謎の立方体、宝箱
十二層の空気は、乾いている。
同じ洞窟でも、十一層とは違う。
湿り気が引いて、岩の匂いが強い。
音も硬く、足音が軽く返ってくる。
透は盾のベルトを一度だけ締め直した。
慧が言う。
「次が来ても、同じ方法で行く」
「お前が流して、俺が割る」
透が頷く。
「うん。それがよさそうだね」
前に出る。
距離を詰めて、ヘイトを受ける。
それが、透の仕事になった。
通路の先。
また像みたいに立っている影がある。
人の形に見えるが、少し大きい。岩。
遠くから見てる分には動かない。
近づいた瞬間、起動した。
腕が上がって、落ちてくる。
透は盾を斜めに出す。
受け流すたびに、だんだん最適な捌き方が分かってくる。
衝撃が滑る。
腕にしびれが走るが、身体の芯には響かない。
上手く往なせてる。そんな感覚。
透は息を吐いた。
「……いい」
慧が横へ回って、鈍器を落とす。
肘。膝。
岩粉が散る。薄く黒い靄がにじむ。
ゴーレムの動きが遅くなる。
透は一歩踏み込む。
掴まれる前に、距離を潰しに行く。
指が伸びてくる。
遅いのに、確実に届く。
透は横から盾で叩く。
掴ませない。
触れさせない。
慧の二発目が入る。
同じ場所。
大きくひびが入る音。
三発目で、崩れた。
黒い靄が岩粉と混ざってほどける。
魔石が落ちる。
透は拾わずに、まず息を整えた。
胸は苦しくない。腕のしびれも悪くない。
慧が言う。
「だいぶいいな。上手くなってる」
透が頷く。
「流し方が分かってきた。これなら、安全に戦えるよ」
二体目、三体目。
同じように倒していく。
透は前に立って、盾で流す。
視線と向きを固定する。
慧が削る。
いつの間にか、手順が揃っていく。
どんどん余裕が出てくる。
戦いからタスクに変わっていく。
四体目で、ゴーレムの振り下ろしが一度だけ速くなった。
最初の一歩。踏み込みが速い。
透のタイミングが一瞬ずれる。
いつもと半歩分、位置が違う。
それだけで掠る。
左肩が熱い。ちょっとした擦り傷に焦る。
それでも、透は止まらない。
止まるほどの痛みじゃない。
止まった方が危ないのは分かっている。
慧が首の後ろに鈍器を落とした。
ヒビが入る。二発目。
ゴーレムが崩れる。
それと同時に体が軽くなる。
慧もステータスを確認しているのが、目線で分かる。
【観月 透】
【Lv】16→17
【MP】192→211
【筋力】55→59
【敏捷】59→62
【魔力】48→52
「上がったね」
「ああ、上がった。ところで、お前、油断してただろ」
透は肩を掌で押さえて、治しながら言う。
「ちょっとだけね、慣れてきたと思っちゃった」
慧が返す。
「今回はかすり傷で済んで良かった。ただ、ここでは命が懸かってるんだ。気は抜くな」
透は、少しばつが悪そうに頷く。
どんどん奥へ進んでいく。
十二層には、分岐がある。
ちょっとした迷路みたいだ。
分かれて、また分かれる。
慧が言った。
「この先もこんな感じなら、地図、作ったほうがいいかもな」
透は壁を見た。
「記憶で進むのには限界があるね」
ずっと壁を見ていて気が付いた。
削れ方が均一なところがある。
岩肌のざらつきが不自然に途切れている。
「……人工物、って感じだね」
透が言う。
慧が黙ってついてくる。
さらに進む。
行き止まりの部屋に出た。
通路が少しだけ広がっていて、天井が高い。
中心に、何かがある。
透は足を止めた。
「……宝箱?」
口に出した瞬間、少しだけ変な感じがした。
ダンジョンはもう現実になった。
それでも、目の前にある、そこそこ大きな箱には、違和感を感じざるを得ない。
慧が言う。
「ぽいな。でも、罠があるかもしれない」
箱は黒い。光を吸うような黒。
質感は木に似ているが、木ではない。
透は近づかず、ライトを横から当てる。
ほんの一瞬だけ、影が、遅れた気がした。
見間違いかもしれない程度。
慧が水を少し出した。
指先で床に落とす。
水は普通に広がって、床が濡れる。
変化はない。
慧が言う。
「床には仕掛けはないか」
透が頷いて答える。
「触ってみるよ」
