~愛を疑うのはツライ~
『~侍女は竜が怖くてツライ~』より後日談
アイサの身の上……過去話です。
**注意**
あまり救いがなく、かなり鬱な話です
――壊れてしまった関係は偽物だったのだろうか。
あなたが私にくれた温かなまなざしも、言葉も、優しさも……全て嘘だったのだろうか。
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――ルークの自傷行為より数日。
アイサは相変わらず彼の世話をしようと頑張ってくれている。
今日も今日とて包帯を片手ににじり、にじり……とルークに歩み寄っている。
ここ最近毎日の日課である。
彼の腕に巻かれている包帯を換えてやろうとしているのだろうが。
そのロボットのようなぎこちない動き……彼女の緊張が伝わって、何だか見ているこちらの方がハラハラしてしまう。
「ア、アイサ…無理しなくていいよ。ルークの世話は私が全部やるからさ」
「い、いえ!オリヴィア様。大丈夫です、私にお任せください」
「え。えーと…」
……全然大丈夫なご様子ではない。
彼女の額からは大量の汗が噴き出しているし、心なしか呼吸も荒い。
ルークはと言えば、そんな光景を呆れた様子で眺めていた。
何なら「早く済ませちゃってくんない?」と言っているようだ。
自傷行為をしたのはお前の方だというのに。偉そうな息子である。
私はアイサの手から包帯を奪いとり、ルークの方へ歩み寄る。
このまま見守っていたら、アイサの方が卒倒してしまいそうな様子だったのだ。
包帯の表面が湿っている…。手汗も凄まじかったのだろう。
ルークの前にどっこいせ、と座り込む。
腕に巻かれた古い包帯を外し、傷を消毒し新しい包帯を巻いてあげた。
一丁上がり、とルークの頭をぽんと軽く叩いて立ち上がれば。
アイサは先ほどの位置のまま、立ちすくんでいる。
「オリヴィア様、申し訳ありません…」
――ルークの自傷行為より数日。
アイサは相変わらず彼の世話をしようと頑張ってくれている……
のだが。
やはり中々難しいようだ。
「申し訳ないことなんて何にもないよ、アイサ。あなたがミラから頼まれた仕事は私の身の回りの世話だけだっただろ?ルークに関することは本来ならアイサの仕事範囲に含まれてないよ」
ルークは私のワガママでこの部屋に居候させてもらっているのだ。
私が彼の面倒をちゃんとみるという前提で置かせてもらっている。
そう思って声をかけても、アイサは唇を噛んだまま俯いている。
私は彼女のその沈痛な面持ちに慌ててしまう。
真面目な彼女のことだ。かなり思い詰めているのではないだろうか。
急いで何かフォローしなければ、と心が急く。
「アイサ?アイサが竜を苦手なのは事情が事情だし、仕方がないよ。誰だって……」
と私は言いかけてハッとした。
――誰だって自分が竜の餌として育てられたのならトラウマにだってなるよ。
そう、私はそう言いかけたのだ。なんて馬鹿な発言をしようとしたのだろう!
