表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/80

スキルの発現、魔法

階段の前で、慧が止まった。


「……来る」


影が動く。

二足。腹が厚い。棍棒。

さっきまで相手にしていた“鈍い豚”。


透は鉈を握り直した。

怖さが消えたわけじゃない。

でも、足は動く。


棍棒が振られる。


透は横に抜けた。

慧が短く当てて離れる。

透が足を切る。浅く、確実に。


踏み込みが鈍る。

棍棒が壁に当たって軌道が崩れる。


もう一度。

透が入って、鉈を引く。


霧みたいに薄れて消えた。


落ちたのは、魔石だけ。


透は拾ってリュックに押し込んだ。

奥の瓶が割れていないか、指で探る。硬い冷たさ。大丈夫。


「……余裕、出てきたね」


透が言うと、慧が頷く。


「動けるうちに上がる」


上。

その言葉だけで喉が渇く、地上が恋しい。


慧が言った。


「一応、静かに」


透は頷いて、階段を上がる。

一段ずつ。置く。離す。

急がない。慎重に。


途中で止まる。

耳を澄ます。

何も聞こえない。


段の終わりが見えた。


空気が少し軽い。

肺がまだ動く。

それでも岩の匂い。


苔の光は弱くて、影が厚い。

壁が近い。


慧が小さく言う。


「……いる」


透も感じた。

音じゃない。匂いでもない。

皮膚の内側に圧が残る。


岩陰が動いた。


背の低い人型が、数匹。

細い腕。短い脚。

顔はよく見えない。光が足りない。


でも、手に持っているものは見えた。


剣と弓。


透の脳裏に、家の廊下が刺さった。

あの日。

侵入してきた影。

目が合った瞬間に距離を詰めてきた、人型。


胃が沈む。


「……剣と、弓」


慧が即座に言う。


「弓持ちを最優先で落とす」


弦が鳴った。


きゅん、と短い音。

矢が岩に当たって乾いた音を立てる。


透は反射で壁に寄った。

頬の近くを風が抜ける。


慧の声が速い。


「剣持ちはいったん無視。弓、先に落とすぞ」


透は頷いた。

身体が動く。

怖くても足は出る。


透は苔光の届く場所と届かない場所、その境目を渡る。

矢が飛んでも、そこには刺さらない角度がある。


弦がもう一度鳴る。


透は止まらない。

視界の切れ目に入る。岩の影に沈む。


次の瞬間、透は弓のすぐ近くにいた。


ゴブリンの目が見えた。

小さい。黒い。濡れた穴みたいな目。


透は鉈を振り下ろさない。

当てて、引く。


弓を持つ腕。手首。


刃が滑る。硬い感触。

弓が落ちた。


声を上げる前に、慧が入る。

バールが短く鳴る。


霧になる。


「次!」


慧が言う。


少し離れた影が、弓を引く。

弦音が二つ目。


透は岩のくぼみに沈んだ。

矢が通る線を外す。


慧が逆側へ回る。

矢が慧を追う。追わせる。

追わせて、隙を作る。


透が走る。

弓の背中側へ。


剣を持ったゴブリンが一体、透に突っ込んでくる。

短い刃物。欠けた刃。刺されれば怪我ではすまない。


透は受けない。

横へずらす。岩に寄せる。

刃が岩に当たって跳ねた、その瞬間。


透が鉈を当てて引く。


霧。


慧の方で、短い衝撃音。

弓持ちが消える。


洞窟が少し静かになった。


透が息を吐く。


「ゴブリン、だよな」


「ああ、五層はそう遠くなさそうだ」


慧が答える。——その直後。


違う音が来た。


石が転がる、乾いた音。


こつ、こつ、と近づいてくる。


慧が言う。


「……まだいる。止まるな」


透が半歩下がった瞬間、空気が鳴った。


ぱし、と頬の横を何かが抜ける。

すぐ後ろの岩に当たって、砕けた。


透は目を見開く。


「……今の、矢じゃない」


慧が低く言う。


「石だ」


影の奥に、何体か、影が見えた。

剣持ちの後ろに隠れているゴブリン。

