第102話:すべてハマトクのロゴ入りです
バルバは呆然としていた。
目の前では、遥斗が持ち込んだ竹とんぼや独楽といった木製の玩具で、子供たちが歓声を上げながら仲良く遊んでいる。
広場の隅ではリケが本来の姿——一つ目の軟体に無数の触手を伸ばしたどこか冒涜的な姿で、子供たちと無邪気に混ざって遊んでいた。子猿から本来の姿に戻ったリケは、前に見た時より一回り、いや三回りほど大きくなっている気がするのは気のせいだろうか。成人男性を三人は飲み込めそうなサイズだが、子供たちはすでに慣れきった様子でその触手を引っ張ったり、逆に掴まれて持ち上げられたりしてキャッキャと遊んでいる。
たしかルシに聞いた、かつて国一つを滅ぼしたという『虚ろ喰らい』は大岩ほどあったというから、そこまでにはなっていない。しかしそれは『虚ろ喰らい』が十年ほど人々を襲い続け、最終的にそこまでに至ったという話だ。
だがリケはほんの一、ニ回の月の巡りでここまでになったらしい。
……それなら、数年経ったらどうなるのだろうか。
まあ、それはいい。人類的にはあまりよくない気もするが、今はいいのだ。
だが――
「うっひょおおおお! すげえええええ! 動きやすいし走りやすいぞ!?」
「や、や、や、やばいなこれ!」
「清潔だし風通しもよくて素敵!」
ただ、なぜそれに合わせて自分の護衛たちも目を輝かせて騒いでいるのだ?
そう、子供たちが飛び回るその横で、『折れぬ大剣』の三人も子供のようにはしゃいでいたのだ。
ザヴァクは妙に洗練された革靴や服を着て大興奮だ。
……アレは皮なのだろうか。
皮以外の靴と言えば、この村でも履いているような草編みの履物くらいしかバルバは知らない。
海を超えた異国では木の皮や、あるいは魚の皮を用いることがあると聞くが、そちらはバルバも見たことがないので判断できないし、そのようなものでもない気がする。
カイゼは手にしたいくつかの謎の道具に首をかしげて見ていたが、遥斗に何か言われて、それを手にうろうろと歩き回る。そのたびになぜか何度も同じ方向を見ては、驚いたように体を震わせていた。
さらには道具の一つを目にあてがうと急に大興奮。あの男がうまい酒以上に興奮するということは、あの道具は相当なものなのだろう、とバルバは思うが、どんなものか聞きたくても怖くて聞けない。
そしてルシは、巨大な鉢をひっくり返したような謎の天幕の中でごろごろと転がっては感動の声を上げている。
その天幕は形状も素材も不思議だが、中は見るからに快適そうで、何よりも組み上がるのに、革靴を履くほどの時間もかからなかった。
遥斗が細長い包みから妙な塊を出したかと思えば、それは瞬時に広がって、『折れぬ大剣』のメンバーが余裕で入れる立派な天幕が出来上がったのだ。再び包みにしまうのは少し時間がかかっていたが、瞬く間に設置も保管もできるなど、旅する者にとって喉から手が出るほど欲しいものである。
馬車もなく、とにかく荷物は身軽でありたい開拓者が天幕を持ち歩くなど正気の沙汰ではない。
だが、あの天幕は包みに入れられるほど小さくまとまる上、重さも麦袋一つ分にもならない。
マント一つで野営する開拓者にとっては多少の荷物にはなるだろうが、それで疲れを十全に癒せるのなら破格すぎる。特に雨と虫は、寝ているだけで体を冷やし、体力を奪う天敵なのだから。
「ザヴァクさん、サイズは大丈夫ですか? いちおうスカッターに測定してもらってますからちょうどいいと思いますが」
「ああ、ばっちりだ! さすがに槍や魔物の牙は防げないだろうが、小動物の爪や茨の群生地くらいなら防いでくれるだろう! その割に、革鎧を上から着るのも楽だしよ」
「カっちゃん、それどう? スカウトに役立ちそうなもの適当に選んだんだけど」
「最高だハルちん! 星が見えなくても方角がわかって、遠見がこれほどはっきりとできるなんて……うへへへ、こんなのがあったら斥候がどれだけ楽になるかわかんねーよ」
「ルシさん、どうでしょう。前に野営は虫や雨が大変って言ってたんで、これなら持ち運びも設営も簡単でいいと思ったんですが」
「最っ高! 汚いボロ宿の雑魚寝より、こっちの方がいいくらいよ!」
まあ現代の人たちなら見れば一発でわかるが、ようはアウトドアウェア一式、コンパスや双眼鏡をはじめとしたサバイバルグッズ、そしてポップアップテントである。
狂乱といっていいほど興奮している三人を確認しながら、遥斗はニコニコと頬を緩ませながら言葉を続けた。