無神経にも程がある。何様のつもりなんだ、私は。これは彼女を無意識に貶める発言だ。
私は言いかけた言葉をぐっと飲み干した。
でも遅かったようだ。アイサは顔をしわくちゃにして、何かを堪えるような目で私を見ていた。きっと聡いアイサのことだ。続く言葉を察したに違いない。
「……」
「ちがう、アイサ!ごめん。謝るから――」
許してほしいんじゃない。
「――ッ! 傷つかないで…」
アイサは微笑みを返してくれた。涙を流していないのに、泣いているような笑顔だ。
「オリヴィア様の方が傷ついた顔をしてらっしゃいます。…私はオリヴィア様の言葉に傷ついたのではありません。…主人がやはり私のことをそう思っていることに。…少し惨めな気持ちを覚えただけなんです」
「…どういうこと?」
聞いてもいいのだろうか?私はそろりと様子を伺う。
彼女は穏やかなエメラルドの色で私を見つめていた。「お話ししても良いのですか?」と。
私は頷いた。もしかしたら彼女も自分の気持ちを吐き出してしまいたいのかもしれない。
「私が育った村はオルコの村と言って、この国の東の外れ――辺境にある、とても貧しい村でした」
「東のはずれ…オルコの村…」
「はい。ちょうどエルクランド国との国境付近にあって。エルクランド国からの流れ者が時々来ては、村で略奪行為をしていく…貧しくて、とても治安が悪い村でした」
エルクランド…確か熱砂の国。その国土の多くが不毛な岩の多い平野か砂漠だと聞いたことがある。
「私がそんな村に引き取られたのは3歳の頃です。山に捨てられ泣いていたのを、オルコの村人が拾ってくれたらしいのです」
「3歳…」
「ええ。私は年齢を聞かれたら26歳と答えておりますが。実は自分の正確な年齢も分かっておりません。大体26歳前後だと思います」
そうか。そういった境遇の子供たちは、自分の正確な年齢も分からないのか。考えてもみなかったことに私は衝撃を受けた。自分がいかに甘えたで、恵まれた生活をしていたのかと実感する。
「オルコの村人に拾ってもらい、私はその村のとある子供がいない老夫婦に引き取られました」
アイサは少しだけ目元を和ませる。
その当時のことを思い出しているのだろうか。
「老夫婦…父と母は私をとても可愛がってくれました。引き取った日を私の誕生日にして、毎年ささやかなお祝いをしてくれたんです」
貧しいながらも愛のある生活を送れたのだと、アイサは言う。
ヨハンナムさんが言っていることと少し違うな、と疑問に思ったが。水を差すようなことをしない。
「でも…そのある年…、全然作物が実らなくて。冬を越せないかもしれない、という年がありました」
その年は国全体で実りが少ない年だった。そんな状況であったから、小さな村への援助は何もない。余裕がなかったのだ。
村人はせめて夜盗や流れ者が頻繁に出没する村へ、軍か警備の者を常駐させてほしいと領主に願った。わずかながらの蓄えも奪われてしまったら、もう生き残る術などないのだと。
勿論、その嘆願だってずっとしてきたことだった。
でも何も変わることはなかった。
――その年の飢饉が最終的なきっかけになったのだろう。
でも…最後に背中をそっと押した出来事だというだけだ。
もうずっとずっと長い間、皆そんな村の生活に疲れていたのだ。
ただでさえ貧しい生活。少しの蓄えは時に不当に奪われ、国にも見捨てられ。惨めな生活に心は荒む。
ずっとずっと、疲れていたのだ。
「だから、村人は神を…再び飼ったのです」
「神…竜を…?再び…?」
「はい。大昔、その村でやはりはやり病で死人が大勢出た際、飼った竜が神となりてその村の病をお救いしたという語りが、村には残っていたのです」
「そんなの…」
――ただの偶然じゃないのか。はやり病が自然と収束しただけではないのか。
アイサは私の疑いの視線に微笑みを投げ、「それでもオルコの人はそれを信じるしかなかった」と。
どこからか捕まえて来た小柄な竜。
その竜を縛り、餌も水も何日にも渡り与えずに飢えさせた。
――飢えと渇きで我を失う竜。それが頂点になった時に。
「はじめは…、飢饉や病、夜盗に襲われ亡くなった村人の死肉を与えました」
竜はその死肉を嬉々として貪る。きっと最初は獣の肉だと思い込んだのだろう。
徐々にその血に狂いながら。狂っていることも分からずに狂っていく。
「やがて…竜は肉を与えねば暴れるようになりました。拘束をしていた縄や鎖も引きちぎられるのではないかと村人は怯えました」
かといってその拘束をなおすこともできない。
竜は既に狂っていて。近くを動くもの全てを食らおうとする悪竜へ成り果てていた。
――いつ、あの竜は神になる?
――我らをお救い下さるのはまだなのか。昔の語りではすぐに神になっていたはずなのに。
――まだ与えねばならんのか。肉を。いつまで?
