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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
3章

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自衛隊との探索、残滓

川崎ダンジョンの前は、前に来たときとは違っていた。


テントが減って、プレハブが増えている。

受付。救護。待機。装備。

奥ではもう一棟、鉄骨が組まれていた。看板には「探索者協会 川崎支部(臨時)」とある。


作業員が、近くで話していた。


「この辺、協会が買ったんだって」

「ゲートの近くに住みたくない人、多いしな」

「値は良かったらしいよ」


透はそのまま通り過ぎた。

今日は、時間厳守だ。


指定されたプレハブの前で、自衛隊の人が四人、待っていた。


先に名乗ったのはリーダーっぽい男だった。


「一ノ瀬です。曹長。今日は頼む」

「今日はあんまり堅苦しいのはなしだ」


隣の眼鏡をかけたすらっとした男が手を上げる。


「二階堂です。二尉。記録と計測を担当します」

「あまり喋るのは得意じゃないので」


ニコニコしてる男が話す。


「三条。三曹。前で殴る係」

「気楽に行きましょう」


最後が若い男。透たちと年は近そうだ。


「四宮っす。士長」

「士長とかって言われてもピンとこないと思うんで、四宮でよろしくっす」


「今日ほんとに一緒に潜るんだ。わくわくするっす」

一ノ瀬に視線を飛ばされて、四宮は「すいません」と言い直した。

「よろしくお願いします!」


一ノ瀬が透と慧を見る。


透と慧が言う。

「観月です。今日はよろしくお願いします」

「黒瀬です。よろしくお願いします」


一ノ瀬が続ける。

「今日の目的」

「六層を抜ける。七層へ降りる階段の前まで行く」

「降りるかどうかは、着いてから決める」


二階堂が続ける。


「4層で動き方だけ合わせたい」

「ステータスとかは聞かない。個人情報だしな。武器と合図だけ確認したい」


透と慧は頷いた。

武具の貸与については事前に聞いている。


装備庫のプレハブに入る。

壁に掛かっている剣や鈍器は、金属っぽいのに反射が鈍い。黒に近い。


四宮が一本外して透に差し出す。


「これっす。剣」

「軽いのに欠けにくい。普通の刃だと四層でガリッていくんすけど、これは粘るんすよ」

「芯が金属で、外側が層になってるって。複合材? とかなんかそういう?」

「カーボンナノ…なんとか混ぜてるって聞きました。詳しいことは知らないっすけどね」


「適当だな」

三条が笑う。


透が握る。軽い。

柄が滑らない。しっくりくる。



慧は鈍器を希望する。

短柄のメイス。持ち手の部分が太い。振っても手に余計な振動が残らない設計。


一ノ瀬の武器は長めの刃物。

二階堂は短めの刃。

三条は重量のあるハンマー。

四宮は盾と片手剣。盾が大きい。


自衛隊も銃を使わないらしい。


二階堂がプレートを二人に渡す。


「前腕と脛」

「重くはない。ちょっとした装備だ」


一ノ瀬が言う。


「六層は弓と魔法が出てくる。四宮が盾」

四宮が盾を叩く。乾いた音。


合図だけ確認する。二階堂が短いジェスチャーを見せる。


止まれ。寄れ。引け。


これだけあれば十分だろう。


入口をくぐる。

外の音が切れて、草原の音になる。


――――


四層。


大人サイズのトカゲが一匹。

草の陰から頭が出て、次の瞬間、滑るみたいに距離を詰める。


一ノ瀬が短く言う。


「最初は私たちが」


四宮が盾を上げた。

噛みつきが盾に当たって、乾いた音がする。

四宮は受け止めない。盾を斜めにして、頭を横へ流した。


そこへ一ノ瀬の刃。足の関節に入る。

切れ目から黒い靄がにじんで、空気に溶ける。


体勢が崩れたところへ、三条のハンマーが落ちた。

沈める一撃。

トカゲが動きを止めて、倒れる。


倒れた体は、黒くほどけて消えた。


四宮が盾を下ろす。


「……よし」


少し進んだ先でもう一体。

同じように、トカゲが一匹。


一ノ瀬が言った。


「次、二人にお願いします」


四宮と三条が一歩引く。盾は上げたままだ。

二階堂は記録に戻る。

前には出ない。ただ、フォローできる距離だけ残している。


トカゲが飛ぶ。


慧が鈍器を構え、半歩だけ寄って踏み込まない。

頭の線をずらす。鈍い音。


その瞬間に透が入る。

刃が足に触れる。黒い靄がにじむ。


反転しようとしたところへ、慧の鈍器がもう一度落ちる。

動きが止まる。


透の刃が首の付け根を拾う。

黒い靄が溶けていく。


四宮が「早…」と小さく言った。

言ってから口を押さえる。


三条が笑う。


「見たか士長」

「声出すなって言われるぞ」


一ノ瀬が言う。


「……強いな」

「互いにある程度の戦力は把握できただろう、このまま下を目指す」


五層を抜ける。

戦闘は増えるが、足は止まらない。

自衛隊は“速い”というより“安定”していた。

透と慧はその中に入っていく。


――――


六層。


少し離れた場所に欠けた剣を持ったゴブリンが2匹、弓持ち、杖持ちが1匹ずつ。


矢が飛んでくる。


「弓」

一ノ瀬が言う。


四宮が盾を上げる。矢が当たって乾いた音。


杖の先が淡く光る。次の瞬間、石つぶてが飛ぶ。

