食べる幸せ
非番の昼間の寮の台所にて、ニンニクの香りが漂ってくる。
俺は椅子に座って、ニコニコしながら正面を眺めた。
黒髪の少年が台所に立ち、フライパンを軽やかにゆすって、パスタと具を絡めていた。それを終えると、トングを器用に使い、パスタをぐるぐる巻きにして、お皿に盛りつけていく。
やがて俺の目の前に、オイルが絡められたパスタが置かれた。
「キャベツとベーコンのペペロンチーノのパスタです。寮の冷蔵庫にあった材料からだと、それくらしかできなくて」
「いやいや、十分すぎるぞ、マチアス。食べていいか?」
「冷めないうちにどうぞ、ギルベール先輩」
マチアスも自分の皿を置いて、腰を下ろす。頂きますと言ってから、俺はパスタを口の中に運んだ。
キャベツの甘み、しつこくないオイル加減、程よいパスタの堅さ、そしてたまにピリッと来る辛さ――、どこかの洋食店で出してもおかしくないレベルの味だった。
「……うまい……!」
「ありがとうございます。お口にあって、よかったです」
マチアスはにこやかな表情で礼を言い、自分もパスタを食べていった。
俺は黙々とフォークを動かし、あっという間に食べ終えてしまった。水を飲んで、一息つく。
「うまかった……、幸せな時間だった……。お前、料理できるんだな。すごいな」
「母親が体調を崩していた時期があって、その時に料理をしていたんですよ。始めてみたら、結構面白くて、警備団に入ってからも時々作っています。まだまだ本を見ながらですけどね。今回のパスタは作りすぎて、さすがに暗記しました」
「いやー、手つき良く作っていた。包丁さばきも様になっている。しかも美味しいし。嫁にしたい」
ぽろっと言葉をこぼすと、マチアスが顔をやや引きつらせた。俺ははっとして、首を激しく横に振った。
「すまん、そういう意味じゃないから! いい嫁……じゃなくて、いいシェフになるぞ。羨ましいな、お前と一緒になる人は」
「はあ……。まあ、縁があればの話でしょうが」
一見して堅物に見えるが、根はすごく優しい男。しかも料理ができるとまできた。俺が女だったら、絶対に付き合いたい一人だ。
料理という単語を出し、妹のことをふと思い出した。
この前、家に帰ったとき、テレーズが料理を振舞うと言って、台所に立った時があった。
本をちらちらと見ながら、包丁を恐る恐る動かしていった。
手つきが危なっかしいなと思っていると、妹が「あっ」と声を上げたのを聞き、慌てて立ち上がった。
妹の左人差し指からは赤い血が滲みだし――。すぐさま止血をし、母親を呼んで応援を頼んだ。
壊滅的に料理ができないというわけではない。出されたものは十分食べれるものだ。
ただ、慣れていないからか、手つきがよくない。そして味付けもたまに薄い。口に出しては言わないが。調味料の加減がうまくできていないのだろう。
マチアスに料理を振舞われるのはこれが初めてだが、迷いのない手つきはテレーズとはまったく違った。おそらく料理のセンスはこいつの方が上だ。
「先輩は料理しないんですか?」
「俺は食べる専門だ! 食べるのが大好きだ! お前の料理が好きだ!」
「さっきから他人に聞かれたら誤解されるようなことを言わないでください……。やってみると意外と面白いんですけどね。作った料理を食べている人の表情を見るのも面白いですし」
空になった皿を下げて、流しに持っていく。そして、ささっと洗い物をし始めた。あんなにできる男が、彼女がいた経験がないとは、驚きものだな。
「はあ……、このパスタ、テレーズにも食べさせてやりたいな」
きっと可愛い妹も、笑顔で「美味しい!」と言葉を漏らすことだろう。
2020年11月に、同人誌として発刊した際、初回特典として載せた冊子の書き下ろしです。
本編よりも前、ギルベール視点のお話。




