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正直な言葉 (300字SS)
平静を装うので精一杯だった。
彼女を見て、名前を聞いた瞬間、声を大にして言いたかった、「ずっと君に会いたかった!」と。
だが、彼女から見たら俺は見知らぬ青年。
もしかしたら彼女の兄であり、俺の先輩でもある方から、話題に出ていたかもしれないが、知らない方が確率的に高い。
まずは魔物に襲われた彼女の怪我を応急処置して、少しずつ距離を詰めて行こう。
彼女の手に止血用の布を縛ると、「すみません」と言われる。
このままではここで別れることになってしまう。何か止める言葉を――
「テレーズ・ミュルゲ、俺と一緒に来て欲しい」
途端、目を大きく見開かれた。
……あの言葉をどうして出したのか、あの時の俺に問いただしたい。
2023年12月、第12回 毎月300字小説企画参加作品。お題『装う』。
本編中、マチアス視点でテレーズと都市で再会した直後のお話。




