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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
2章

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36/80

感じる成長、肉

走って、角を曲がって、また走って。

洞窟の青白い光が背中に流れる。


さっきの金属音は、もう聞こえない。

遠ざかったのか、止まったのか。

どっちでもいい。今は、止まって確かめたい。


慧が手で合図した。


「……ここなら」


壁の出っ張りの陰。

苔の光が届かない場所。

暗くて、息の音だけが大きく感じる。


透は頬が熱いのに気づいた。

さっき、石がはじけた時のかすり傷だ。


指先で触れる。

ぬるい。少しだけヒリつく。

でも、指に赤はつかない。


血は止まっている。


透は息を吐いた。


「……大丈夫だ」


慧が短く言う。


「それだけで済んだ、運が良かった」


「うん、本当に」


透はリュックを下ろして、奥に瓶をしまい込む。

小瓶。淡い赤。

硬い透明で、ガラスじゃないみたいな冷たさ。


布で巻いて、押し込む。

揺れないように、隙間を詰める。


慧が見ている。


「それ、何なんだろうな」


「さぁ、でもなにか、貴重な物の気がする」


慧が壁沿いに視線を走らせた。


「階段、探すか」


「……あるかな」


「ある。ないなら死ぬ」


慧は淡々と言う。

もう死んでいてもおかしくない。ここはそういう場所だ。


二人は立ち上がった。

足音を殺す。呼吸を浅くする。

耳を澄ませて、一歩ずつ進む。


壁沿い。

迷わないため。

洞窟が広いほど、壁を頼るしかない。


しばらく歩いて、透は気づいた。

不自然な岩の並び。


段みたいに削れている。

平らすぎる。規則的すぎる。


慧も同時に止まった。


「……ここだ」


石の段。

上へ続いている。


透は喉を鳴らした。

嬉しい。

でも、階段の先に何がいるか分からない。


二人は顔を見合わせる。

慧が言う。


「音、殺して行くぞ」


「うん」


透は頷いた。


階段を登る。

一段ずつ。靴底を置く角度まで気をつける。

石に当てない。擦らない。


敵が来るかどうかなんて、知らない。

静かにするしかない。


途中で何度も止まる。

耳を澄ます。


長い。

数えない。数えたら余計に遠くなる気がする。


ようやく段の終わりが見えた。


空気が少しだけ変わる。

湿気はある。苔の光もある。

でも、さっきより息がしやすい。


「……また洞窟、か」


透が小さく言うと、慧は頷く。


「上には近づいてる。だが、まだ深い」


二人は、すぐに壁に寄った。

目を慣らす。匂いを嗅ぐ。


土と鉄。

それに、獣の匂いが濃い。


——来る。


透がそう思った瞬間、影が動いた。


二足。

でかい。

腹が厚い。


さっきの“刃”じゃない。

手にあるのは、太い棍棒。

木というより、石みたいな黒さ。


豚が低く唸った。


慧が言う。


「剣のやつより遅いな。念のため、当たるなよ」


透は鉈を握り直す。

足が、まだ震えている。

でも、動く。


棍棒が振られる。


大きい。

遅い。

その分、範囲が広い。


透は横へ跳ぶ。

風が頬を撫でた。

当たっていないのに、怖い。


慧が入る。

バールを短く叩き込んで、離れる。


透が足を狙う。

鉈を当てて引く。浅く。確実に。


豚の踏み込みが鈍る。


慧が角度を変える。

棍棒が壁に当たって軌道がずれる。


透がもう一度入る。


豚が崩れた。

霧みたいに薄れて消える。


透は息を吐いた。


「……さっきより、全然いけるね」


慧が言う。


「落ち着け。二体目が来る」


——来た。


足音が重なる。

さっきより近い。

同じ形の豚が、棍棒を引きずるように歩いてくる。


透は思った。

さっきの“刃”のやつに比べると、怖さが薄い。


体が動く。


これが、Lvの恩恵か。

さっきまでの息苦しさが、少しだけ遠い。


二体目も、同じ手順で倒した。

挟んで、当てて、離れて。

棍棒の振り終わりだけを狙う。


霧が消えた場所に、石が落ちた。


魔石。

少し青みがかっている。


透は拾って、リュックに押し込む。

小瓶が割れていないか、触って確かめる。

大丈夫だ。


「……二つ目」


透が言うと、慧は短く頷いた。


「持って帰ろう」


三体目。


少し奥へ進んだ場所だった。

苔の光が薄い。影が濃い。

棍棒が影の中から出てくる。


手順を守って、戦う。


棍棒の軌道を見て、角に誘導する。

壁に当たった瞬間だけ距離が生まれる。

その一瞬に、切る。叩く。離れる。


倒した。


霧が消えたあと、落ちていたのは——石じゃなかった。


透は一瞬、固まった。


透明な袋。

空気が入っていない。ぴったりくっついている。

中には肉。


赤い。

冷たそうな色。

でも、湯気もない。腐臭もない。


まるで、真空パックだ。


「……は?」


透が声を漏らす。


慧も見た。

一瞬だけ眉が動いた。

それだけ。


「何だ、これ」


「……肉?食えるのかな」


「知らん。まあ、持って帰ろう」


透は袋を掴んだ。

手袋越しでも、妙に現実的な感触がする。

魔物が落としたものなのに、スーパーで見る肉みたいだ。


怖い。

でも、捨てたくない。


リュックの中で小瓶に当たらないように、肉を横に滑らせる。

布で仕切る。押し込む。


四体目。


もう、動きが読めていた。

棍棒の重さ。振りの遅さ。

その代わり、一撃の重さ。


当たるな。

それだけ。


慧が短く言う。


「最後。倒して引く」


「うん」


豚が来る。

棍棒が振られる。

透が避ける。慧が当てる。

透が切る。慧が押す。


霧になって消えた。


石が落ちた。

魔石だ。


透は拾って、息を吐いた。

胸が熱い。肺がまだ痛い。

でも、立っていられる。


視界の端で、数字が動く。

【観月 透】


【Lv】8→9

【MP】95→105

【筋力】28→30

【敏捷】30→33

【魔力】25→28


慧も同じように数字が変わっていた。

慧は見ただけで、すぐ前を見る。


「……あと一匹」


透が漏らす。


慧が言った。


「欲張るな。帰る」


透は口を閉じた。

慧の言い分は正しくて冷たい。


二人は壁際に寄って、短く息を整えた。

透は頬をもう一度触る。血は出ていない。

指先を見る。赤はない。


リュックを確かめる。


小瓶。割れていない。

魔石。いくつか。

真空パックの肉。ひとつ。


胸の奥が妙にざわつく。

不自然すぎるのに、確かに“得”だ。


透は思った。


ここなら、戦える。

少なくとも、あの刃のやつよりは。


慧が低く言う。


「上を目指す。静かにいくぞ」


透は頷いた。


「うん」


透はリュックの肩紐を握り直した。


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