【Side-Reiji-】-2
やがて、「ボワッ!」と焔が消えてゆくと共に「キィーーン…」という、耳が痛くなる程の音が場を占めた後、向かって来た者は皆すれ違いざまにドサリと静かに沈んでいった。
暫しの、静寂が流れた。
『これは…。帝様、まさか、占髄術を……!』
ふぅ…、と息をついて心を安定させる。
椋田。初めて俺を、そう呼んだな。
「お坊ちゃま」という響きは、なんとなしに余り気に入らなかったが、生まれて初めてだ。過保護な椋田らしいと言えば、そうとも言う。
模擬戦が終わったのは、その椋田の呟きが聞こえてきたとほぼ同時の頃だった。
結果は言わずと知れた程、余りにも呆気無く。
「……貴様ら」
どうやら、術が成功したから勝てた…という理由だけでは片付けられそうにないな。
それも、気づくのは戦った当人のみだ。
無論見ていた椋田は何がなんだか、という顔をしていた。
―――心底から怒りが沸き上がってきたことにより、体内を流れる「気」が澱み、「黒」が外へと放たれてゆく感覚。
冷たい床に体を這わせていた者も、それを察知して焦りの色を浮かべると、痛々しそうに顔を歪めながら上体を起こした。
「なんとも張り合いのない輩だ…。貴様ら、この俺を馬鹿にしているのか……?」
倒れていた者も腰を上げ、『そんなことは…!』と慌てて否定した。そんな言葉が欲しいのではない。
「……もう、よい」
相手の神経に己の「気」を投与する際、嫌でも相手の力量がわかる。
それが占髄術の利点でもあり、欠点でもあるのだから。
そしてあの時、相手の神経に流れていた気は、誰からも「本気」の力を感じることができなかった。
要するに手を抜いた…こやつらが許せないのだ。
「遠慮はいらん! 死にたくなければ、全力で勝ちに来い…っ!」
半分は、怒り任せに。
俺は渾身の魔力を解き放ち、奴らにぶつけるが如く発動の構えに入った。
『っ!!おやめください、お坊ちゃま…!』
残忍だと罵られようと、後戻りはできない。たとえ死者が出ようと警察さえ止められないのだから。
悔やむなら己の脆弱さを悔やめ、貴様ら。
その時の俺は、誰の声も耳に入らないくらいに理性という箍が外れていて。
叫ぶ椋田を無視した俺は、残酷な程にもギラギラと光る黒い力を―――解き放った。
その瞬間、放たれた「黒」が場を占め、「ドォォォオンッッ!!!!」と耳の鼓膜が破裂しそうな程の破壊音が、
「…っ―――」
聞こえては、こなかった。
破壊音どころか、耳障りな音など一つも聞こえてはこなかったのだ。
それは一瞬で、時が止まったかのように、その場に居た全員が絶句したまま動かなかった。
「一体、どういうつもりだ―――」
その理由は今―――視界を占めたのは「黒」ではなく、「白」だったという事実で、俺の前に掌を広げていた男により、全てを物語っていた。
「……陵」
答えの代わりだ、とでも言うように陵は掌を引っ込めてから『申し訳ありません』と頭を下げた。
俺は一向に怒りを鎮められず至極最悪な気分だったが、『ですが…、』と次に言葉を発した陵の様子が変化したことにより、自分を取り戻すこととなる。
『会長…いえ、帝様。無礼を承知で物申させて下さい。貴方様のそのお力は…何かを破壊する為に遣うものではないでしょう…っ!』
「…!」
陵の握った拳が、震えていた。
いつもは感情など露にしない陵が必死に訴えかけている姿に、俺は目が離せなかった。
『私の力は帝様を守り、補助する為の力……では、貴方様のお力は?壊すのですか…っ!?ならば私は帝様の補助など…、力不足でしょう』
「っ、陵…」
言葉とは裏腹に酷く幻滅したような顔だった。
嗚呼、そうだ…俺は一体、何をしていたのだろうか。
「……悪かった、陵。全くどうかしていた。こんなことでは帝グループのトップなど、務まるまいな」
『会長…』
ハハッ、と自傷的に笑う俺に対して陵は何か言葉をかけるでもなかったが、初めて声を上げた陵の姿を思い出し、自然と救われた自分がいたことは確かだ。
「そろそろ会食の時間だ、お前も支度をしろ。」
そう言い放ち、俺は別館を後にした。
――――
―――――
部屋に戻り、俺は会食の為のスーツに着替える。
色はネイビーのストライプで、ディテールに至るまで精妙に縫い上げられたステッチに、モダン且つ光沢が高級感溢れるイタリアンスタイルだ。
合わせてグレーのシャツと、タイはワインレッドのソリッド(無地)。
会食とはいえど帝家と陵家。所謂家族ぐるみの付き合いで定期的に行われる会食だ。さりとて、毎度肩の凝る席に変わりはない。
ふと、気怠げにタイに指を入れて緩めながら先程の出来事を振り返る。
俺の「気」を受け止めたということ。
それは、あいつ―――陵の【白魔法】により、全てが浄化されたということだ。
(陵は俺よりもずっと強い。だが、絶対に俺の敵にはまわらない…)
もしも。
仮に、本気で陵を相手にした暁には自分は生きていられないかも知れぬな。
そんな考えが過ぎり、己の「自信」の無さには心底気概無く感じ、可笑しくて堪らず、気づけばクツクツと乾いた笑みが零れていた。
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