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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
3章

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謎の立方体、宝箱

十二層の空気は、乾いている。


同じ洞窟でも、十一層とは違う。

湿り気が引いて、岩の匂いが強い。

音も硬く、足音が軽く返ってくる。


透は盾のベルトを一度だけ締め直した。


慧が言う。


「次が来ても、同じ方法で行く」

「お前が流して、俺が割る」


透が頷く。


「うん。それがよさそうだね」


前に出る。

距離を詰めて、ヘイトを受ける。


それが、透の仕事になった。


通路の先。

また像みたいに立っている影がある。

人の形に見えるが、少し大きい。岩。


遠くから見てる分には動かない。


近づいた瞬間、起動した。


腕が上がって、落ちてくる。


透は盾を斜めに出す。

受け流すたびに、だんだん最適な捌き方が分かってくる。


衝撃が滑る。


腕にしびれが走るが、身体の芯には響かない。

上手く往なせてる。そんな感覚。


透は息を吐いた。


「……いい」


慧が横へ回って、鈍器を落とす。

肘。膝。

岩粉が散る。薄く黒い靄がにじむ。


ゴーレムの動きが遅くなる。


透は一歩踏み込む。

掴まれる前に、距離を潰しに行く。


指が伸びてくる。

遅いのに、確実に届く。


透は横から盾で叩く。

掴ませない。

触れさせない。


慧の二発目が入る。

同じ場所。


大きくひびが入る音。


三発目で、崩れた。


黒い靄が岩粉と混ざってほどける。

魔石が落ちる。


透は拾わずに、まず息を整えた。

胸は苦しくない。腕のしびれも悪くない。


慧が言う。


「だいぶいいな。上手くなってる」


透が頷く。


「流し方が分かってきた。これなら、安全に戦えるよ」


二体目、三体目。


同じように倒していく。


透は前に立って、盾で流す。

視線と向きを固定する。

慧が削る。


いつの間にか、手順が揃っていく。

どんどん余裕が出てくる。

戦いからタスクに変わっていく。


四体目で、ゴーレムの振り下ろしが一度だけ速くなった。


最初の一歩。踏み込みが速い。


透のタイミングが一瞬ずれる。

いつもと半歩分、位置が違う。


それだけで掠る。


左肩が熱い。ちょっとした擦り傷に焦る。


それでも、透は止まらない。

止まるほどの痛みじゃない。

止まった方が危ないのは分かっている。


慧が首の後ろに鈍器を落とした。

ヒビが入る。二発目。

ゴーレムが崩れる。


それと同時に体が軽くなる。

慧もステータスを確認しているのが、目線で分かる。


【観月 透】


【Lv】16→17

【MP】192→211

【筋力】55→59

【敏捷】59→62

【魔力】48→52


「上がったね」


「ああ、上がった。ところで、お前、油断してただろ」


透は肩を掌で押さえて、治しながら言う。


「ちょっとだけね、慣れてきたと思っちゃった」


慧が返す。


「今回はかすり傷で済んで良かった。ただ、ここでは命が懸かってるんだ。気は抜くな」


透は、少しばつが悪そうに頷く。


どんどん奥へ進んでいく。


十二層には、分岐がある。

ちょっとした迷路みたいだ。

分かれて、また分かれる。


慧が言った。


「この先もこんな感じなら、地図、作ったほうがいいかもな」


透は壁を見た。


「記憶で進むのには限界があるね」


ずっと壁を見ていて気が付いた。

削れ方が均一なところがある。

岩肌のざらつきが不自然に途切れている。


「……人工物、って感じだね」

透が言う。


慧が黙ってついてくる。


さらに進む。


行き止まりの部屋に出た。

通路が少しだけ広がっていて、天井が高い。


中心に、何かがある。


透は足を止めた。


「……宝箱?」


口に出した瞬間、少しだけ変な感じがした。

ダンジョンはもう現実になった。

それでも、目の前にある、そこそこ大きな箱には、違和感を感じざるを得ない。


慧が言う。


「ぽいな。でも、罠があるかもしれない」


箱は黒い。光を吸うような黒。

質感は木に似ているが、木ではない。


透は近づかず、ライトを横から当てる。


ほんの一瞬だけ、影が、遅れた気がした。

見間違いかもしれない程度。


慧が水を少し出した。

指先で床に落とす。


水は普通に広がって、床が濡れる。