透は盾を前に出したまま、宝箱の前にしゃがんだ。
触ってみる。
温度を感じない。冷たくも、温かくもない。不思議な手ざわり。
盾を構えたまま開けてみる。罠は無いようだった。
中には手のひらサイズの立方体。
大きな宝箱の中に、ちょこんとただ、そこにある。
中に入っていた立方体を持ち上げると、宝箱が黒い靄に変わって消えた。
「宝箱自体は持って帰れないようになってるのかな」
慧が答える。
「みたいだな。不思議だが、受け入れるしかない」
謎の立方体は恐ろしく軽い。
質感は金属に似ているのに、そうとは思えないほどに軽かった。
透は箱の上面に光を当ててみる。
表面に薄い幾何学文様。
ライトの角度で模様が変わる。
慧が言う。
「……何だ、それ」
透は答えず、指でなぞった。
引っかかる場所がない。
回復魔法をかけてみる。
吸われる感触がした。
でも、それだけ。
何も起きない。
慧が言う。
「反応はするのか?」
透が頷く。
「吸われてる感覚はある。でも開かない」
慧が水を少し落とした。
水滴が玉になって転がった。
箱は濡れずに、水を弾く。
慧が眉を寄せた。
「水は弾く……素材も不明、ときたか」
透は箱の模様を見た。
円と線。三角の分割。
欠けた部分がある。
規則的に見える。
透が目を細めた瞬間、視界の端が揺れた。
霜みたいなものが一瞬だけ浮く。
前に見たものと、同じようで、少し違う。
透が瞬きをすると、消えた。
慧が言う。
「今、何か見えたか」
透は一拍置いた。
「……見えた。三層の罠で見えたものと似てるような、似てないような…」
慧が言う。
「はっきりしないな。とりあえず俺たちに今わかることはないか」
透が頷く。
慧は箱を見たまま黙って考えている。
それから言った。
「協会に出す?」
透はすぐに首を振った。
「出さない」
慧が透を見る。
透は言った。
「出したら、もう戻ってこないかもしれない。今はお金よりも情報の方が欲しい」
「それに、魔法が関係してるなら、協会より俺たちの方がわかることは多いかもしれない」
慧が言う。
「隠すのはリスクだぞ。バレたら面倒だ」
透が頷く。
「分かってる。でも、なんだか大事なものな気がするんだ」
慧はしばらく透を見て、頷いた。
「……わかった。持ってろ」
透は箱を鞄の奥底にしまう。
慧が言った。
「ダンジョンって、何なんだろうな」
透は答えられない。分かってることが少なすぎる。
慧が続ける。
「さっきの立方体一つとっても、分からないことだらけだ」
透が言う。
「魔法を吸われる感覚はあった。魔力が、何かのカギになるんだと思う」
透は箱の感触を思い出す。
拒むかのように水を弾き、魔法を吸うかのような反応を見せた。
慧が言う。
「そう考えると、置いてある場所も変だったな」
「誘われてた感覚がする」
透が言う。
「偶然じゃない。少なくとも、俺はそう思う」
慧が頷いた。
「俺もだ」
十二層の奥は、まだ続いている。
でも今日は十分だった。
引き返す。
帰り道でゴーレムが一体、遠くに見えた。
避けて帰る。
戦えるようになったのに、戦う気分じゃなかった。
今日は戦う日じゃない。
十一層。
糸。蜘蛛。
焼く。潰す。
ここはもう作業だ。
八層。
小部屋。転移陣。
一層。
外の空気が冷たい。
夕方の匂いがする。
慧が言った。
「収穫はあった。疑問も増えたけどな」
「十二層はもういける」
透が頷いた。
「盾、買ってよかった」
「でも、あの立方体は……」
慧が言う。
「まだ何もわからない。何かの装置なのか、中に何か入っているのか」
透が言う。
「もしかしたら、何でもないかもよ」
慧が言う。
「何かは、あるだろうな。あんなところにあったんだ」
透は返さなかった。
歩きながら、頭の片隅で考える。
なぜ十二層にあったのか。
なぜ宝箱に入っていたのか。
あの模様は何なのか。
考えても答えは出ない。
でも、手の中に残る吸われた感覚。
分からないことがどんどん増えていく。
3章はこれで終わりです。いくつか閑話を挟んで4章が始まります。今後もよろしくお願い致します。




