ガスバーナー、対策
一層の草の上にある、薄い輪郭、転移陣。
透の鞄の中にはいつもと違うものが入っている。
ガス缶とガスバーナーの本体。十一層の蜘蛛の糸を燃やせるか、試す。
慧がそれを見る。
「それ、マジで持ってくのかよ」
透が頷く。
「火魔法ないからね、試してみるだけだよ」
慧が笑った。
「まあ、何もないよりはいいか」
透は真剣な顔をして答える。
「これで少しでも楽になるなら、ね」
二人で円の中心に立つ。
空気が一枚めくれる。
八層の小部屋。冷たい湿り気。
壁の向こうへ出て、十層まで止まらずに進んだ。
今日は、十一層が目的だ。
十一層への階段を降りる。
空気が重い。ライトの光が届きづらい。
そして、白い線。
糸。
慧が小さく言う。
「いるな、今日も」
透がバーナーを出した。
ガス缶のキャップを外す。
カチ、と短い音。
火が出る。青い炎。
慧が言う。
「落とすなよ、爆発なんて冗談じゃないからな」
「分かってる」
透が言った。
透は糸に火を近づけた。
すぐには切れない。
糸は粘る。でも、縮んでいく。
白い線が黒くなる。
細くなって、切れる。
切れた端が、くるっと丸まって落ちた。
慧が息を吐く。
「……いける、けど時間はかかるか」
透は火を消す。
必要なときだけ使う。
糸を焼いて道を作る。
焼きすぎないように。煙を出しすぎない。燃料を無駄遣いしない。
進む。
前回落ちていた血の場所は、もう、ほとんどわからない。
乾いた跡が薄く残っているだけだ。
透が言う。
「調査、入ったかな」
慧が言う。
「分からない、けど、ここまで調査に来れないだろうな」
糸が揺れた。
天井。
脚。
来る。
透は動かない。
足を取られる前に、トーチの火をつける。
糸が飛ぶ。
透の前で線が走る。
透はそれを焼いた。
切れる。落ちる。
蜘蛛が一瞬だけ止まる。
動きが鈍る。
慧が踏み込む。
鈍器が脚に落ちる。
黒い靄がにじむ。
蜘蛛が体勢を変える。
次の糸。
透が火を当てる。
切れる。縮む。落ちる。
糸は残らない。
それだけで、戦いが別物みたいに楽になる。
慧が胴に一発。
二発。
蜘蛛が崩れる。
黒い靄がほどけて消える。
糸も、力を失って薄くなる。
前回より早い。
見慣れてきた。
ドロップが落ちる。
濃い青の魔石。
それだけ。
慧が言う。
「いい感じかもな」
透が言う。
「安定してきたな」
一体で終わらせない。
少し進むと、また糸。
また脚。
また来る。
同じ手順で処理する。
焼いて、切って、止めて、潰す。
三回目で、透は自分の息に気づいた。
余裕が出てきた
慧が言った。
「……もう、いけるな、十一層」
透が頷く。
「対策があると、全然違う」
四体目。
蜘蛛が糸を吐く前に、慧が近づいて止めた。
透は火を使わない。
もう必要ない気がした。
倒れる。消える。
拾う。鞄に入れる。
それを繰り返す。
いつの間にか、十一層の“怖さ”が薄くなっていた。
怖さが薄くなるのは、良いことじゃない。
でも、進むには必要だった。
ふと、慧が言う。
「……上がったな」
透も分かった。
身体が軽い。
視界が少しだけクリアだ。
「俺も」
透が言う。
レベルが一つ上がっていた。
【観月 透】
【Lv】15→16
【MP】175→192
【筋力】52→55
【敏捷】55→59
【魔力】45→48
慧が笑う。
「よし、だいぶ楽になるぞ」
透は青い魔石を一つ転がした。
重い。冷たい。
「十二、見に行くか?」
慧が言う。
透は首を縦に振った。
「……入口は見てみたいね」
二人は糸を焼いて、もう少しだけ奥へ進んだ。
空気が変わる。
湿り気が減る。
岩の匂いが強くなる。
階段が見えた。
十二層。
降りる前に、透は一度だけ止まった。
「今日は確認だけだ」
慧が言う。
透は頷いた。
「うん」
トーチの火を消して、ケースに戻した。
青い炎が消えると、洞窟はまた暗くなる。
でも、もう道は見えていた。