――しかしもう村に死人がいない
「竜妃の伝説で…」
アイサはぽつりと漏らした。
「彼女は王を生きながら食らい、昇竜となりました。村人は考えたのです…死肉をいくら与えても神に成り果てぬと。…生きた肉を与えねば。魂の抜けた肉を食ろうても意味をなさぬと。きっとそこが語りと違うのだと」
「生きた…肉を…」
つまり死者ではなく、生者を『生贄』へ。
アイサはそっと目を伏せる。
伏せられたまつげがそっと震えていた。
「ええ。肉体ごと人の魂を食らえば、その竜は神通力を得、強大な力を持つ神へと成り果てると」
竜が――
「生きた人間を食えば、神に…」
「…はい。私はその話を聞き…、竜の花嫁になることを自ら名乗り出ました」
「なぜ…」
そんなことを。
私は茫然と呟いた。
「村人からの無言の重圧を感じました。拾われっこだから、今まで世話になった村へ恩返しをすべきだと」
「そんな…」
「でもそんなの、どうでもいいのです。……私は恐ろしかったのです」
「なにが…?」
竜に食われる以上に恐ろしいことって…?
アイサは私の問いに頭を抱えて震える。
私は彼女の肩をさすりながら宥めた。
もう、ここで話を止めさせるべきなのか、と迷っていると。
落ち着きを取り戻した彼女は顔を上げ、宙を睨む。
「他の村人の、そんな重圧など私は構わなかった。でも…養父母が私に『おまえが行きなさい』と言ったら?私はそれが何よりも恐ろしかった…」
村で拾われて育ったのは自分だけだ。この村で唯一、誰との血の繋がりを持たぬ『よそ者』は自分だけなのだ。
愛情を持って、我が子のように育ててくれたのだと。そう信じたかった。
血の繋がりがなくとも、私の親はあなたたちなんだ、と。思っていた。
だけど…もし。もし、その両親に『おまえが竜の餌になれ』と言われたら?自分の足元が崩れ落ちてしまうような。そんな絶望でしかない。
「だから私は。養父母から言いつけられる前に竜の花嫁になることを決めたのです。万が一の可能性でも、疑い出したら怖かったのです。養父母からその言葉が出るのが…」
オルコの村人はあからさまに喜んだ。
これで村が救われるのだと。捨て子を育ててみるものだと。
「他の村人の反応など。やはりどうでも良かったのです…でも私は…」
「アイサ?」
「自分で決めたとはいえ。私にはとても浅ましい、醜い考えが実はあったのです、オリヴィア様」
「どういうこと?」
アイサは爪を立て、握りこぶしをつくる。
うっすらと掌に血がにじむ。「両親が…」と続けるアイサの拳を急いで握り、指を開かせる。
「両親が…私を止めてくれるのではないか。私の手を取り一緒に村から逃げてくれるのではないか?…私は期待していたのです」
年老いた両親が村を出て生活する術など何もない。
両親だけではない。他の村人だってそうだ。他に行く当てのある村人はとうに村を出ていたのだ。
アイサはぐっと唇を引き結んだ。
目には涙がたまっている。それを堪えるかのように。
「もしくは…『アイサが犠牲になるくらいなら、私が犠牲になろう』と言ってくれるのではないか、と…。私は心の奥底で望んだのです。そうして彼らの愛情を試したのです」
『竜の花嫁となれ』と言われるのではないか、と疑い怯えた一方で。
『死なないでほしい』と思い、引き留めてくれるかもしれない、と期待した。
相反する気持ちと気持ちを抱えたまま、彼女は壊れそうな位の夜を幾日か過ごす。
「もちろん…ッ!勿論、私の身代わりに死んで欲しいという意味じゃないんです。ただ、そう言ってくれれば。言ってくれたなら…!その言葉で私は喜んでこの身を竜に捧げていたものを…ッ!!」
――養父母は最後まで、アイサの望む言葉をかけてくれなかったのだ。
彼女の手を握っていた私の手を、アイサは強く掴む。
彼女はブルブルと頭を振る。
「それでも私は。私は、あの人たちの愛情を信じている…」と。
