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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
3章

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58/80

オーク肉、食卓

居間に入ると、匂いが先に来た。


甘い。

でも砂糖じゃない。脂の匂いだ。

焼けた生姜と、少しの醤油。


台所で母がフライパンを振っていた。

澪は箸を並べている。

父は椅子に座って、テレビを見ている。


母が透を見る。


「今日ね、あのお肉、使ってみたのよ」


透が言う。


「……オークの?」


母が頷く。


「そうそう、透がダンジョンから持って帰ってきてくれたやつ」

「普通の豚と同じように扱っていいのか分からなかったんだけどね。見た目は豚肉っぽいから、似た感じの料理にしてみた」


澪が言った。


「さっきから台所の匂い、すごいよね、お腹が減ってくる」


母が笑って、皿を運んでくる。


まず大皿。

生姜焼きみたいな照り。

次に汁物。具が多い。

それから小鉢が二つ。


「豚汁っぽいの」

母が言う。

「それと、煮物も」

「最初は焼くだけにしようと思ったんだけど」

「もったいなくてね」


「もったいない?」

澪が聞き返す。


母が頷く。


「脂がきれいなのよ」

「普通の豚肉だと、ここまで透明にならないからね」


父が何も言わずにテレビの音を少し下げた。


母が言う。


「まあ、食べてみてよ」


透は箸で一枚持ち上げた。


見た目は豚肉だ。

でも脂の色が違う。白いというより、透けて見える。

肉の繊維も、妙に整って見える。


口に入れる。


一瞬、言葉が出なかった。


柔らかい。

柔らかいのに、薄くない。

噛むと、甘い。脂が甘い。

臭みもない。重さがない。

舌に残るのは脂じゃなく、旨さだ。


澪が先に声を出した。


「……なにこれ」

「うま」


母が透の顔を見る。


「どう?」


透が言う。

「これは、やばいね」


父は一口食べて、しばらく黙っていた。

それから箸をもう一度動かした。

「これは、うますぎるな」


澪が汁物を飲んで目を丸くした。


「これもやばい、なんか旨みが濃いよ」


母が言う。


「出汁、ほとんど入れてないのよ」


透も汁を飲む。

確かに濃い。濃いのに重くはない。

口の中がべたつかない。

飲んだあとに、もう一口、手が止まらない。


澪が煮物をつついた。


「これ、角煮?」

母が首を振る。


「角煮っぽい味にしたのよ」

「これだけ柔らかいから、煮たら崩れるかも、とか思ってたんだけどね」

「箸で切れるのよ、これ」


澪が一口食べて、目を細める。


「……え、これも肉なの?」

「箸で切っても、ほとんど抵抗ないよ」


母が小さく息を吐く。


「ね」

「私もびっくりした」


透は皿を見た。


“持ち帰る”って決めたのは正解だったかもしれない。

売って終わりにするには惜しい。


澪が言う。


「明日もこれ、食べれる?」


母が答える。

「んー、透が持って帰ってきてくれた分、ほとんど使い切っちゃったのよね」


父が短く言った。


「こんなのに慣れたら、他の肉食べられなくなるぞ」


母が笑う。

「そうね、たまに、にしましょう」


テレビの画面が切り替わる。

競技場。笑い声。

バラエティ番組だ。


司会者が大げさに言う。


「いやー、まさかこの企画、こうなるとは!」

「今日のゲスト、探索者の方です!」


画面の端に「探索者」の肩書き。

若い男。Tシャツ。笑ってる。

隣にスポーツ系の解説者っぽい人が座っている。

机の上にストップウォッチ。


「じゃ、軽く100m、走ってみましょう」

「タイム、出します!」


よくテレビで見るような陸上トラック。

探索者の男がスタート位置でぴょんぴょん跳ねている。

スタート。

走る。


速い。


地面を蹴ってないみたいにも見える。

それなのに前に出る。


ストップウォッチを見たスタッフが、口を開けたまま固まっている。


8.7秒


司会者が笑いながら言った。


「え、これ本当に今の!?」

「非公式だけど世界記録じゃない!?」


探索者が苦笑いする。


「どうでした?」


次は別の種目。

走幅跳。

助走の一歩が長い。

踏切で、身体が浮く時間が長い。

着地が遠い。


司会者が手で口を押さえている。

笑うより先に、引いている。


澪が箸を止めた。


「……これさ」

「スポーツ、意味なくなるんじゃない?」


母が澪を見る。


「そういう言い方は、ねぇ……」


澪が口を尖らせる。


「だって、勝てないじゃん」

「普通の人じゃ」


父がテレビを見たまま言った。


「分かれるか、ダンジョンに潜った人は出場できなくなるか、どっちかじゃないのか?」


澪が「分かれる?」と聞き返す。


父じゃなく、母が続けた。


「競技として別で枠が作られるんじゃないかな?」


澪が画面を見る。

司会者はまだ笑っている。


透は肉を噛みながら、テレビを見る。

今、探索者が握力計を壊しそうな勢いで握っている。

スタッフが慌てて別の機械を持ってくる。


澪が、透の方を向いた。


「……お兄ちゃんも、ああいうの出来るの?」


箸の音が止まった。


母も止まる。

父も止まる。

テレビの音が響く。


透は澪を見た。

澪はまっすぐ見ている。冗談を言う目じゃない。


透は一拍置いて言った。


「さぁ、やったことないからわかんないな」


澪が言う。


「ふーん、出来るんだね?」


母が澪の名前を呼びかけて、やめた。


透は箸を動かしたまま答える。


「速いとかは」

透が言う。

「……分かんないな」

「ダンジョンの中と、外は違うから」


澪が納得してない顔をする。


「そっかぁ?なんかごまかされてる気がする」


父は透に向かって言う。


「あんまり、目立ちすぎるなよ」


透が頷く。


「うん、分かってる」


母が、皿の端を押さえながら言った。


「明日も、これ使う?」

「少しだけあるし」


透は少しだけ笑って言う。


「……明日のご飯にして」

「弁当でもいい」


母が頷く。


「分かった」

「味、変えてみるね」


澪がまだちょっと不満そうに肉を食べる。


「……これ、うますぎ」

小さく言って、結局もう一枚取った。


テレビでは、探索者がまた何かをやらされている。

笑い声が起きて、拍手が起きる。

でも、その拍手の中に、変な熱が混ざっている。


透は肉を噛んだ。


家の中まで、ダンジョンが入ってきている。

そんな、味がした。


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