「ザヴァクさんの着てるアウトドアウェアは全員分あります。サバイバルキットの入った背負い袋も全員分用意したので、後で中身を確認してくださいね。サバイバルシートはマント以上に暖まりますし、折り畳みのシャベルとか、水のろ過装置とか役立ちますよ。使い方もあとで教えますね」
「そ、それも頂けるのか!?」
「はい。皆さんにはお世話になりましたし、お願いもしましたので。……それで、例の件はどうなりました?」
ザヴァクは居住まいを正し、力強く頷いた。
「ああ、前回の緊急依頼についてはしっかり報告を済ませた。それとこれからはギルドを通さずとも、ハル殿からの依頼をいつでも受けられるよう、『常時契約』を済ませておいたぜ。契約期間内は、バルバの旦那の承認さえあれば、俺たちはいつでもあんたの力になれる」
「おお、助かります」
遥斗が依頼した常時契約とは、本来ギルドを通さなければいけない仕事の依頼を、直接クランやパーティに依頼できるものである。ただし、そのとき別の依頼を受けていたら当然そちらが優先である。
ハッキリ言って、この制度にはあまり意味がない。というよりも、契約するメリットが開拓者ギルド側にしかないのだ。この契約を結んだとはいえ、臨時依頼を受けるかどうかは開拓者側、そしてその時の雇用主に依存するし、この契約によって雇用者同士で何か問題が起こってもギルドは関知しない。
にもかかわらず、この契約には相応の金貨が必要なのだ。
お互いがよほど信頼し合っていないと成立しない話であり、それなら素直に専属契約したり、私兵を一から作った方がよほどコスパがいい。
だからこそ、自由を愛する開拓者にとって、完全な私兵にはならず、それでいてお金と信頼により強い結びつきを得るというのは、一種のステータスでもあった。
「だが……本当にいいんですかい? 言った通り、これはギルドと開拓者側にしかメリットはねえぞ。俺たちを拘束するものじゃないからな。専属が欲しいなら私兵を作っちまった方が安上がりですぜ」
「ええ、だって、ザヴァクさんたちにも予定や、やりたいことがあるでしょ? 基本皆さんの都合優先でかまいません」
「そこまで言われちゃしょうがねえや。バルバの旦那まで常時契約を結んでくるし、そこまで期待されちゃ開拓者冥利に尽きるってもんよ」
「え、バルバさんもしたんですか?」
「あ、ああ」
バルバはもちろん『折れぬ大剣』を信頼している。だが、本来そんなメリットの薄い契約は結ぶつもりはなかった。
しかし、良好な関係とはいえ、仕事以外での遥斗とのつながりは一つでも多い方がいいと考え、遥斗に乗っかったのだ。これで商談以外の場でも、『折れぬ大剣』という同じ契約者を通じて付き合いが続けられるはずである。
「あと、もう一つの方、アレの反応はどうでした?」
遥斗が頼んだもの、それは瓶ビールの配布である。一応ガラスの製造はこの世界にもあるとのことなので、瓶ビールをいくつも持たせたのだ。
バルバたちも「こ、これも買い取る商品に……」と言い出していたのだが、今は手広くしすぎてもキャパシティが足りていないこともあり、あとでウイスキーなどの別の酒を取引することで話がついている。
「そりゃえらい騒ぎだったですぜ。酒好きはいくらでもいるからな。ギルドにも納めたし、いくつものパーティにも飲ませておいた。どいつもこいつも入手先を聞いてきたが、約束通り何も言ってない。……で、いいんだよな?」
「ええ、今は噂が広まるのを待ちます」
「よくわからんが、ハル殿がそれでいいならいいさ」
遥斗は、別にビールを売りたいだけではない。これは『折れぬ大剣』以外にも冒険者——彼らの言う開拓者たちを集める撒き餌である。
今はザヴァクたちが頼りになるが、常時契約を結んでいるとはいえ彼らを拘束し続けることはできない。
だが、村でやりたいことはいくらでもあるのだ。そうなれば、何かあった時に動ける開拓者は、なんぼいてもいい。
そもそも、ここは小さな村で人手は乏しいが、とりわけ成人した男の少なさは致命的と言えた。
数年前の流行り病で子供たちが次々と亡くなった影響もあり、特にイリスの世代は極端に人数が少なく、特に未婚の年頃の娘は、イリスくらいである。
そして男たちは嫁探しや出稼ぎ、労役のために村を離れているからだ。
まあ、それすらしない怠け者――よく遥斗を睨んでくる若者たち――もいるのだが。
なので、村のために依頼を受けてくれる開拓者たちとのつながりが欲しかったのだ。とはいえ、お金をばらまくわけにもいかず、現代の道具を渡すのは信頼できる相手だけにしたいので、扱うのは消費物である飲食物がいいと考えた。何がいいかを前回ザヴァクたちに聞くと、カイゼが「金じゃないなら酒が一番だ」と言い、決まったのだ。
決してカイゼが酒好きだからではない、多分。




