ダンジョン、説明会
紙が、指に引っかかった。
折り目だらけの案内。ポケットに押し込んだせいで、端が少し潰れている。
体育館の前には列ができていた。入口の貼り紙は大きい字でこうだ。
『探索者制度 説明会』
お堅い字がやけに現実的だ。
透はスマホを見た。いつものメッセージアプリ。
『着いた。今どこ?』
『体育館入口。受付の左。』
顔を上げると、慧がいた。受付の手前、列の端。
透が近づくと、慧は軽く頷いた。
「久しぶり」
「うん」
二人で列に入る。係員が資料を配っていた。腕章は揃っている。体育館の隅に自衛隊と警察の制服も見える。
見慣れた制服がいるだけで、場の空気が締まる。
中に入ると椅子がずらっと並び、前方にスクリーン。
ざわつきはあるが、雑談のトーンじゃない。
「膜の奥、草原なんだろ?」
「災害のとき、あそこから出てきた」
「倒したら、数字出るんだよな」
透はその声を拾いながら、慧の隣に座った。
前方の職員がマイクを握る。ハウリングが一瞬、すぐ止まる。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。探索者制度の説明を始めます」
職員は、最初にこう言った。
「まず、呼び方を統一します」
スライドが切り替わる。
「世界各地で発生した“膜状の構造物”を、今後は“ダンジョン”と呼称します」
「また、内部で確認されている敵性個体を、“魔物”と呼称」
会場の空気が少し動く。
「ダンジョンについて、現時点で確認されている階層は第5層までです」
次のスライド。
第1層:ネズミ型
第2層:ウサギ型
第3層:犬型
第4層:トカゲ型
第5層:ゴブリン型(人型)
「なお、詳細な位置や内部情報は本日ここでは扱いません」
民間が持っている情報は少ない。
膜の奥に草原があること。そこに魔物がいること。災害で溢れたこと。倒した人間だけが、視界に“数字”が出ること。
それ以上は、まだ霧の中だ。
職員は続けた。
「対象年齢は15歳以上です」
「15〜18歳は保護者同意が必要です。会場出口で同意書を受け取ってください」
通路を係員が歩き、紙束が配られる。
透の手元にも落ちた。
慧が小声で言う。
「親、説得だな」
「……まあ、そうだよな」
職員は規則へ移った。要点だけ。
「無許可での潜行は禁止です」
「回収物の未申告持ち帰りは禁止です」
「現場外での武器の露出・使用は禁止です」
「違反時は登録取消。状況により刑事罰の対象です」
“刑事罰”の語で背中が揃う。
ここはゲームのイベントじゃない。
「武器の携行について」
職員が言う。
「武器は外から見て分からない形で持ち運んでください」
「公共の場で見せない」
「現場以外で使わない」
透は通学路を思い浮かべた。
駅、コンビニ、教室。
そこを“見えない武器”が行き交うようになる。
世界が静かに変わる。
慧が短く息を吐いた。
次は、皆が一番聞きたいところ。
「報酬について。政府からの手当として、金銭支給はありません」
一瞬、会場がざわつく。
そして次の言葉で落ち着く。
「報酬は、回収物の買い取りのみです」
「買い取り窓口は政府直轄の探索者協会です」
「今後、民間への売却も可能ですが、品目は申告対象になります」
「希少品については、将来的にオークション制度の導入を検討しています」
“買い取りのみ”。
その割り切りが、現実っぽい。
「税の扱いも決めます」
「協会買い取りの場合、買い取り額の一割を源泉として差し引きます。」
「探索者側での申告手続きは不要。協会が記録し、納付まで処理します」
「民間へ売却する場合は別です」
「取引記録と証明が必要になります。後日、買い取り額の一割を税として納付してください」
「未記録・未納付が判明した場合、登録停止、追徴課税の対象になります」
職員は少し間を置いて、会場を見渡した。
「確認します。災害の際に、魔物を倒した方はいますか」
腕が上がる。
一人、二人ではない。
透も上げる。慧も上げる。
過半数が上がった。
倒したことがない側が、周りを見て肩を固くする。
倒した側は表情が変わらない。あの場を知っている。
職員は頷いた。
「ありがとうございます」
「本制度は、皆さんのような人手を必要としています」
会場が静かになる。
「災害を起こさないためです。あの溢れを、もう一度起こさないために」
「ダンジョンは全国にあります。公的機関だけでは手が足りません」
「だから探索者を募ります」
ここで初めて、“制度の目的”が腹落ちする。
職員は、事実をはっきり言う。
「魔物を倒した方は、視界に数値情報が出たはずです」
「現時点では、それを“ステータス”と呼びます」
「そして、魔物を倒すことでレベルが上がることが確認されています」
ざわつきが増える。
知っていた人間もいる。知らなかった人間もいる。
でも公の口から言われると重みが違う。
「ただし、条件には偏りがあります」
スライドが切り替わる。
「銃器による討伐は、レベル上昇が緩やかになる傾向が確認されています」
「弓・近接・魔法的手段(※確認中)は、上昇が比較的速い傾向があります」
「理由は不明。安全性との兼ね合いも含め、今後検証します」
透は慧の横顔を見る。
慧は何も言わない。
続いて、今後の流れ。
「探索者協会の支部を順次設置します」
「現在、各ダンジョン周辺に置かれている自衛隊・警察の小拠点を基に、仮支部として運用を開始します」
「登録はそこで行えます」
“封鎖線の近くが窓口になる”。
透はその未来を想像した。
世界は戻らない。戻す気もない。形を変える。
「本日ここでは登録はできません」
「必要書類の受け取りと、支部の場所の案内を行います」
「希望者には安全講習、自衛隊帯同の現地実習を用意します。参加は任意です」
会場がまた揺れる。
帯同は安心だ。けれど、動きは遅くなる。
透が慧に小声で聞く。
「実習、どうする?」
慧は首を横に振る。
「やめとく」
「理由は?」
「人が多い、動きが鈍る」
透は頷いた。
透も同じだった。
早く強くなりたい。自分たちのペースで潜りたい。
説明会は終わり、椅子が軋む。列が出口へ向かう。
透と慧も立った。
出口で紙束を受け取る。
仮登録申請の案内、支部一覧、同意書。
薄い紙で、手が塞がる。
外に出ると、夕方の空気が冷たかった。
車の音はいつも通り。人もいつも通り歩いている。
それが逆に不思議だった。
今日、ここで言葉が決まった。
ダンジョン。魔物。探索者。ステータス。レベル。
もう、戻れない。
慧が紙束を見下ろして言う。
「まず、同意だな」
透は息を吐く。
「うん。学校も行く。親も説得する」
慧は短く頷いた。
透は支部一覧の紙を折り、ポケットに入れた。
明日、どこへ行くかはもう決まっている。
「……行こう」
透が言うと、慧が答える。
「行く」
二人は歩き出した。
次に潜るのは、草原だ。




