買取、打診
県庁別館の臨時フロアは、前より動きやすくなっていた。
案内板が増えて、机の位置が変わって、列が一本になっている。
紙の山は相変わらずだ。
受付で名前を言う。
「観月さん、黒瀬さん」
番号札は出なかった。
代わりに女性が出てきて、手で示す。
「こちらへ」
廊下を歩く。
遠くで呼び出しの声。椅子のきしみ。端末の打鍵。
前回より人が多い。
会議室。机。椅子。端末。書類。
向こう側に二人、すでに座っていた。
相原が会釈する。
「探索者協会・神奈川支部の相原由佳です。今日は査定と、今後の話をさせていただければと思います」
端末の男が顔を上げる。
「久我です。記録と査定を担当しています」
そこに、ドアがもう一度開く。
スーツの男が入ってきた。
歩幅が一定で、音が小さい。
「鷲尾修司です。政府側の連絡調整を担当しています」
身分証を軽く見せる。
それ以上は言わない。
相原も久我も、そこを掘らない。
久我が紙を一枚滑らせた。
受領番号。項目。金額。振込先の欄。
「淡赤の瓶。二本。一本あたり百万円。合計二百万円」
透は紙を見た。
百の次の桁を指で追って、もう一度だけ追う。
慧が短く息を吐いた。
久我は続ける。
「価値の評価は固定です。今後下がる見込みはありますが、支払額は変わりません」
次の行。
「ゴブリンキングの核。五十万円」
相原が補足する。
「危険物ではありません。保管は協会側で。用途は研究です」
久我が紙をめくる。
「肉。一点。食用可。無菌状態でした」
透は一瞬だけ聞き返しそうになって、やめた。
「保存性は調査中。劣化が少ない。半永久に近い可能性があります」
「研究費用込みで、五万円で買い取り」
続けて。
「魔石類。豚型、ゴブリン型、その他。まとめて十二万円」
諸々が数字になる。
紙の上では整っている。
久我が端末を叩く。
「不明な金属の塊。検査中。危険物ではないことは確認済み」
「買い取りの場合、七十万円。持ち帰りも可能です」
相原が言う。
「持ち帰りの場合、タグを付けます。譲渡は禁止。紛失時は報告してください」
慧が透を見る。透も慧を見る。
迷う間はなかった。
「持ち帰ります」
慧が言う。
久我が「承知しました」とだけ言って入力する。
入力音が短い。
相原が確認する。
「計267万円から源泉徴収26万7000円を引いた額を2分割でお支払いでよろしいですか?」
「それでお願いします」
透が答える。
一人当たり120万円とちょっと。
口座確認。署名。
淡々と進む。
書類が一枚、封筒に入る。
鷲尾が口を開いた。
「——ここからはお願いです」
「六層で前進が難航しています。自衛隊も含めて」
相原が視線を落として、端末の画面を一度だけ切り替える。
地図じゃない。簡単なメモだ。箇条書き。
鷲尾が続ける。
「理由は単純ではありません」
「六層に入ってから、遠距離を持つ個体が増えた。弓、投擲、魔法に近いもの。——こちらが近づくまでに削られる」
慧が黙って聞いている。透も同じ。
「そして、こちら側にも制約があります」
「自衛隊はダンジョン専任ではありません。国外対応、災害対応、通常任務が並行している。常に十分な人員を張れていない」
言い訳じゃない。
現実の話だ。
「もう一つ」
鷲尾は言葉を探さず、続けた。
「重火器を使うと、現場の“伸び”が鈍くなるという報告が出ています」
「撃てば倒せる。けれど、個人のレベルが上がりにくい。——それでは、長期的に詰まる可能性があります」
透はそこで、少しだけ理解した。
短期の勝ち方と、長期の勝ち方が違う。
「だから現場は近接に寄せ始めています。部隊の中でも、潜る隊員は装備を変えている」
「ただ、遠距離が増えている層で近接をやるのは、単純に消耗が大きい」
鷲尾が透たちを見る。
「あなた方が見た下層の情報は、非常に参考になった」
「戦ってほしいという話ではありません。まずは助言と、情報整理の協力をお願いしたい」
慧は頷いた。透も頷く。
断りはしない。
でも、黙って引き受ける形にもしたくない。
鷲尾が続ける。
「もう一つ」
「高校を卒業してからで構いません。協会専属の探索枠——いわゆる“お抱え”として活動する選択肢があります」
相原が言う。
「無理にとは言いません。提案です」
鷲尾も頷く。
「待遇や保障、装備の面は整えられます。安全管理も含めて」
慧が少しだけ考える顔をした。
透は紙の端を押さえ直した。
慧が言う。
「協力はさせていただきます」
「でも、所属する形は、今は考えてないです」
透も続ける。
「話は聞きます」
「ただ、縛られる形は……」
鷲尾は押さなかった。
「分かりました」
「連絡窓口はこちらで一本化します。私に直接連絡してください」
名刺が机に置かれる。
名前だけが残る。
久我が最後に言う。
「金属の塊はこちらです」
簡易ケース。留め具。タグ。受領番号。
透が受け取る。
手首が沈む。取っ手が食い込む。
会議室を出る。
廊下の音が戻ってくる。
呼び出しの声。紙の擦れる音。人の足音。
外に出ると空気が冷たい。
慧が歩きながら言った。
「……百万円って、高いのか安いのか分からないな」
透はケースを持ったまま、短く返す。
「命の値段にしては安いかもね」
鷲尾の「お願い」が、まだ耳の奥に残っていた。
命令じゃない。
でも、軽い話でもない。
透は取っ手を握り直す。
タグが擦れて、小さく鳴った。




