ゴブリンキングとオーク、成長
週末の朝、川崎の入口は相変わらず人が多い。
待機列ができている。
装備を見直す人。体を温める人。
協会のプレハブの前では、係の声が途切れない。
透は少し離れた場所で立っていた。
武器ケースを足元に置く。
視線だけ入口に向ける。
背中から声がした。
「早いな」
慧だった。
同じケース。鈍器の重さが、持ち方に出ている。
「慧もね」
透が言う。
慧が頷く。
「今日は十層、行くぞ」
透が言う。
「じゃあ、まず七層だね」
「王を片付けなきゃ」
慧が笑う。
「やること多いな」
透は首を振った。
「七層で止まってたら、いつまでも下に行けないからね」
「今日、終わらせる」
慧が一拍置いて頷く。
「了解」
「七層、余裕で抜ける」
「そのまま十層、狩り続ける」
「欲張らない、帰り道も含めてな」
二人は並んで入口へ向かった。
一層。
草原は変わらない。
ネズミみたいな影が走る。
透は刃を一度振って終わらせる。
二層。
ウサギが跳ねる、一層とほとんど変わらない。
三層。
犬型が出る。
前なら距離を取った。今日はそのまま詰めた。
倒れるのが早い。
三層の草原を通るとき、透の目が一瞬だけ地面を探した。
慧が何も言わない。
四層。
トカゲ。
硬い。
でも硬いだけだ。
透が脚を切る。慧が止める。
動きが切れたらほどけて消える。
五層。
棍棒のゴブリン。
特筆すべきこともない。
六層。
部隊で来る。剣。弓。杖。
石つぶてが飛ぶ。
前なら一発で嫌になる攻撃。今日は避けて詰める。
弓から落とす。杖を潰す。残りは片付ける。
息が切れにくい。
休憩が短くて済む。
水を一口飲んですぐ動ける。
六層を抜ける頃には、感覚が少しずれていた。
もうここは“通り道”になっている。
慧が言う。
「……次だな」
透が頷く。
「七」
七層に入ると、空気が変わった。
草の匂いが薄い。
音が遠い。
広い。天井が高い。段差があって、奥が見える。
前に来たときと同じ場所だった。
奥に、座っている影。
その前に、ゴブリンが固まっている。
左右に二体。片方は大剣。片方は杖。
慧が小さく息を吐いた。
「……いるな」
透は頷く。
「いる」
二人は歩く速度を落とさなかった。
足音が草を踏む。
ゴブリンが気づく。声が上がる。
弓が上がる。剣が振られる。
透が先に動いた。
刃が一体の足に入る。
黒い靄がにじんで、空気に溶ける。
倒れる前に、もう一体。
慧は鈍器で止める。
頭じゃない。胴。脚。
動きを止めて、次へ。
雑魚は多いだけだった。
前みたいに、囲まれて詰められる、がない。
透と慧の間は開かない。
声は要らない。
弓が放たれる。
透は一歩ずれて、避ける。
慧は走らない。歩幅を変えるだけで外す。
数が減る。
減った分だけ、広間が広くなる。
大剣の側近が動いた。
一歩。
それだけで距離が詰まる。
大剣が振られる。風が来る。草が寝る。
透は受けない。半歩だけ外す。
刃を当てる。大剣の根元に。金属が擦れる。
大剣の側近がもう一度振る。
透は同じように外す。
同じ場所に当てる。重い音。
三度目。
今度は大剣が少しだけ遅い。
透が踏み込む。
足。
刃が関節に入る。黒い靄がにじむ。
側近が体勢を立て直そうとする。
大剣が上がる。
透はもう一歩入って、手首。
握りがずれる。
大剣が落ちる。
落ちた瞬間、側近の目が動く。
遅い。
透は首の付け根を拾う。
黒い靄が溶けて、ほどける。
透は足を止めない。
奥の影が、少し動いた。
立つ。
座っていたのが立つだけで、広間の空気が詰まる。
慧が前に出た。
「王、俺がやる」
透は頷く。
杖の側近が動く。
