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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
1章

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放課後、進路調査票

放課後の教室は、思ったより音がしない。

机を引く音も、誰かの笑い声も、廊下を走る足音も。


窓際の席に座ったまま、観月透は机に頬杖をついた。

黒板の隅に残ったチョークの粉が、夕方の光で白く浮いている。


「……進路調査票、出せってさ」

透が言うと、前の席に後ろ向きに腰掛けていた黒瀬慧が、短く息を吐いた。


「まだ出してないの。お前くらいだぞ」

「だってさ。決めろって言われても、何を?」

透は笑うでもなく、ため息だけで言葉を終わらせた。


今日、担任に呼ばれて言われたのは、別に怒られたわけじゃない。

“そろそろ現実を見ようか”

そういう優しさが、刺さった。


「大学は行くんだろ」

「そりゃ、行く。みんな行くし」

「理由それだけ?」

「……それだけじゃないけど」

透は視線を泳がせた。


理由を言葉にしようとすると、喉の奥が引っかかる。

大学に行けば何かが変わる、と言い切るほどの自信はない。

でも行かないと、もっと不安になる気がする。


慧は机の上のシャーペンを転がしながら、透を見た。

「お前、理系っぽいじゃん。数学そこそこできるし」

「そこそこって言うなよ。中の下だぞ、俺」

「この学校で中の下なら、世の中の真ん中くらいだろ」

慧はさらっと言う。


慰めてる感じがしないのが、慧のいいところでもあり、腹立つところでもあった。

「慧はもう決めてんだろ。医者」

「医者“家庭”なだけ。俺は……まあ、その方向かな」

「その方向、って何。逃げてんじゃん」

「逃げてない。それが最善だから」

慧が言い切った。


まるで当たり前のように。

達観というより、諦めに似た落ち着き。

透はその落ち着きが、少し怖かった。


「……最善ってさ」

「うん」

「いや、やりたいことがあるやつ、いいよな」

慧は少しだけ黙って、窓の外を見た。

夕陽が校舎の角を赤く染めて、影が伸びていく。


「やりたいことがあるやつなんて一握りじゃない?」

「それ、慰め?」

「違うよ。現実」


慧はそこで初めて、ほんの少し笑った。

「透はさ、変に現実見えてるから余計にしんどいんだよ。ゲームは好きなのに、プロゲーマーとか言えないタイプ」

「言えるわけないだろ。才能あるやつが行く世界じゃん」

「そういうところ」

慧が指摘する。


透は反論しようとして、やめた。

当たってる。才能を言い訳にしている。すべてを捨てて努力をしたことなんてない。


透は、机の上に置いたスマホを見た。

画面は暗い。通知もない。

なのに、なぜか目を離せなかった。


「……なあ」

「ん?」

「なんかさ、さっき――変じゃなかった?」

「何が」

「……説明できないけど。廊下歩いてたとき」


透は言いながら、自分でも笑いそうになった。

地震というほど揺れたわけじゃない。

めまいとも違う。

ほんの一瞬、世界が“ずれた”みたいな感覚。

慧は眉だけ動かした。


「……感じた」

「え」

「俺も。さっき、窓の外見てたら。空気が……」

慧が言葉を探している。

珍しい。慧が言葉に詰まるのは。


透は背筋が少し冷えた。

「気のせいじゃないのか」

「二人同時に気のせいってことあるか?」


慧はそう言って、机の上のシャーペンを止めた。

「まあ、ニュースにはなってないし。たぶん、たいしたことじゃない」

慧の声は落ち着いている。

いつも通りだ。

透も、そうであってほしいと思った。


でもその瞬間、教室の空気が――

ほんのわずか、薄くなった気がした。

透は反射的に窓の方を見た。

外は何も変わっていない。

夕陽が沈みかけているだけ。


「……帰るか」

透が言うと、慧が立ち上がった。


「おう。進路調査票は、とりあえず“理系”って書いとけ」

「雑だな」

「雑でいいだろ。まだ」


慧は鞄を肩にかけて、透を見た。

「どうせ、世界は思ったより勝手に動く」

その言い方が、なぜか妙に引っかかった。


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