第103話:遥斗君はお土産を渡すのが好きなタイプ
ひと通りの確認が終わったところで、遥斗はバルバとティアリスに向き直った。
「これで『折れぬ大剣』の皆さんへのお土産は終わりかな。それじゃ、今度はバルバさんたちへです」
そう言うと、遥斗の横にいたリケが、自身の影から何かを取り出した。
そんなことができたんかお前、とバルバは震えるが、それよりも今は目の前の物の方が大事だ。
「……えっ」
遥斗が指さすのは、村に来た時に見た、あの謎の輝きを放つ天幕だ。
今ルシがゴロゴロしているものとは形は違うが、大きさははるかに大きい。
手軽さこそ先ほどの『ぽっぷあっぷてんと』とかいう代物とは比べものにならないが、解体と組み立ては容易であり、何より軽い。
野営には向かないだろうが、これを持っていたらどこの街でも多少の雨など気にせずに店を開ける。それだけでも大きな価値だが、何より目立つ。王都だろうときっと何人もの人々が自分の店に目を止めるだろう。ただ悲しいかな、バルバたちは当分ヴェルナ村とリシャッタを往復するだけになりそうだが。
「あとこれです。『お絵描きボード』」
取り出されたのは、これまた不思議な形の板だ。
よく見るとハチの巣のような小さな木目らしきものが浮かんでいる。
遥斗が備え付けの棒きれでなぞると、その通りに黒い線が浮かぶ。
ノートとは違うが筆記具らしい。しかし、そんなふうに使ってしまうなんてもったいな――と思った瞬間、遥斗が何かつまみを横にずらすと、一瞬で描かれた線が消えた。
「は?」
「これはこうやって何度も文字や記号を書いては消すことができます。墨を使わないので、壊れない限り何度でも使えますよ」
そう言われてバルバも試してみると、先ほどと同じように自由に書くことができ、そして一瞬で消える。
「露店とかで、商品の説明や値段とかを書くのに役立つかなって。消耗品よりいいですしね」
遥斗は呑気に言っているが、これはそんな些細なものではない。
たしかに永遠に使える紙とペンなど恐ろしい価値なのは間違いないが、これは「一瞬で記録を消せる」ことにこそ価値がある。緊急時に書いた内容を見られないように処分するにも、火が近くになければ難しいし、木簡やサルハパ紙などは燃えにくい。何より、この道具は消しても板が残るのだから、仕組みさえ知られなければ最初から何も書いてなかったと言い張れる。
機密保持にはもってこいの道具だ。
「あとティアリスさんには、このコンパクトミラーをどうぞ」
出てきたのは見事な鏡であった。
真鍮などを磨いた金属鏡ではなく、一切のくすみも濁りもない完璧な現身である。
ティアリスは身震いを隠せないまま、吸い込まれるようにその手鏡を見る。
驚いたことに折り畳みができ、正面と下から同時に自身を映し出すことができる。
なによりその造形も機能美も美しい。
こんなものを社交界で持っていたら、それこそ羨望の的になるだろう。
何だお前、私に求婚でもしとるんか。でも愛する旦那様がいるからダメよ?と、ティアリスはちょっと愉悦した。
何だお前、俺の嫁に求婚でもしてるんか。さ、さすがにそれはどんな商品積まれてもダメだ!と、バルバは慌てた。
似たもの夫婦である。
とはいえ、彼にそんな素振りがないことはすぐにわかる。リケにも玩具として鏡をあげていたからだ。
冷静になったバルバとティアリスは、すぐさま頭の中で金貨を弾いてその価値を計算するが、これだけされて一体どれだけのものを返せばいいかわからない。言い出しにくかった「算術や記述法の伝授」など、もう口に出せる状況ではなくなってしまった。
それはザヴァクたちも同様で、バルバたちほどではないが明らかにもらいすぎだと思っていた。
だが、これはきっと『気脈読み』を教える代金なのだろうと納得する。
しかし、それでも相場はせいぜい金貨一枚。こんなにもすごいものを貰っては、スキルの伝授程度では釣り合っていない。
とはいえ、くれると言ったものを貰わない理由はないので、素直に喜んでおこうと素直に思った。さすがそのあたりはお気楽な開拓者達である。
対するヤーネット商会の二人は頭を抱えた。
だがその時、バルバはふと思い出しす。そうだ、自分にはハル殿から前々から頼まれていた仕事があったではないか、と。
そう、それは魔道具の収集だ。
遥斗はどんなものかは問わない、とにかく様々な魔道具が欲しい、値段に糸目はつけないと言っていた。
その言葉通り、バルバは自身の伝手をフルに使い、今回馬車に積める限りをかき集めてきたのだ。
なるほど、つまりこれだけのものを貰ったのは、その前払いなのだ。
そして魔道具の収集と提供を今後も続けてほしいということなのだろう。そうバルバは合点し、恭しく頭を下げた。
「ありがたく頂こう。そして今度は俺からだ。ハル殿が依頼された魔道具、できうる限り集めた。どうかご確認いただきたい」
バルバはザヴァクたちの手を借りながら、馬車から大小さまざまな魔道具を次々と取り出した。
「おお!」
遥斗の目が輝く。それぞれが何に使うものかはまだわからない。だが確かに、自分が望んでいたファンタジーの道具たちだった。バルバたちからどういう道具か説明を受けては、遥斗はキャッキャと目を輝かせる。
「ありがとうございます、バルバさん!」
バルバは大任を達成したことを確認し、ほっとひと息をつく。
その時だった。
「こんなにたくさん、あとで試すのが楽しみだなあ……あっ、でも、これじゃ……」
遥斗が、少し困ったように口をムニムニとさせて何かを考える。
バルバは遥斗のその様子に、胃の底から冷たい何かがこみ上げるような重みを感じた。
そして脂汗を必死で抑えながら彼に問う。
「な、なにか問題でも?」
「いえ、まさかこんなにたくさん用意してくれるとは思ってなかったので……対価、どうしたらいいかなって」
「……は?」
対価。
どういうことだろうか。
自分たちはすでに対価以上のものを貰っていたはずである。
バルバはその意味を捉えきれず、乾ききった喉がさらに張り付くような違和感と戦いながら考える。
だが答えは出ず、遥斗を見ると――
「だって、こんなにたくさんの魔道具があるんですよ!? ザヴァクさんたちに気脈読みを教えてもらう対価もありますし。お金は村に還元したいのであまり使いたくなくて……そうだ、次来る時にカタログを持ってくるので、そこから選んでもらって――」
「ハル殿」
そのとき、バルバが眉を寄せながら遥斗を真剣な目で見て呼び止める。
「え?」
「……これを言うのは利益を追い求める商人として失格、というのは理解している。ですが、どうかこれを言わせていただきたい」
バルバは、額からにじみ出る粘っこい液体をぬぐいながら、決して非礼にならない言葉を探す。
だが、結局いうべきことは一つしかなく、彼はあきらめてこう告げた。
「……やり過ぎだ」
「えー」
「ケー」
またやり過ぎだった。




