十二層、自衛隊
二人は十二層に続く段差を降りた。
降りた瞬間、空気が変わった。
湿り気がより薄い。岩の匂いが強く感じる。
音が硬く返る。
少し進む。
通路の先、壁の影に“立っている”ものがあった。
動かない。像みたいだ。
人の形に近い。
でも、人より大きく、厚い肩幅、短い首。
表面は岩っぽい。黒と灰が混ざっている。
慧が小さく言った。
「……ゴーレム、か?」
透は答えず、距離を測った。
近づいた瞬間、動いた。
最初の一歩は遅い。
遅いが、近づいてくる。確実に。
腕が上がる。
透は前に出た。
考える前に足が出る。
「行くよ」
慧が頷く。
透は正面に立った。
ゴーレムの腕が落ちた。
空気が押しつぶされて。地面が鳴る。
透は受けない。半歩だけ外す。
腕が地面に当たって、岩粉が跳ねた。
透がゴーレムにマチェーテを当てる。
切れない。感触が悪い。
刃が滑る。入らない。このまま当て続けると刃がかけそうだ。
ダメージはまったく入ってないように見える。
透の口が乾く。
「……だめだ、俺は囮に徹することにするよ」
慧は返さずに、踏み込む。
鈍器が落ちる。腕に当たる。
鈍い音。
でも、止まらない。
ゴーレムが腕を引いて、横に払う。
透が前に出る。
近い。近すぎる。
とっさにひくことが出来ない。
透は腕を上げて、受け流す形をとる。
前腕プレートが当たる。
衝撃が骨まで来る。
歯を食いしばる。
即座に自分の腕に回復をかける。
慧が横からもう一発。
今度は肘のあたり。
同じ場所に当てる。
ヒビが入ったような、嫌な音がした。
透は息を吐く。
「……よし、いける」
ゴーレムが掴みに来た。
石の塊みたいな指が伸びる。
遅い。けど届く。
透は後ろに跳ねて、何とか避ける。
慧が言う。
「透、絶対に掴まれるなよ」
「分かってる」
透が言った。
透は前に出続ける。
攻撃しない。攻撃できない。
ただ、目の前に立って。ひきつける。
ゴーレムの向きが透に合う。
機械みたいに向きが変わる。
慧が横から殴る。
殴る。
同じ場所。肘。膝。
岩粉が落ちる。ヒビが増える。
横薙ぎが来る。
透は避ける。
避けきれない。肩に掠る。
皮膚が裂けて、熱い。
透は息を吸って、吐く。回復をかけながら動き続ける。
ゴーレムは速くはない。
ただ、一撃が重い。
直撃したら危ない、死にはしないだろうが、動けなくはなりそうだ。
慧が膝を叩いた。
鈍器が沈む。
ゴーレムの片足が一瞬だけ落ちる。
姿勢が崩れる。
慧が言った。
「このまま、終わらせる」
慧が首の後ろを狙い直す。
岩の割れ目みたいな線。
そこへ鈍器が落ちる。
ヒビが走る音。
もう一発。
同じ場所。
ゴーレムの動きが、遅くなる。
腕の上がりが遅い。
足が出るのが遅い。
慧がさらに一発。
ゴーレムが、崩れた。
黒い靄が薄く出て、岩粉と混ざってほどける。
形が崩れて、消える。
床に残ったのは魔石だけだった。
鈍い青。十一層の青より落ち着いた色。
透は息を吐いた。
自分の呼吸が熱く感じる。
慧が言う。
「……勝てたな」
透が頷く。
「一体だけなら」
「でも——」
透は自分の刃を見る。
欠けてない。けど、ココでは通用しない。
透が言った。
「俺、何もできないな」
慧は否定しなかった。
「お前が前に立ってた、それがないと殴れない」
透は首を振る。
「それだけ、それだけだ」
二人は十二層の奥を見なかった。
一体倒しただけで十分だった。
階段を上がる。
十一層。糸。
トーチで焼きながら抜ける。
もう慣れたことだ。
十層。
九層。
八層。
八層に戻ったところで、前から人が歩いてくるのが見えた。
洞窟の階層で人と会うのは初めてだ。
複数。一定の間隔。
揃った足音。
慧が言う。
「一ノ瀬さんたちか?」
