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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
2章

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初めてのダンジョン、登録

母は同意書を二回見直してから、透に渡した。


「条件、忘れないでね」


「うん、わかってる」


透が答えると、母はそれ以上言わなかった。

言いたいことがないわけじゃない。言っても変わらないと分かっている顔だった。


澪は玄関で靴を履く透を見上げる。


「どれぐらい稼げるの?」


「小遣いぐらいかな」


「ふーん」


澪は納得していない顔をした。

でも、今日はそれ以上聞かなかった。

代わりに小さく言う。


「ちゃんと帰ってきてね」


透は頷いた。


「帰るよ、絶対」



慧とはメッセージアプリで連絡を取っていた。


『今から出る』

『わかった。入口前にいる』

『バット持ってる』


透も金属バットを持っている。

布袋に入れた。


外は人が少ない。

開いている店も少ない。

それでも道路には車が走っていて、遠くでサイレンが鳴っている。


“収束”は、止血が済んだだけだ。


仮支部は、すぐそこだった。


数日前まで封鎖線だった場所。

テントがいくつか並び、簡易フェンスが立っているだけ。

入口のすぐ横に、看板が打ち付けられていた。


『探索者協会 仮支部』


透は立ち止まって見上げた。

仮。支部。

すこし前までは嘘みたいだった言葉、今はもう現実だ。


入口の脇に警察官が立っている。

その奥に自衛隊の車両。


慧は看板の下にいた。

布袋に入れたバットを肩に掛けている。


「来たな」


「うん、来たね」


二人は並んでテントの入口へ向かった。

中は思ったより静かだ。行列もない。

受付の奥で職員が資料を揃えている。忙しそうではあるが、混乱はしていない。


「仮登録ですね」


職員は淡々と聞いた。

透が同意書と身分証を出す。慧も同じ。


「年齢確認……17。保護者同意あり」

「こちらも……17。保護者同意あり」


職員が書類を確認しながら言う。


「規約に同意いただきます。未申告持ち帰り、現場外での武器使用、無許可潜行。いずれも登録取消と処分の対象です」


透は頷く。

慧も頷く。


ペンを渡され、サインをする。



職員は二枚のカードを机に置いた。

シンプルな樹脂カード。写真はない。番号と印だけ。


「探索者IDです。等級はF。全員、ここからです」


F。

透はカードを見た。

ゲームっぽい、と一瞬思って、すぐにやめた。

これは現実だ。


職員は布袋を手渡してくる。

武器を隠すための袋。

それを見た透は、少しだけ笑いそうになった。

隠すための袋が配られる世界。


「買い取りは奥の窓口です」

「ネズミ型魔物の魔石は暫定で一個五百円」

「協会買い取りの場合、一割源泉で差し引き、手取りでお渡しします」


職員は言う。


「ネズミ型は、おおむね二体に一つ魔石を落とすとわかっています」

「個体差はありますが、目安としてはその程度です」


二体に一つ。

透は頭の中で数を弾いた。


職員が最後に言う。


「入口はすぐ横です」

「帰還は必ずこの窓口を通してください。回収物の申告も忘れずに」



テントを出て、数十秒歩くと膜があった。


揺れている。

水面みたいに。

向こう側に草原。空が少し高い。


ここだけ、世界が切れている。


透は一歩前に出た。

慧も隣に並ぶ。


「行く?」


透が言うと、慧が頷く。


「行く」


二人は膜をくぐった。


草の匂い。

風の方向がはっきりしている。


日差しは変わらない。

空の色も変わらない。

ここでは、外の夕方も夜も関係ない。


透は一度だけ振り返った。

膜の向こうに、仮支部の白いテントが見える。

近い。すぐ戻れる距離だ。


「今日はここに慣れよう、ゆっくり、ネズミだけ倒す」


透が言った。


「稼ぐ?」


「少しはね。……雑にならないように」


慧が金属バットを握り直した。


「了解」


草むらが揺れた。


ネズミ型。

三体いる。

低い位置から、一直線に来る。


透が短く言う。


「右から。三体」


慧が前に出る。

バットが水平に振られ、一体目が横に飛ぶ。

二体目が足元に潜ろうとした瞬間、透が踏み込んで叩いた。


慧が踏み込む。

ネズミが跳ねる。

半歩だけ体をずらし、バットを下ろした。


鈍い音。

魔物の身体が潰れて、次の瞬間、霧みたいに薄くなる。

残るのは、草の上の小さな石——魔石。

一つだけ。


もう驚かない。


Lv2。

上がっていない。


「まあ、そう簡単には上がらないよね」


慧も自分の表示を見て、頷く。


「落ちたな」


慧が言う。


透は大きめのリュックサックに魔石を入れる。


しばらく歩いていると、次の群れが来た。

二体。

慧が前に出て止める。

透が横から叩く。


落ちる。落ちない。

二体に一つ。

その目安が体感で分かってくる。


五体倒して、魔石は二つ。

八体倒して、四つ。

十体倒して、五つ。


「あと一つ、落としたら今日は終わろう」


透が言う。


慧が頷く。


「十二体で六つ。計算通りだ」


透は笑いそうになって、やめた。

計算が通る。

世界がゲームに寄っていく感覚が、まだ肌に合わない。


もう数体。

ネズミが来る。

慧が叩く。

透が止める。


そして、視界の数字が一段、跳ねる。


【観月 透】


【Lv】2→3

【HP】120→135

【MP】35→45

【筋力】13→15

【敏捷】14→16

【魔力】15→18

身体が軽くなる。

息が少し通る。

ただそれだけなのに、確かな差がある。


透は息を吐いた。


「上がった」


慧も同じタイミングで頷く。


「こっちも」


魔石は落ちなかった。

リュックの中には魔石が六つ。

透は背中の重さを確かめる。


「戻ろう」


「そうだな」


膜をくぐると、仮支部の白が近い。

数十秒。現実に戻る距離。


窓口でリュックを開け、魔石を出す。

職員が数える。六つ。


「ネズミ魔石、六個」

「一個五百円。計三千円」

「源泉一割。三百円」

「二千七百円です」

「二分割でよろしいでしょうか?」


透が答える。

「お願いします」


封筒に入れられて渡される。

紙の感触。薄い。軽い。


二人で割る。


一人、千三百五十円。


慧が封筒を見て言った。


「二時間ちょっとでこれか」


透は頷いた。


「時給、低いな」


慧が言う。


「でも——」


透が言葉を継ぐ。


「Lv3だ」


慧は少しだけ口の端を上げた。

笑ってはいない。


透は自分のカードを見た。F。


弱い。

まだ弱い。

でも、倒した分だけ数字が上がる。


透は封筒をポケットに入れた。

重さはほとんどない。

それでも、確かな手応えがある。


「次はいつにする」


慧が聞く。


透は頷いた。


「明日来よう。次は、もう少し効率よく」


「了解」


二人は仮支部を出た。

膜はすぐそこに揺れている。


あの向こうで、また数字が増える。

透はそれだけを考えて歩いた。


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