空気を切る音が遅れて来る。


「石」

三条が笑いながら言う。

笑ってる余裕はあるらしい。


一ノ瀬が盾の影で距離を詰める。


剣持ちが突っ込んでくる。

三条のハンマーが落ちる。黒い靄が溶ける。


弓が引かれる。

四宮が盾で受ける。


杖が光る。

二階堂が一歩だけ左にずれる。

その一歩を見て、透は口を開く。


「……もう一歩、左」


小さい声。

でも一ノ瀬は聞き取った。


「左」


隊列が半歩ずれる。

石つぶてが、さっきまでの場所を抜けていった。


四宮が目を丸くする。


「今の……なんで分かったんすか」

透は答えない。

答えられるほど整理されてない。


三条が杖持ちに詰めて、叩く。

一ノ瀬の刃が弓持ちを切る。黒い靄が溶ける。


戦いは終わる。

終わっても、すぐ次が来る。


六層はそれが続く。


三体。四体。五体。

弓が混ざる。杖が混ざる。剣が混ざる。

同じ編成じゃない。

でも「隊」で動く。こちらを見てる。


一ノ瀬が言う。


「休憩」


座らない。

息だけ整える。


二階堂が回収物にタグを貼る。

四宮が盾を叩いて角度を変える。

三条がハンマーの柄を握り直す。

慧が鈍器の重心を確かめる。

透は剣の握りを変える。


また進む。


また戦う。


また進む。


黒い靄が、何度も空気に溶ける。

血がないから、倒した実感が残りにくい。

残るのは疲れと、音と、間合いだけだ。


もう六層では手ごたえが変わらない。


階段が見えた。


七層へ降りる段差。

そこだけ草が薄い。

空気が少し冷たい。


四宮が息を呑む。


「……これが」

言いかけて、黙る。


一ノ瀬が言う。


「今日はここまで」

「降りない」


二階堂が階段の位置を記録する。

端末に短く打つ。


「位置、記録」


三条が透を見る。


「前、ここ降りたんだろ」


透は答えない。

慧が代わりに言う。


「降りた、というよりは登ってきた」

「……命からがら」


一ノ瀬は頷くだけだった。

それで場が締まる。


戻る。

帰り道も油断できない。六層は遠くから飛んでくる。

四宮の盾が何度か鳴る。


一ノ瀬が歩きながら言った。


「このまま戻る前に、三層の罠を見たい」


四宮がすぐ反応する。


「例の罠っすか」

「……まだ残ってるんすかね」


二階堂が端末を見たまま言う。


「それが知りたい」

「危険が残るのか」

「一回で消えるのか」

「残るなら、位置を固定して調べたい」


三条が笑う。


「もう消えてるならそれでいいだろ」


二階堂は笑わない。


「消えてるなら、一度きりってことが分かる」


一ノ瀬が透と慧を見る。


「寄れるか」


慧が透を見る。

透が頷く。


「寄れます」


「よし」

一ノ瀬が短く言った。


五層。四層。

戦闘はなるべく避ける。避けられないときは早く片付ける。

隊列のまま、速度を落とさず戻る。


三層。


二階堂が言った。


「君たちが踏んだ場所、覚えてるか」


慧が答える。


「だいたい」

「階段降りて、右に寄った」

「犬型を倒したあと」


透は無言で歩いた。

距離だけは身体が覚えている。

少し進む。止まる。


「この辺」

慧が言う。


四宮が草を踏む。


「……普通っすね」

「刻印とか無いんすか」


「無かった」

慧が言う。


三条が周りを見る。


「それは、怖いな」


二階堂が端末を構える。

センサーをかざす。画面を見る。

何も鳴らない。


「反応なし」


一ノ瀬が言う。


「範囲を切る」

「単独で飛ばされたら終わりだからな、全員で動くぞ」


「了解っす」


外側を回る。

円を作るみたいに歩く。

草を踏んでも、何も起きない。


二階堂が記録をする。


「座標は取れる」

「でも中心が分からないと意味が薄いな」


三条が言う。


「中心なんて、もう無いんじゃねえの」


二階堂は答えず、もう一度センサーをかざす。

やっぱり何もない。


一ノ瀬が透を見る。


「観月くん。どうだ」


透はすぐに首を振れなかった。

草は普通だ。

風も普通だ。

何もない。


それなのに、そこだけ薄い。


視界の端が一瞬だけ揺れる。

霜みたいなものが、草の上に浮いて、すぐ消える。


透は息を止めた。

もう一度だけ、目を合わせる。


浮いた。


⟦03|7F2C|A9⟧ ⟦10|2C19|D4⟧

τ=0012 / K=9E / Σ=5 / F=1


……数字?

意味は分からない。


瞬きをした。


消えた。


四宮が言った。


「……ありました?」

「なんか、見えた感じ?」


透は言う。


「……今は、無いと思います」

「踏んでも発動する感じはない」


二階堂がすぐ返す。


「“今は”?」


透は頷く。


「……でも、変なのは残ってる」

「場所は合ってると思う」


二階堂がタグをもう一枚足した。

端末に打つ。


「ここを記録する」

「何回か見ないと、“消える罠”かどうかは決められない」


三条が息を吐く。


「面倒くせえな、ダンジョン」


一ノ瀬が言った。


「帰ろう」

「この作業は、次回以降のルートに入れる」


透は草の上をもう一度だけ見た。

何も浮かばない。


それでいい。


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