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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
2章

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39/80

ゴブリン軍団、観測

王が立ってから、空気が変わった。

目の前の雑魚の動きが、軍隊みたいに揃っている。

一体倒すと、次が同じ間合いで入ってくる。

逃げるための一歩を作ろうとすると、その一歩に合わせて矢が鳴る。


——追い立てられている。


慧が低く言った。


「…合わせられてるな」


透は鉈の柄を握り直した。

手袋の中で汗が回る。

柄がほんの少しズレるだけで、刃の重さが腕に来る。


弦音。


きゅん。


狙いは外れてる。

矢は岩を叩く。粉が散る。

でも、その音が合図になって、近接が一斉に詰めてくる。


透は舌打ちしそうになって、飲み込んだ。


「……タイミング、揃ってる」


慧のバールが短く鳴る。

押して、ずらす。

それでも押し返した分だけ、次の影が穴を埋める。


石礫が来た。


空気が薄くなる感覚。

慧が肩を落としてかわす。

砕けた破片が前腕に当たって、鈍い音がした。


慧の指が一瞬だけ固くなる。

でも、顔は変えない。

痛みを置き去りに、次へ目を向ける。


近接が来る。


透は鉈を当てて引いた。

浅くてもいい。止まればいい。


すぐ次が入ってくる。

“間”が無い。


倒した数じゃない。

押し返した距離でもない。

王が立ってから、こっちの呼吸の隙を数えられているみたいだった。


透の腕が重くなる。

呼吸が浅くなる。

視界が狭くなる。


慧が言った。


「透、形を崩すな」


透は頷く。


慧が次の一体を弾いた。

透が切る。

慧が押す。

透が切る。


その繰り返しの中で、透は気づいた。


右側。

王の右のローブ。


あれだけが、最初から最後まで“同じ姿勢”だ。

弓も、石も、近接も動くのに。

あいつだけが、動かない。


透は喉の奥で息を飲んだ。


「……あいつ、ずっと固定だ」


慧は一瞬だけ視線を向ける。

すぐ戻す。


「役割…だろうな」


役割。

その言い方が、妙に腑に落ちた。


その瞬間、透の視界がざらついた。


文字じゃない。

何かが重なる。


世界の上に、薄い線が走る。


矢が抜けていく帯。

石が飛んでくる角度。

足を踏み外す場所。

——逆に、通れる隙間。


透は息を止めた。


「……見える」


慧が一瞬だけ、透を見る。


「何が」


透は言葉を選ばない。選べない。


「右。今、一瞬だけ空く」


慧は迷わなかった。


「行けるなら行け。支える」


透は喉が鳴るのを飲み込んで頷いた。


慧が前に出る。

バールが鳴る。

近接を押し返す。道を作る。


透はその背中を頼って、右へ滑った。


線が見える。


そこに足を置く。

矢の通る帯を避ける。

石の来る角度の外に出る。


透は走るんじゃない。

影の縁を渡るみたいに進む。


一歩。二歩。三歩。


近接が気づいて、こちらへ回り込む。


透は鉈で受けない。

受けたら止まってしまう。


体をずらす。

足を切る。浅く。

相手の踏み込みだけ奪って、通り抜ける。


視界の奥に、ローブが見えた。


王の右。


杖を床につけたまま。

動かない。

呼吸だけが一定で、気味が悪い。


——こいつだ。


透はそう思った。根拠はない。

でも、あいつだけ“戦い方”が違う。


透は距離を詰めた。


近い。

近いのに、遠い。

たった数歩が、矢と石と刃で埋まっている。


線がまた見えた。


ここ。今。

一瞬だけ。


透は踏み込んだ。


ローブの肩口が目の前に来る。

透は鉈を振り下ろさない。

当てて、引く。


布が裂ける感触。

その下に硬いものがある。骨か、何か。


ローブが僅かに揺れた。


そして——。


どこかで、割れる音がした。


ガラスじゃない。

でも、ガラスが割れる時みたいな、乾いたひび割れの音。


空気が、一瞬ゆらいだ。

目の端で、見えない膜が裂けたみたいに歪んで、消える。


透は息を呑んだ。


「……今の、何だ」


ローブはまだ立っている。

動かない。

でも、何かが壊れたのは確かだった。


透が一歩引こうとした瞬間。


空気が変わった。


重い足音。


大剣を持った側近が、動いた。


門だったやつが、右へ寄る。

ローブを守るために。

王の横を離れないまま、距離だけ詰めてくる。


大剣が持ち上がる。


遅い。

でも、範囲が広い。


透は背中が冷たくなる。

線が、見えない。


風圧が来た。


透は反射で下がろうとして、段差が視界に入る。

下がれない。


透は体を捻った。


刃が頬の横を抜ける。

空気が裂ける音。

服の肩が裂ける。皮膚が熱い。


直撃は避けた。

でも、かすっただけでこの痛み。


透の喉が鳴った。


「……っ」


次の一撃が来る。


その瞬間、慧の声が飛んだ。


「透、戻れ!」


戻る。

戻れるのか。


透の視界の端に、また線が走った。


細い道。

影の縁。

刃が届かない角度。


透はその線へ飛び込んだ。


大剣が岩に当たる。

ぎん、と嫌な音。火花。

側近の動きが一瞬止まる。


その一瞬で、透が抜ける。


ローブの前から離れる。

近接の間を滑る。

矢の帯を避ける。

石の角度の外へ出る。


走る。息が焼ける。

でも、足は止まらない。


慧が前で押し返していた。

バールが鳴る。

雑魚が弾けて、霧になる。


透は慧の横へ転がり込んだ。


二人が壁際で並ぶ。


背中が壁に当たる。

冷たい岩の感触が、ようやく現実に戻してくれる。


慧が短く言った。


「当てたか」


透は頷く。息が乱れる。


「……切った。そしたら、割れた音がした」


慧が答える。


「あぁ、聞こえた」


「なにかはわからない。けど……何か壊れた」


慧はそれ以上聞かなかった。

聞いてる余裕がない。


近接がまた来る。

弓が鳴る。

石が飛ぶ。


でも、さっきと何かが違う。


空気が、少しだけ軽い。

一瞬だけ、圧が抜ける感じがある。


透はそれを確かめる暇もなく、鉈を当てて引いた。

慧が当てて離れる。


倒す。

押す。

位置を守る。


王がこちらを見ている。


さっきまでの“見下ろし”と違う。

初めて、刺すような目になっている。


透は喉が乾いた。


王は立ったまま、動かない。

でも、空気が王を中心に張りついている。


慧が言った。


「次は右を落とす」


透は頷いた。


「……うん。あいつが核だ」


核。

そう言った瞬間、自分でも確信が薄いのに気づく。

でも、今の音がそれを肯定している気がした。


透の視界に、また線が走った。


さっきより細い。

短い。

でも、確かにある。


右へ。

そして——その先に、王の足元へ繋がる影。


透は息を吸って、吐いた。


「……道が、ある」


慧が短く返す。


「なら行く」


王が低く鳴いた。


「ぐぎゃ……」


雑魚がまた揃って詰めてくる。

大剣側近が、門として戻ろうとする。


でも、もう知った。


右を削れば、門は動く。

門が動けば、王が露出する。


透は鉈を握り直した。


戦いは終わらない。

でも、勝ち筋が見えた。


次で、折る。


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