表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/80

買取、打診

県庁別館の臨時フロアは、前より動きやすくなっていた。


案内板が増えて、机の位置が変わって、列が一本になっている。

紙の山は相変わらずだ。


受付で名前を言う。


「観月さん、黒瀬さん」


番号札は出なかった。

代わりに女性が出てきて、手で示す。


「こちらへ」


廊下を歩く。

遠くで呼び出しの声。椅子のきしみ。端末の打鍵。

前回より人が多い。


会議室。机。椅子。端末。書類。

向こう側に二人、すでに座っていた。


相原が会釈する。


「探索者協会・神奈川支部の相原由佳です。今日は査定と、今後の話をさせていただければと思います」


端末の男が顔を上げる。


「久我です。記録と査定を担当しています」


そこに、ドアがもう一度開く。


スーツの男が入ってきた。

歩幅が一定で、音が小さい。


「鷲尾修司です。政府側の連絡調整を担当しています」


身分証を軽く見せる。

それ以上は言わない。

相原も久我も、そこを掘らない。


久我が紙を一枚滑らせた。

受領番号。項目。金額。振込先の欄。


「淡赤の瓶。二本。一本あたり百万円。合計二百万円」


透は紙を見た。

百の次の桁を指で追って、もう一度だけ追う。

慧が短く息を吐いた。


久我は続ける。


「価値の評価は固定です。今後下がる見込みはありますが、支払額は変わりません」


次の行。


「ゴブリンキングの核。五十万円」


相原が補足する。


「危険物ではありません。保管は協会側で。用途は研究です」


久我が紙をめくる。


「肉。一点。食用可。無菌状態でした」


透は一瞬だけ聞き返しそうになって、やめた。


「保存性は調査中。劣化が少ない。半永久に近い可能性があります」

「研究費用込みで、五万円で買い取り」


続けて。


「魔石類。豚型、ゴブリン型、その他。まとめて十二万円」


諸々が数字になる。

紙の上では整っている。


久我が端末を叩く。


「不明な金属の塊。検査中。危険物ではないことは確認済み」

「買い取りの場合、七十万円。持ち帰りも可能です」


相原が言う。


「持ち帰りの場合、タグを付けます。譲渡は禁止。紛失時は報告してください」


慧が透を見る。透も慧を見る。

迷う間はなかった。


「持ち帰ります」

慧が言う。


久我が「承知しました」とだけ言って入力する。

入力音が短い。


相原が確認する。

「計267万円から源泉徴収26万7000円を引いた額を2分割でお支払いでよろしいですか?」


「それでお願いします」

透が答える。


一人当たり120万円とちょっと。


口座確認。署名。

淡々と進む。


書類が一枚、封筒に入る。


鷲尾が口を開いた。


「——ここからはお願いです」


「六層で前進が難航しています。自衛隊も含めて」


相原が視線を落として、端末の画面を一度だけ切り替える。

地図じゃない。簡単なメモだ。箇条書き。


鷲尾が続ける。


「理由は単純ではありません」

「六層に入ってから、遠距離を持つ個体が増えた。弓、投擲、魔法に近いもの。——こちらが近づくまでに削られる」


慧が黙って聞いている。透も同じ。


「そして、こちら側にも制約があります」

「自衛隊はダンジョン専任ではありません。国外対応、災害対応、通常任務が並行している。常に十分な人員を張れていない」


言い訳じゃない。

現実の話だ。


「もう一つ」

鷲尾は言葉を探さず、続けた。


「重火器を使うと、現場の“伸び”が鈍くなるという報告が出ています」

「撃てば倒せる。けれど、個人のレベルが上がりにくい。——それでは、長期的に詰まる可能性があります」


透はそこで、少しだけ理解した。

短期の勝ち方と、長期の勝ち方が違う。


「だから現場は近接に寄せ始めています。部隊の中でも、潜る隊員は装備を変えている」

「ただ、遠距離が増えている層で近接をやるのは、単純に消耗が大きい」


鷲尾が透たちを見る。


「あなた方が見た下層の情報は、非常に参考になった」

「戦ってほしいという話ではありません。まずは助言と、情報整理の協力をお願いしたい」


慧は頷いた。透も頷く。

断りはしない。

でも、黙って引き受ける形にもしたくない。


鷲尾が続ける。


「もう一つ」

「高校を卒業してからで構いません。協会専属の探索枠——いわゆる“お抱え”として活動する選択肢があります」


相原が言う。


「無理にとは言いません。提案です」


鷲尾も頷く。


「待遇や保障、装備の面は整えられます。安全管理も含めて」


慧が少しだけ考える顔をした。

透は紙の端を押さえ直した。


慧が言う。


「協力はさせていただきます」

「でも、所属する形は、今は考えてないです」


透も続ける。


「話は聞きます」

「ただ、縛られる形は……」


鷲尾は押さなかった。


「分かりました」

「連絡窓口はこちらで一本化します。私に直接連絡してください」


名刺が机に置かれる。

名前だけが残る。


久我が最後に言う。


「金属の塊はこちらです」


簡易ケース。留め具。タグ。受領番号。


透が受け取る。

手首が沈む。取っ手が食い込む。


会議室を出る。

廊下の音が戻ってくる。

呼び出しの声。紙の擦れる音。人の足音。


外に出ると空気が冷たい。


慧が歩きながら言った。


「……百万円って、高いのか安いのか分からないな」


透はケースを持ったまま、短く返す。


「命の値段にしては安いかもね」


鷲尾の「お願い」が、まだ耳の奥に残っていた。

命令じゃない。

でも、軽い話でもない。


透は取っ手を握り直す。

タグが擦れて、小さく鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