【Side-Sakyo-】-1
『……寒い。』
帝様は座椅子に腰掛けながら、そんな第一声を発せられた。
魔法の一件に驚かされてから時は過ぎ、まだ黄昏とは遠い空の色が夏を思わせる夕刻。現在、午後6時14分。
定期的に帝家と陵家が揃って会食をする店である、料亭「琥珀」に到着してからのことだ。
誠一郎様は仕事で遅れるとの連絡が既に入っていてまだ居らず、陵家の者も俺以外には到着していない。
というのも、『約束の30分前には席に着かないと気が済まない』という帝様のご意思、そして自分も約束より前に到着していたい性格だという理由から、こうして今や共に待つことが普段の光景となっている。
『この店は夏になると、毎回空調が大袈裟に稼働するな。それを除けば申し分無いというのに…』
……冬には『暖房が効き過ぎて暑い』と同じようなことを申されたのは、どうやら忘却の彼方らしい。
それを指摘したところで反応は目に見えるから、しないが。
「上の者を呼びますか?」
『いいや。呼ぶと面倒だ、後で直に言う』
「…わかりました」
約束の時間まで、帝様は先程の出来事に一切触れることは無かった。
代わりに『執事の椋田が〝お坊ちゃま〟呼びをやめないのだ。どう思う?』だとか、
『あのクソ親父は、顔を合わせぬ時まで見合いを勧めてくる。鬱陶しい』。
また、『鬱陶しい…といえば、学校の輩も前より鬱陶しくなったな。』等の話題を出された。
前者二つに関しては俺が安易な答えを出せるものではなかったが、最後の一つは頷いて同意した。
帝様は校内だろうと校外だろうと、彼女達に対しても容赦の無い言葉を吐き捨てるが、あいにく当の彼女達は屈しない。
そのせいで今後帝様が爆発されることはないだろうか。甚だ心配だ。
不安を察されないよう、俺は人知れず『ふぅ…』と小さな息を吐いた。
―――勢い良く麩が開いたのは、その時だった。
『お待たせ~!あらやだ!?二人とも少し会わない間にまぁ~たイケメンになっちゃって。アナタ達のことだから、今日も30分は待ったでしょう?あっ!左京、アナタ女の子泣かせてないでしょうねぇ!?』
登場するや否や、弾丸のように喋り出したのは母上。
現れたのは陵家の方だ。
「母上…〝会わない〟とは言えど、一週間しか経過していませんが」
それに、何故俺が女子を泣かせるというのか。
母上の言動は理解に苦しむ。
『れーじおにぃさまぁぁぁ~~!』
『! 馬鹿、引っ付くな。暑苦しいだろうが!』
先程まで『寒い』と仰っていたのは何処の何方だったか。
『ふふっ、蜜月は本当に零司君に懐いてるわねぇ』
『けしからん。蜜月。その男から離れなさい、阿呆になってしまうよ』
『おのれ……陵の父親だろうと聞き捨てならんっ!誰が阿呆だと!?』
―――父上、[陵 尚嗣]。
表向きは厳格を装っているものの、実のところは少しばかり小心者な気質がある。
そして娘に対しては、当人以外は誰しもが引く程、根っからの親馬鹿だ。
比べて母上、[陵 早和子]は自由奔放な性格。
父上も俺もかなり振り回されている。
妹の[陵 蜜月]は、何故か昔から帝様に懐いていた。
六歳の子どもまでをも魅了するとは、帝様も罪なお方だ。
『セイちゃん最近、と~~っても忙しそうにしてるわよね。零司君は寂しくない?』
誠一郎様を「セイちゃん」などと呼ぶのは母上くらいだ。自重してほしい。
話を振られた帝様は、先程まで父上と啀み合っていた顔から瞬時に一変させ、穏やかな笑みを浮かべた。
『ははっ。寂しいだなんて、小さな子どもじゃないですから』
『なんだ?まだまだガキだろう。フハッ!』
母上に対してだけは別人のような振る舞い。
そこに、いつものことながら父上が揶揄うように茶々を入れた。
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