すれ違う。
通路の真ん中じゃなく、透と慧は右に寄った。
先頭の盾が目に入った。四宮だ。
四宮は気づいた瞬間、顔が明るくなった。
「うわ、観月さん、久遠さん!」
「また会いましたね!」
一ノ瀬の声が後ろから飛ぶ。
「四宮。声、でかいぞ」
「すいません!」
四宮は言い直して、声を落とす。
二階堂が端末を持っている。
三条はハンマーを肩にかけたまま、軽く手を上げた。
「お疲れさまです」
三条が言う。
一ノ瀬が透たちを見た。
「今日は下か?」
慧が言う。
「十二層を、少しだけ」
「一体見ただけですが」
四宮が目を丸くした。
「十二!?」
「やば、もうそんなに」
透が言う。
「今日は様子見だけです。一体だけですが、硬かった」
四宮が盾を抱え直しながら笑う。
「硬い、っすか?」
「そういえば、あの転移陣、見つけたのお二人でしょう?」
透は一拍置いた。
「協会に報告はしました、調査が入ったって聞いてます」
四宮が頷く。
「やっぱり、俺ら、その調査、同行したんですよ」
「見えたんすよ、俺らは」
二階堂が淡々と補足する。
「同伴の調査員は確認できなかった」
慧が言う。
「……七層、越えたんですね」
四宮が笑って、すぐ口を閉じかける。
でも止まらない。
「まあ、そういうことっす」
「今は八と九でオーク、慣らしてます」
「上がドロップ欲しがってて」
「魔石とか、肉とか、ポーションとか」
一ノ瀬が短く言った。
「部隊運用の練習だ」
「深く行く前に、事故を減らす練習」
透が言う。
「十一層は蜘蛛です」
「糸が厄介ですが、火とかを持ち込むと、だいぶ楽になります」
「僕たちはガスバーナーを持ち込んでます」
四宮が食いつく。
「火っすか」
二階堂が端末を見ながら言う。
「情報提供、感謝する」
「情報があるのとないのじゃ大違いだ」
一ノ瀬が透たちを見る。
「助かる」
「あまり、無理はするなよ」
透は頷いた。
「分かりました」
一ノ瀬が歩き出す。
「行くぞ」
四宮が最後に言う。
「また会ったらよろしくっす」
「……転移陣、今後一気に広まるかもしれないっすよ」
「今のうちに、下、行っといた方がいいっすね、先行者利益ってやつっす」
慧が「お前はどっち側なんだ」と言いそうな顔をして、やめた。
自衛隊が通路の向こうへ消える。
慧が息を吐いた。
「他にも越えてるやつ、いそうだな」
透は頷いた。
リスクはあまりとりたくない。ただ、人より先に行きたい気持ちもある。
回復魔法がある分、人よりは多少、無茶できる。ここが、正念場なのかもしれない。
転移陣にのる。
一層。
そして入口。
外の空気が薄く感じた。
夕方の風が冷たい。
ドロップ品を提出して、支払いを受けとる。
慧がケースを置いた。
「十二層、どうする」
透は自分の武器を見た。
「…俺の刃物は効かない」
「無理したら負荷がかかる」
慧が言う。
「じゃあ俺が殴る、前、頼んでいいか」
透は言った。
「前に立つなら、盾があったほうがいいかもしれないね」
慧が眉を上げる。
「盾?」
透が頷く。
「小さいのでいい、受け止めるんじゃなくて、流す」
「今日みたいなの、腕だけでやると折れそうだ」
慧が言う。
「盾持ったら、武器、どうする」
透が言う。
「片手、かな。マチェーテは片手で振れる」
慧が少し考える。
「……盾は買うか」
「売店、また行くぞ」
透が言った。
「そうだね、次回までに」
慧が頷いた。
「鈍器はまだいけそう」
透は入口の先を見た。
草原。洞窟。糸。岩。
そこまで一本で繋がっている。
「対策して、もう一回」
透が言う。
慧が頷いた。
「十二層を安定させる」
「次はそこだな」
透はケースの取っ手を握り直した。
次にやることは、はっきりしている。




