとその話をしているし、スマホを開けば関連の投稿が流れてくる。
ただ――人間の順応だけが、少しずつ先に進んでいた。
教室でも、話題は消えなかった。
「でさ、結局中って草原なんだろ?」
「草原の先に何があるんだよ」
「海外のやつ、もう潜ったって言ってる」
「見た? “ステータス出た”ってやつ」
「嘘くせえ」
その言葉が出るたび、笑いとざわめきが混ざる。
透は席に座ったまま、聞こえないふりをした。
聞こえないふりをしても、耳が拾ってしまう。
“ステータス”。
ゲームの言葉。
でもそれが、誰かの「体験談」っぽい形で増えていた。
昼休み、透がスマホを開くと、海外の投稿が翻訳付きで回ってきた。
『奥で“ネズミみたいなやつ”を一体倒した後、視界の端に文字が出た』
『レベル1、みたいな表示。信じてくれないだろうけど』
『写真? 撮れない。画面には映らない。本人にしか見えない』
コメント欄は地獄だった。
『嘘松』
『幻覚だろ』
『ドラッグ』
『でも同じこと言ってる人多くね?』
『政府が隠してるんだよ』
『強くなるなら独占するに決まってる』
証拠が出にくい。
それが一番タチが悪い。
本人にしか見えない。
写真にも動画にも写らない。
だから、否定も肯定も決め手がない。
そして決め手がないまま、噂だけが太る。
“入った人が強くなる”
“中で倒すとレベルが上がる”
“政府はもう知ってる”
“だから封鎖してる”
透はスクロールを止めた。
『本当に強くなるなら、政府だけが入れるのはおかしいだろ』
その投稿が、妙に伸びていた。
『税金払ってるのに』
『選ばれたやつだけが強くなるの?』
『国が独占して軍隊作ってる』
『一般人が入ったら危険だから止めてるだけ』
『危険って言いながら、内部調査はしてるじゃん』
言ってることはめちゃくちゃなのに、筋だけ通ってしまう。
“得があるなら、独占するのが普通だ”
“独占してないなら、隠している”
透は背中がむず痒くなって、スマホを閉じた。
慧が前の席で、後ろ向きに腰掛けた。
「見た?」
「……見た」
「ステータスのやつ?」
透は返事をしなかった。
慧は勝手に続ける。
「写らないってのがな。何言っても反証しにくい」
「……反証」
「うん。信じたい人が信じる形」
慧はそこで少しだけ眉を寄せた。
「問題は、信じたい人が増えること」
透は喉が鳴った。
「増えると、どうなる」
「封鎖を破るやつが増える」
慧の言い方は淡々としているのに、内容は重かった。
「本当に強くなるなら、入らせろって騒ぐ。入ったやつが“成功体験”を語る。証拠は出ない。だから余計に燃える」
透はその流れが、やけに簡単に想像できた。
そして、想像できるほど“ありそう”なのが嫌だった。
ニュースでは、政府の会見が流れていた。
『内部の安全確認が取れていないため、危険区域への立入は――』
同じ言葉。
同じトーン。
同じ「詳細は控える」。
それが、余計に疑われる。
本当に何もないなら、言えるはずだ。
本当に危険なら、なぜ入っている。
入っているなら、なぜ教えない。
答えはひとつじゃないのに、みんな"ひとつ"に決めたがる。
透は思った。
世界はまだ壊れていない。
街も学校も、昨日と同じ形をしている。
でも、人の視線だけが変わっていく。
“穴”を見る目。
“国”を見る目。
“強さ”を見る目。
放課後、帰り道で救急車のサイレンが聞こえた。
前より多い気がした。
気のせいかもしれない。
透は、空を見上げた。
五日経っても、終わらない。
むしろ、じわじわ広がっていく。
そして――
誰かが、境界線を越えるのは時間の問題だと思った。




