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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
2章

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33/80

新しい武器、混雑

打撲は、二日でほとんど消えた。


最初の夜は、階段を降りるだけで痛かった。

次の日も、歩くとまだ鈍い違和感が残っていた。

なのに三日目には、もう走れた。


透はそれが妙に気持ち悪かった。

治ったなら喜べばいい。

でも、あの衝撃の後で、こんなに早く戻るのは変だ。


——ステータスのせいか。


そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。

強くなる、ってこういうことなのかもしれない。


「……今日も行くの?」


朝。

母は食器を拭きながら言った。声は淡々としている。

目は透の足元を一度だけ見る。


透は見なかったふりをした。

母も言わなかった。


「行くよ」


「どれくらい」


「短め。二時間くらい」


母は頷く。


「いってらっしゃい」


それだけ。

いつもならもう一言、あるはずなのに。


その沈黙が、透の背中に残った。


廊下の奥から澪が顔を出す。


「今日はいくら?」


「知らない」


「前より増える?」


透は少しだけ迷って、正直に言った。


「……増やしたい」


澪は満足そうに頷いた。


「じゃあ、早く強くなって」


透は苦笑いして、玄関で布袋を肩に掛けた。

中身は金属バット。予備。

もう一本、別の袋も用意した。今日、そこに入る予定のもの。



慧とはメッセージアプリで連絡を取っていた。


『今から出る』

『了解。ホムセン寄る』

『合流10分後』

『了解』


合流場所は仮支部の手前の交差点。

そこまでの道も、人が増えていた。


まだ街は戻っていない。

店は閉まっているところが多い。

でも、人の動きは戻ってきた。


歩いているのは、避難所帰りの人だけじゃない。

布袋を肩に掛けた人がいる。

手袋だけ妙に新しい人がいる。

スポーツウェアのままの若者もいる。


“ダンジョンに入る”が、普通になり始めていた。


仮支部の近くで、澪くらいの年の子がスマホを構えていた。

入口の膜を背に、ピースしてる。


透は視線を逸らした。

危ない、とは違う。

空気が軽すぎる。


狩場が混む。

効率が落ちる。

「俺が先に見つけた」「横取りだ」

争いになる。


透はそれが嫌だった。

でも、どうしようもない。


——上が混むなら、下に行くしかない。


慧が来た。


両手は空に見える。

でも肩の布袋が不自然に重そうだ。


「買うもの決めた?」


透が言うと、慧は頷く。


「バール」


「……バール?」


「ホムセンで買える。壊れない」


慧らしい。

派手さはない。


透は頷いた。


「俺は鉈にする」


慧が一拍置いて言う。


「刃は扱いに気をつけろよ」


「分かってる」


二人はホームセンターに寄った。


店は開いていた。

人が多い。いつもより明らかに。

工具売り場に、若い男が二人。

手斧を手に取って「これヤバくね?」と笑っている。


透は見ないふりをして、鉈を探した。


“園芸用品”。

そう書かれた棚に、鉈が並んでいる。

手に取ると結構重い。


透は一本を選んだ。

刃が真っすぐで、柄がしっかりしている。

ついでに厚手の手袋と、滑り止めのテープも買う。


全部で4000円強。


慧はバールを買った。80cmぐらいはありそうな、長いバール。

黒くて、無愛想で、確実に硬そうな一本。


レジ袋は使わず、布袋に入れる。

外から分からないように。

二人とも、バットは予備として持ってきている。


仮支部へ向かう。


テントの前は、昨日までより明らかに人がいる。

列まではできていないが、入口付近が埋まっている。


「だいぶ増えたな」


透が言う。


慧が淡々と返す。


「情報が回ったんだ」


「早いな」


「早い方が国は助かるんだろ」


慧の言い方は冷静だ。

透はその冷静さが少し羨ましい。


二人は受付でカードを見せて通る。

職員は相変わらず顔を上げない。

何も言わない。


テントを出て、数十秒。膜が揺れている。


入口の周りにも人がいる。

迷いながら覗き込んでいる人。

慣れた顔で入っていく人。

スマホを構えてる人。


透は、嫌なものを飲み込むみたいに息を吐いた。


「行こう」


慧が頷く。


「ああ」


二人は膜をくぐった。


草原の匂い。

風の向き。

空の色。

ここは相変わらず時間が動かない。


ただ、今日は違った。


遠くに、人影がある。

昨日まではほとんど見なかった距離に、何人もいる。

狩場が散っている。


「……薄いな」


透が言った。


慧が言う。


「取り合いになるな」


透は頷いた。

危険なのは魔物じゃない。

人間が焦り出すことだ。


最初のネズミが来た。


二体。低い突進。

慧がバールを振る。

叩く、というより押し返す。

一体目が弾けるように転がり、二体目が倒れる。


透は鉈を抜いた。

刃が光る。

自分の手が少し震えるのが分かる。


「足元、来る」


慧が短く言う。


透は一体を止めて、鉈の刃で叩いた。


魔物が霧みたいに薄れて消える。

草の上に石が落ちる。


透は拾って、リュックに入れる。

魔石。ひとつ。


「……明らかに、楽だね」


透が言う。


慧が淡々と返す。


「バットよりいいな」


確かに違う。

バールは重いのに、腕がぶれない。

鉈は短いのに、手元が強い。


二人の処理速度が上がる。


でも、すぐに途切れた。


ネズミがいない。

草は揺れない。

遠くで別の誰かが叩いている音だけが聞こえる。


透は舌打ちしそうになって、止めた。


「……前回は、もう少し来たのに」


慧が言う。


「人が増えた。上の方は薄くなってるな」


透は草原の奥を見る。

ここで無理に探して歩けば、他人の狩りを横切る。

横切れば揉める。


「効率、落ちるな」


透が言う。


慧はバールを肩に乗せて言った。


「だから下に行くやつが得をする」


透は黙った。

分かっている。

でも、まだ怖い。


鉈を握り直す。

手袋越しに柄が硬い。

それが少しだけ安心だった。


「今日は、試し」


透が言った。


「武器の試し?」


「うん。……混む前提で、動き方も」


慧が頷いた。


「無理に追わない。揉めない。欲張らない」


二人はそのまま数匹だけ狩って、戻った。

魔石は少ない。

でも、手応えはある。


入口へ戻る途中、草原の奥から怒鳴り声が聞こえた。


「それ俺のだろ!」

「先に触ったのこっちだ!」


透は足を止めた。

慧が言う。


「行くなよ」


透は頷いた。


「行かない」


揉め事は、もう始まっている。

命の危険じゃない。

でも、積み重なると厄介になる。


膜をくぐる。

仮支部で魔石を出す。職員が数える。

封筒が渡される。いつも通りの流れだ。


金額は小さい。

でも、今日の目的は違う。


外に出ると、入口の前の人はさらに増えていた。

カメラを回す声。笑い声。

布袋を肩に掛けた背中。


透は思った。


——一層は、もう狩場じゃなくなる。


慧が言った。


「次までに、決めるぞ」


「何を」


「どこまで行くか」


透は布袋の中の鉈を確かめた。

重い。


「……下だな」


慧が頷く。


「下だ」


二人は歩き出した。

混雑を背にして。次の段階へ行くために。


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