変化はない。


慧が言う。


「床には仕掛けはないか」


透が頷いて答える。


「触ってみるよ」


透は盾を前に出したまま、宝箱の前にしゃがんだ。


触ってみる。

温度を感じない。冷たくも、温かくもない。不思議な手ざわり。


盾を構えたまま開けてみる。罠は無いようだった。


中には手のひらサイズの立方体。

大きな宝箱の中に、ちょこんとただ、そこにある。


中に入っていた立方体を持ち上げると、宝箱が黒い靄に変わって消えた。


「宝箱自体は持って帰れないようになってるのかな」


慧が答える。


「みたいだな。不思議だが、受け入れるしかない」


謎の立方体は恐ろしく軽い。

質感は金属に似ているのに、そうとは思えないほどに軽かった。


透は箱の上面に光を当ててみる。

表面に薄い幾何学文様。

ライトの角度で模様が変わる。


慧が言う。


「……何だ、それ」


透は答えず、指でなぞった。


引っかかる場所がない。


回復魔法をかけてみる。


吸われる感触がした。

でも、それだけ。


何も起きない。


慧が言う。


「反応はするのか?」


透が頷く。

「吸われてる感覚はある。でも開かない」


慧が水を少し落とした。


水滴が玉になって転がった。

箱は濡れずに、水を弾く。


慧が眉を寄せた。


「水は弾く……素材も不明、ときたか」


透は箱の模様を見た。


円と線。三角の分割。

欠けた部分がある。

規則的に見える。


透が目を細めた瞬間、視界の端が揺れた。


霜みたいなものが一瞬だけ浮く。

前に見たものと、同じようで、少し違う。


透が瞬きをすると、消えた。


慧が言う。


「今、何か見えたか」


透は一拍置いた。


「……見えた。三層の罠で見えたものと似てるような、似てないような…」


慧が言う。


「はっきりしないな。とりあえず俺たちに今わかることはないか」


透が頷く。


慧は箱を見たまま黙って考えている。


それから言った。


「協会に出す?」


透はすぐに首を振った。


「出さない」


慧が透を見る。


透は言った。


「出したら、もう戻ってこないかもしれない。今はお金よりも情報の方が欲しい」

「それに、魔法が関係してるなら、協会より俺たちの方がわかることは多いかもしれない」


慧が言う。


「隠すのはリスクだぞ。バレたら面倒だ」


透が頷く。


「分かってる。でも、なんだか大事なものな気がするんだ」


慧はしばらく透を見て、頷いた。


「……わかった。持ってろ」


透は箱を鞄の奥底にしまう。


慧が言った。


「ダンジョンって、何なんだろうな」


透は答えられない。分かってることが少なすぎる。


慧が続ける。


「さっきの立方体一つとっても、分からないことだらけだ」


透が言う。


「魔法を吸われる感覚はあった。魔力が、何かのカギになるんだと思う」


透は箱の感触を思い出す。

拒むかのように水を弾き、魔法を吸うかのような反応を見せた。


慧が言う。


「そう考えると、置いてある場所も変だったな」

「誘われてた感覚がする」


透が言う。


「偶然じゃない。少なくとも、俺はそう思う」


慧が頷いた。


「俺もだ」


十二層の奥は、まだ続いている。

でも今日は十分だった。


引き返す。


帰り道でゴーレムが一体、遠くに見えた。

避けて帰る。

戦えるようになったのに、戦う気分じゃなかった。

今日は戦う日じゃない。


十一層。

糸。蜘蛛。

焼く。潰す。

ここはもう作業だ。


八層。

小部屋。転移陣。

一層。


外の空気が冷たい。

夕方の匂いがする。


慧が言った。


「収穫はあった。疑問も増えたけどな」

「十二層はもういける」


透が頷いた。


「盾、買ってよかった」

「でも、あの立方体は……」


慧が言う。


「まだ何もわからない。何かの装置なのか、中に何か入っているのか」


透が言う。


「もしかしたら、何でもないかもよ」


慧が言う。


「何かは、あるだろうな。あんなところにあったんだ」


透は返さなかった。


歩きながら、頭の片隅で考える。

なぜ十二層にあったのか。

なぜ宝箱に入っていたのか。

あの模様は何なのか。


考えても答えは出ない。


でも、手の中に残る吸われた感覚。


分からないことがどんどん増えていく。

3章はこれで終わりです。いくつか閑話を挟んで4章が始まります。今後もよろしくお願い致します。

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