先ほどの怨嗟にも似た告白よりずっと弱々しく彼女は語る。
「貧しい村では口減らしの為に、竜に人を与える村もあったのだと聞きます。食われた贄も神になれるのだと、そう自分たちに言い聞かせて口減らしの正当な理由にしていたのです…。でも私の村は違う。本当に竜が人を食らえばその竜も食われた魂も神格化すると語りがあったから…っ!それが真だと、そうに違いないと信じられていたのです…!」
アイサは続けた。「だから…!」と。
「だから両親は…私が竜に食われ神となり、天の都で幸せになれると…こんな貧しい村でいつ病や飢えでの垂れ死ぬのか分からず生きるよりか余程か良いと判断して…きっとそう信じて。良かれと思って送り出してくれたのです…」
「アイサ…」
死ぬことで苦しい生から解放される。それが幸せだと。
養父母は娘の死そのものではなく死を超えた先にあるだろう幸せと安寧を。
どこまでも娘の幸福を想い、願っていたのだと。
彼女はそう信じたかった。思いたかったのだろう。
自分の望む言葉をかけてくれぬ養父母の心を、アイサはそう解釈したかったのだ。
――どんなに情けなくとも。私への愛は、本物であったのだ。と。
「ねえオリヴィア様。だってそうでしょう?そうでなかったら私のあの村での存在意義って何だったのでしょう?災いの備えの為…その贄となるよう育てられたのでしょうか」
「そんなこと…」
ないって言ってあげたい。
でも喉が渇いてひり付いて。次の言葉が上手く出てこない。
「いつか飼う竜の餌の為に私は食事を与えられ、寝床を貰い、養父母に育ててもらったのでしょうか。そんなの…、そんなの牛や豚と一緒ではないですか…あの養父母から家畜に対する愛情を、私はそれとも知らずに純粋に子へ注がれる愛だと勘違いしていたのでしょうか」
「アイサ…」
「オリヴィア様…私を憐れまないでください。違う、きっとそうじゃないんです…」
アイサは自分で自分を抱きしめる。
その小刻みに震えた薄い背中を私は撫でる。
「私が竜の花嫁となる日――母は私に上等な衣を着せてくれたのです。母が嫁入りした時の花嫁衣裳です。ドレスではなくて、オルコの村の民族衣装…」
「…そう。そうか、どんな衣なんだろう。きっとキレイなんだろうな」
我ながら何ともアホな返ししかできないと。少しだけ自己嫌悪に陥る。
彼女に何の言葉もかけてやれないのだ。思いつかなくて。悲しみが深すぎて。
アイサはどこか陶然と微笑む。その衣を頭に浮かべているのだろう。
「女郎花が描かれた、薄桃色の素敵な花の衣でした。ねえ、オリヴィア様。ただの家畜の出荷に、そんな上等な着物を着せませんよね?そうは思いませんか?」
「アイサ…」
その行為が愛情から来るものなのか。ただの罪悪感から来るものなのか。
彼女は私の返答を待たない。
「でもね、主人はそうは言ってくれないのです。あの村での出来事は全て忘れろと言うだけで。私が養父母から受けた愛情を、否定も肯定もしないのです。ただ忘れろ、と言うばかりで」
…それはヨハンナムさんの愛情なのだ。
きっと養父母の愛は本物だと、言ってやるのは簡単なことなんだ。
そう、簡単なことなんだ。
どこか夢見がちなところがある彼女。
年齢にそぐわない幼さを見せる時も。現実感がなく、キレイな物話が大好きで。
本当は……
「アイサが一番、分かっているんだよね?」
「何がでしょう…?」
「育ての親の愛情のこと。きっとアイサの中でもう答えが出ているんだ」
だからヨハンナムさんは何も言わない。
ただアイサが苦しそうにしているから「忘れろ」と言うだけだ。
私が私なりの考えを。
彼女の夫が彼なりの考えを。その他人のどんな意見を聞いたって、彼女は納得できない。
――その愛が偽物であると言えば、否定したくなる。
――その愛が本物であると言えば、疑いたくなる。
