プロローグ
彼は箱庭を愛していた。
だが、愛は箱庭にしか向けられていなかった。
彼は「違い」を撒いた。
肌の色、祈りの形、言葉の切れ目、習慣の作法。
分ければ、比べる。比べれば、争う。
争えば、知恵が研がれる。
知恵はやがて“科学”と呼ばれ、火と車輪と電気と式になった。
箱庭は、彼の期待どおりに争い続けた。
争いは犠牲を生み、犠牲は正当化を生み、正当化は物語を生む。
物語は宗教と国家と家族を強くし、
強くなったものはまた「違い」を盾にした。
そしてある日。
箱庭の科学は、箱庭そのものを壊せるところまで来た。
空の上から一瞬で街を消す力。
目に見えない粒で、世代を変える力。
星に届く手と、星を落とす手。
彼は見下ろして、少しだけ息を止める。
「……もう、次の段階に行ってもいいんじゃないか?」
群れの力は育ち切った。これ以上ないほどに。
世界を壊せる力は得たのに、個は弱いままだった。
ボタン一つで滅ぼせても、素手では何も変えられない。
意思は群れに溶け、体は椅子に沈み、恐怖は画面の向こうに押し込められた。
次に必要なのは、別の栄養。
身体。
意思。
個の力。
彼は決めた。
箱庭は、もう一段上へ行く。
科学の覇者としてではない。
“個”が踏み込んで、血と恐怖と選択で強くなる世界として。




