ゴブリン軍団、側近
右へ。
透はそう決めた。
言葉にしなくても、二人の足は同じ方向を向いていた。
王は立っている。
玉座の段差の上。
目線だけで、空気を縫い付けてくる。
大剣側近は王の左。
動かない。門のまま。
ローブは王の右。杖を床につけたまま。
あいつらだけが、最初から最後まで“同じ形”を保っている。
慧が言った。
「行くぞ」
透は頷く。
「うん。今度は倒す」
慧が前に出る。
バールが鳴る。
押す。ずらす。道を作る。
透はその背中に合わせて、右へ滑った。
矢が鳴る。石礫が飛ぶ。
当たらない。けど邪魔だ。
一歩を潰される。
近接が寄ってくる。
短い刃。欠けた刃。
透の鉈が受け止めた瞬間、刃先が引っかかった。
「……くそ」
刃が欠ける。
透は受けない。
体をずらす。足を切る。浅く。
霧。ひとつ。
すぐ次が来る。
慧が押し返す。
透が抜ける。
右のローブが近い。
透が踏み込んだ、その瞬間——熱が来た。
ローブが初めて動いた。
杖が床から離れる。
両手が前に出る。
赤い光が、掌の前で丸く膨らんだ。
火の玉。
透の呼吸が止まる。
「……っ」
飛んでくる。
弓でも石でもない。
熱が先に届く。皮膚が痛い。目が乾く。
慧が叫んだ。
「透、右!」
透は反射で、右に跳んだ。
火の玉が岩に当たった。
ぼん、と低い音。
爆ぜるというより、焼き付く。
壁が黒く焦げ、熱い風が広間を撫でる。
透の袖が焦げた。
腕が熱い。火傷だ。浅い。けど痛い。
透は歯を食いしばる。
ローブの攻撃は、止まった。
「今だ、行け!」
透は踏み込んだ。
ローブはもう一度火を作ろうとする。
光が膨らむ前に——透が鉈を当てた。
杖。
木じゃないみたいに硬い。
刃が滑る。引っかかる。
でも切れる。
透は力任せに引いた。
ぎ、と嫌な音。
杖が割れる。
同時に、ローブの肩口に刃が入る。
当てて、引く。
布が裂け、硬い感触が一瞬だけ伝わる。
ローブが揺れた。
そして——。
今度は、はっきり割れた。
乾いた破砕音。
見えないガラスを叩き割ったみたいな音。
空気がひび割れて、剥がれた。
透は一瞬、目眩がした。
圧が抜ける。耳の奥が軽くなる。
次の瞬間、広間が乱れた。
揃っていた足音が、バラける。
弓のタイミングがズレる。
石礫が狙いから外れる。
近接が互いにぶつかって、よろける。
透は息を呑んだ。
「……崩れた」
慧が低く言う。
「あいつが繋いでたんだ」
ローブが霧になった。
その場に何かが落ちた気がした。
光る。転がる。
でも拾う暇なんてない。
王が鳴いた。
「ぐぎゃ……!」
怒りだ。
今までの号令と違う。喉の奥が裂ける声。
でも、部隊は揃わない。
王の左で——大剣側近が動いた。
門が外れる。
王の横を離れないまま、前に出る。
ローブが消えた場所を埋めるように。
剣が持ち上がる。
透は背中が冷たくなる。
さっきより速い。
支援がなくても、あいつは強い。
慧が言った。
「今、二対一だ。落とすぞ」
透は頷いた。
雑魚は乱れている。
弓も石もタイミングがずれている。
今は、剣だけを見る。
側近が踏み込む。
剣が横に走る。
慧がバールを当てた。
受けない。押す。
剣の軌道が僅かにずれる。
透が足へ入る。
鉈を当てて引く。
刃が引っかかる。欠けた刃が肉を噛む。
それでも切れる。
側近の踏み込みが鈍る。
剣がまた来る。
透は避ける。
避けた瞬間、慧が押す。
側近の体勢が崩れる。
「もう一回!」
透が入る。
今度は足首の近く。
浅くじゃない。確実に止める。
鉈を当てて、引き切った。
側近の膝が落ちた。
剣が床を叩く。
火花が散る。
慧がバールを振った。
殴るんじゃない。押し倒す。
重い体が横に崩れる。
透が一歩踏み込んだ。
鉈を振り下ろす。
刃はもうガタガタだ。
でも、ここで止められない。
深く入れる。
次の瞬間、側近が霧になった。
床に何かが落ちた。
光る。転がる。
金属の音。
王が、動いた。
玉座の段差から、一歩降りた。
それだけで空気が重くなる。
透の腕が痺れた。
鉈の刃がもう使い物にならないのが分かる。
握りが滑る。重い。
慧のバールも、先が歪んでいた。
それでも殴れる。まだ使える。
けど、長くは持たない。
王がこちらを見た。
目が小さい。濡れている。
でも視線が刺さる。
喉が鳴る。
慧が低く言った。
「来るぞ」
透は鉈を握り直した。
欠けた刃を、指で確かめる暇もない。
王が、低く鳴いた。
「ぐぎゃ……」
今度は、近い。
戦いは、終盤に入った。