きっと彼女の夫は怒っているのだろう、と思えた。
アイサを助けようとしなかった養父母たちに。
自分たちが竜退治に間に合わなければ、アイサは犠牲になっていたのだから。
だから。だから……アイサの身の上を『贄とすべく育てられた』と私に言ったのだ。
無意識なのかもしれない――でも養父母の人間性というものを根本から否定している、彼の怒りが乗せられた言葉だったのだ。
「いいえ。いいえ、分からないのです…、オリヴィア様。私は…私は…信じたくて。でも疑いたくて。両親を憎む強さも、信じ切る強さも……そのどちらも私にはないのです」
「そう…うん。『分からない』けれど『信じたい』っていうのがアイサの答えだよ。アイサの養父母以外、逆立ちしたって分からない話なんだ。ううん。もしかしたら養父母にも分からないのかも」
「両親にも?」
私はうん…と言って考える。
「そう。養父母も分からないかもしれない。自分の気持ちが『この考えだけ!』って強く言い切れるものって案外ないような気がするんだ」
誰しもが矛盾した気持ちや相反する心があって。
それに悩まされ、迷い、葛藤し続ける。
アイサが養父母のことを『信じたいほどに愛している』。
疑いながら、迷いながら、今でも気持ちが残っている。
愛が偽物だったと言い切るには、優しすぎる時間を共にしたのだろう。
結果壊れてしまった時間だった。
でも……。
「うーん、失恋と似てるな」
「失恋…?」
私はわざと明るく、冗談めかした口調で言った。
「例えば……うーん。相手に好きな人ができてしまった、と仮定してフラれたとしても。それじゃあ今までのお付き合いしてきた時間とか、相手から受けていた愛は偽物だったのか?なんて。一概には否定できないよな~と」
結果的に失ってしまった。壊れてしまった関係。
だからってその全てを否定しなくてもいいと思うんだ。
だから――
「……アイサが生きるのに楽な方を選べばいいんだよ」
「私が…楽な方…」
――きっとそれが正解のない答えの唯一の解なんだろう。
今を生きているアイサが少しでも楽に生きられるように。
例え『憎しみ』が生きるエネルギーになるのなら、それだって否定しない。
だって前世の『彼』は恨んだ。たくさんを恨んで恨んで――
その自分の醜さを自嘲し、どこかせせら笑いながらやり過ごすように……でも『忘却』という選択肢は最初から手放していたようにも思える。『赦免』なんて、もっての外だ。
恨みを持ち続けること――彼にとってその生き方が楽というより――、『こういう風にしか自分は生きられないんだな』と、もしかしたらある意味では達観して考えていたのかもしれない。
前世といえど『彼』本人ではないから、私の憶測ではあるんだけど。
「私はアイサが好きだよ」
信じたがる貴女の弱さと強さが。真実を知るのが怖いという貴女の臆病で、裏を返せば誰も恨みたくないという優しさが。
「そう言うことしかできないけど。私はアイサが好き。ヨハンナムさんもアイサをすっごく愛してるし、ミラも貴女を信用している」
「オリヴィア様…」
その優しさごと包むように彼女の身体をそっと抱きしめる。
薄い肩は細かく震えていた。
この痛みに効く劇薬なんて存在しないのだろう。
まだまだ時間が必要なんだ。
そんな彼女にただ寄り添うだけしかできないけれど。
――それでも。アイサの痛みや苦悩が少しでも早く、過ぎ去ればいい。
彼女を救ってくれる神様がいるならば。私はその神様に強くそう願った。
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――壊れてしまった関係は偽物なのだろうか。
偽物だから壊れてしまうのか。
本物はそもそも壊れることなんてないのだろうか。
――私には答えが出ない。
……出すことができない、今もなお。
後日ちょこっと修正するかも…です