手には木の棒。

両手を前に突き出している。


その手元で、何かが浮いたように見えた。


次の瞬間、石が飛んだ。


投げたわけじゃない。

腕の振りは、無かった。

“飛ばされた”。


透は背中が冷たくなる。


「……何だよ、それ」


慧が言った。短く。


「飛び道具の種類が増えた。まずあれを落とす」


透は頷く。

喉が乾く。舌が張りつく。


石がもう一つ飛ぶ。


慧が体をずらす。

石が壁に当たり、粉が散った。

当たれば骨が折れる勢い。


透は岩陰を選ぶ。

“矢”と違って、石は線が読みにくい。

でも、岩の手前に入れば来ない。


透は一気に距離を詰めた。

足が動く。息が切れない。

普通なら間に合わない距離だ。


魔法を使うゴブリンが目を見開いた。


手が動く。

また石を作る。


透は迷わず、鉈を当てて引いた。


腕。

手首の少し上。

切る。止める。


石が落ちた。

床で転がって止まる。


慧が入る。

バールが短く鳴る。


霧になる。


透は息を吐いた。

肺が熱い。

でも、まだ動ける。


後、二匹。剣持ちだけ。

透は距離を詰め、首に刃を当てて、引く。


慧は、叩く。


二匹は簡単に霧に変わる。


足元に落ちているものが見えた。


魔石。

豚の物より薄い色。


それと——。


小さい瓶。

中に粘液みたいなものが入っている。淡い緑。

汚れた水の色に近いのに、妙に均一で、光を吸って揺れる。


透は顔をしかめた。


「……気持ち悪い」


慧が言う。


「魔物避け、か?これ」


透は瓶を布で巻き、リュックの奥へ押し込んだ。

赤い小瓶の隣に、淡い緑。

割れないように隙間を詰める。


戦闘が、ふっと切れた。


音が消えたわけじゃない。

ただ、いったん“波”が引いた。


透は息を吸って吐いた。

喉が乾く。目が痛い。

でも——立っていられる。


視界が揺れた。


文字が浮かぶ。


【観月 透】



【Lv】9→10

【MP】105→120

【筋力】30→35

【敏捷】33→38

【魔力】28→30


透は一瞬止まりそうになって、慧の声で戻った。


「止まるな。動くぞ」


短い。冷たい。

正しい。


透は岩陰に入って呼吸を整える。

数秒だけ。ほんの数秒。


表示が落ち着く。

焦点が合う。


ステータスの下。

今までなかった一行が、ぴたりと貼りつく。


【スキル:観測】


透は息を呑んだ。


ただの“感じ”が、名前になる。

名前になった瞬間、勝手に重くなる。


慧の方でも、同じように数字が変わっていた。

慧は一瞬だけ視線を落として、すぐ前を見る。


「……出た」


透が聞く。


「何が」


慧が答える。


「スキル、危機察知」


【スキル:危機察知】


「俺も出たよ、観測、だってさ」


「そうか」


慧はそれ以上言わない。

でも、肩が少しだけ固い。


本人が一番、違和感を分かっている。


階段の直前。


透の視界が、もう一度ざらついた。


今までの短文とは違う。

文字の組み合わせ。


透の視界の隅に、短い表示が走った。


『上/王』


透は喉が鳴るのを抑えた。


慧が同時に止まる。

止まった瞬間に分かる。慧の危機察知も反応している。


慧が低く言った。


「……階段の先、いるな」


透は頷く。


「俺も出た。……先に王とやらがいるらしい」


慧が短く息を吐く。


「通れないか」


透は返せなかった。

言葉が重い。


階段が見えた。


上へ続く石の段。

けれど、そこだけ空気が動かない。


静かすぎる。


慧が言う。声が低い。


「……いる」


透は鉈を握り直した。

慧はバールを構え直した。


帰るには通るしかない。

通るには——。


二人は、階段の闇を見上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