杖先が光る。
火の玉が飛ぶ。
慧は止まらずにステップをして詰める。
鈍器を落とす。
黒い靄が溶ける。
慧が王を見る。
王は大きくない。
でも動きが違う。
雑魚みたいに突っ込んでこない。
一歩の間が長い。
王が手を上げる。
周りに残ったゴブリンが、少しだけ動く。
まだ残っていた二体が、慧の横に回ろうとする。
透が入る。
刃が二体を切る。黒い靄が溶ける。
それで終わる。
慧と王だけになる。
王が剣を構える。
刃の線が綺麗だ。
慧が言った。
「久しぶり、だな」
王は答えない。
代わりに踏み込む。
速い。
剣が来る。
慧は受けない。受け止めない。
鈍器で“いなす”。
金属が当たる音。
王の剣の線がぶれる。
慧がもう一発。
腕じゃない。胴。
踏ん張りが抜ける。
王が引こうとする。
慧は引かせない。
距離を詰める。鈍器を落とす。落とす。落とす。
最後は、王が膝をついた。
黒い靄が、ゆっくり溶けていく。
粉みたいにほどけて、消える。
広間が静かになった。
透が息を吐いた。
慧も同じタイミングで息を吐く。
床に、いくつか残っている。
小さい魔石。
少し大きい魔石。
緑色の液体の瓶。
そして、淡く赤い瓶が一本。
透が拾って、光に当てた。
「……また出たな」
慧が笑う。
「ポーション」
「もしかして、確定か?」
王核は無かった。
探しても、それらしいものはない。
でも、魔石の質は前よりいい。重い。
透が一つ、掌で転がす。
慧が言う。
「レベル、上がったな」
透も気づく。
【観月 透】
【Lv】14→15
【MP】155→175
【筋力】48→52
【敏捷】52→55
【魔力】41→45
体の奥が少しだけ軽い。
息が戻るのが早い。
「……1しか上がってないか」
透が言った。
二人とも、同時に上がっていた。
七層が終わった。
慧が言う。
「行くか」
「下」
透は頷く。
「十層まで」
「今日は十層を見に行く」
階段を降りる。
八層は洞窟。
湿っている。音が返る。
草原とは違う。
そして、いた。
素手の豚みたいなやつ。
立っている。肩が厚い。首が短い。
目がこっちを見ている。
透が小さく言う。
「……豚」
慧が返す。
「オーク、な」
二人は少し笑う。
八層は混ざっていた。
ゴブリンと、豚。
数は多くない。けど重い。
透が先に削る。
脚。手首。
慧が止めて、落とす。
九層。
棍棒を持った豚。
十層。
刃物を持った豚。
洞窟が広い。
天井が高い。
足元の石が滑る。
一戦だけ、丁寧にやった。
刃物の線は粗い。
でも力がある。
当たれば簡単に大怪我だろう。
透が脚を切る。
慧が止める。
倒す。
黒い靄が溶けて消える。
肉と魔石が落ちる。
二戦目。
三戦目。
同じ動きになる。
同じ動きができる。
慧が言った。
「……いけるな」
「十層、回せる」
透は頷いた。
「回せる」
「稼げる」
二人はそのまま、十層でしばらく戦った。
倒して、拾って、休んで、また倒す。
息が切れても戻る。
手は、もう震えない。
レベルも上がった
【観月 透】
【Lv】15→16
【MP】175→195
【筋力】52→55
【敏捷】55→59
【魔力】45→49
七層の広間は、もう遠い。
余裕で勝てた。成長してる。
でも忘れない。
帰り道はまだ決めていない。
今日は十層に着いた。
それだけで十分だった。
慧が言った。
「次は……十一層、見にいく」
透は答えない。
洞窟の奥を見た。
暗い。
でも、暗いだけじゃない。
次がある。
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