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箱庭の進化 〜世界にダンジョンが現れた日〜  作者: 観測者
1章

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16/80

落着き、巡回

粉が落ちる。

白い粒が、廊下の空気からゆっくり降りて、床の上に薄い膜を作る。


透は口の中の苦さを飲み込んだ。


床には、落ちたままの小さな塊がある。

石みたいな、でも石じゃない。

透は見ないようにしていたのに、目が吸い寄せられる。


母がそれに視線を落とした瞬間、母の瞳がわずかに揺れた。

焦点が合ったまま、何かを読み取るみたいに。


透は喉の奥が冷たくなるのを感じた。

自分と同じだ。

でも、今それを確かめる余裕はない。


トイレの小窓は穴のままだ。

ぶら下がった枠を、澪がガムテープで引っ張っている。手が震えて、テープがまっすぐ貼れない。

母が横から押さえる。


「……とりあえず、これで」

透が言うと、澪が小さく頷いた。


“これで”が、何を意味するのか分からないまま。


スマホを見ると12時に近い時間になっていた。


外の音が変わった。


サイレンが、散らばる音から、寄っていく音になった。

同じ方向へ流れていく。

遠くの悲鳴が、少しだけ減った気がした。


次いで、家の前の道路に、足音。

複数。一定の間隔。


慧が玄関に寄る。透も息を止めた。


――コン。コン。


扉を叩く音は、乱暴じゃなかった。

近くで抑えた声がする。


「……中の人。聞こえるか。」


慧が息だけで返す。


「聞こえてます」


「何人いる?怪我人は?」


「四人。全員無事です」


返事の間、外の犬の呼吸が荒くなる。

近くにいるのは分かっているのに、踏み込んでこない。

唸り声が、低く、遠い。


「……よし」

声が短く言った。

すぐに別の声が混じる。


「こっち確認、四人。——次」


無線だ。

ここだけじゃない。隣の家も、その隣も。


透は、玄関のすぐ向こうで人が動く気配を感じた。

足音が一瞬だけ止まり、金属が擦れる音がした。

何かを叩く、鈍い音が二回。

犬の鳴き声が跳ね上がって、途切れる。


続けて、別方向でまた鈍い音。

こちらの通りが、少しずつ“薄く”なっていく。


玄関の向こうの声が、もう一度近づいた。


「今からこの辺りを一回片づける。家から出るな。窓も開けるな」


慧が頷き、透も頷いた。

向こうには見えないのに。


声が続ける。


「……次の指示だけ言う」


言い方が、現場のそれだった。

優しいでも冷たいでもない。

間に合わないものを抱えた声。


「避難所が開く。学校と公民館。……案内が回るまで、家にいろ」


透はそこで、言葉が漏れそうになった。


父が。

まだ帰ってこない。


でも口にしたら、急に現実になる。


透は言葉を噛んで飲み込んだ。


玄関の外で、誰かが短く舌打ちした。


「……音、立てんなよ。向こうから来てる」


無線の声が被る。


「南側、人型二。——いや三。……こっち寄ってる」


声の主が即座に返す。


「了解。こっちは——」


言葉の途中で、足音が遠ざかった。

ここに留まれない。留まっていたら、別の場所で死ぬ。


残ったのは、匂いと、遠いサイレン。

そして、家の中の、呼吸。


澪が小さく言った。


「……今の、人たち……」


「回ってる」

慧が答える。言葉が短い。


「守ってくれてる?」

澪が聞く。


慧はすぐに肯定しなかった。

代わりに、玄関の方を見たまま言う。


「……減ってる。でも、まだいる」


透は頷いた。


希望ってほどじゃない。

でも、昨日よりは“余白”がある。


透は床の塊を見た。

拾うべきか迷う時間すら、もったいない気がしてくる。


しゃがんで、指先でつまむ。

冷たい。硬い。

落としたら、二度と見つからない気がした。


母が小さく息を呑んだ。

母の目が、何かを見ている。

透は見ないふりをした。

母も、言わない。


言ったら、何かが変わってしまう。


透は塊をポケットに入れ、トイレの穴を見た。


塞いだ“つもり”の場所。

弱いところ。

狙われるところ。


透は思った。


間引きが進んでも、助けが来ても、

家は勝手に守られない。


そして――

父がいないことだけが、どんどん大きくなる。


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