【Side-Sakyo-】-2
『…ゴホッ。父は現在、新制度導入の件で猫の手も借りたい程忙しいようですが、順調だとは聞いています』
『まぁ!順調なら何よりだわ。私達も全力で手助けしなくちゃ~』
父上の言葉は耳に入れずといったご様子だ。
帝様は柔和な笑みを絶やさず、続けられる。
『そんなに忙しいなら身近な猿の手でも貸してやればアイツも楽になるだろうになぁ。ワハハ!』
『…。』
無言で、貼り付けられたような笑みを浮かべたままの帝様の表情に、一瞬の陰りが見えた。ピクピクと明らかに口角が引き吊っている。
……嗚呼、これでは父上の方がずっと子供だ。
見るに堪えなくなった俺は額に手を宛てがいながら、今度は聞こえるように「ハァッ」と大きく息を吐き出した。
『今は少し僕も手伝っていますが、なかなか―――』
『おや?〝僕〟だなんて具合が悪いのかな?ガハハハハッ!』
『 』
到頭、帝様に張り巡らされた「気」の糸が切れたような「ブチッ」という断裂音が聞こえた気がした。
気のせいであって欲しいが、時は既に遅かった。
『~~~おいっ!だから先程から貴様は、何様のつもりだ!?』
『年上にそれは無礼じゃないか、零司君』
『こんの……。許すまじ…っ!』
また啀み合いを始めてしまった二人を見て、母上は『あらまぁ、仲良しなんだから♪』と呑気に傍観していた。
蜜月は『れーじさまがんばってぇぇ~~!』と、父上の心を余計に掻き乱すようなことを言う。
父上が虫も殺さぬような穏やかな表情をするときは、決まって怒っているときだ。正に今がそうである。
帝様も、敵でもない相手にわざわざ気を張っていたとは、どうやら二人は相当馬が合わないらしい。
帝様は兎も角だ。
父上の方は蜜月次第なのだから、困ったもので蜜月、どうか程々にしてくれ。
すっかり騒がしくなった元凶の父上はやはり大人げないの一言に限り、どこか楽しそうに、相変わらず帝様と啀み合っていた。
―――そんな最中。
携帯電話の着信音が鳴った。帝様のもとだった。
帝様は顔色を変えて『すまない』と断りを入れ、退室なさった。
「…誠一郎様か」
『えっ、セイちゃん?』
俺の呟きに母上は、解せぬと首を傾げた。
それもその筈だ。ただでさえ、時間厳守の誠一郎様が仕事で長引くにしても、それを見越して一度連絡が来ていた。
しかし、二度も連絡があるとはどういうことだろうか。
『確かにあの顔、相手は誠一郎だな。しかし、何か妙だ』
『何よ…どういうこと?』
どうやら父上も同じことを考えているようだ。
父上と俺とを交互に見る母上に、俺はその答えを一言で表した。
「千鶴様がまだいらっしゃらない、ということです」
[帝 千鶴]様は帝様の母上のことを指す。
穏やかで女性らしく、誰に対してもお優しい性格の方だ。
『セイちゃんと一緒なんじゃないの?』
『いや、それはない。何せ今日は―――』
父上が、俺に代わるように言った。
『今日は息子の……、次男の命日だ。千鶴は必ず一人で墓参りに行くだろうし、行く前に連絡を入れるはずだ』
『……そういえば、そうね』
「…はい」
暫しの静寂が流れた。
それからは蜜月の、『ねぇねぇなんで』から始まる質問攻め以外、誰も言葉を発することは無かった。
そして俺達の沈黙から疑問までが全て解かれたのは、次に帝様が戻られた時だ。
『おい坊主。随分と長い電……、…零司?』
その時の帝様はただ殺伐とした雰囲気を纏っていて。
誰の目から見ても、ただならぬ様子だと窺えた。
『すみません。急用ができたので本日はお開きにさせてください』
『おい、急に何があった?』
父上は表情を強ばらせ、口早に問いかけた。
しかし。
『…っ、また後で連絡します。失礼します』
「帝様―――…!」
呼び声は恐らく、届かなかった。
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