【Side-Reiji-】-1
『零司お坊ちゃま、僭越ながら申し上げます。そろそろ休憩なさってはいかがでしょうか…』
気を利かせてか、俺の手許にある仕事のキリが良いところで声を掛けてきたのは、燕尾服を身に纏った三十代半ばの男。
彼は帝家当主――つまりは俺の親父――にも見初められた、信頼のおける「執事」だ。
その執事の椋田は、不安気な表情で俺にそう言った。
聞こえてはいるが今の俺には余計なお世話だ。
仕事の合間に休憩など、集中が切れるだろうが。
―――帝グループ代表取締役社長・[帝 誠一郎]率いる大企業。
今となっては我が国の未来を担う企業のトップだ、と言っても過言では無い。
そして、それを帝家長男であるこの俺が継ぐことは俺が生まれた時から、さも当たり前のように決まっていることだ。
幼い頃から英才教育、そして帝王学を叩き込まれては、知らぬ間に社交界に引っ張り出される日々を繰り返してきた。更には、ある程度成長した中等部初めの頃から既に、父親に一部の仕事を任され…
そうして俺自身を構築する要素の全ては、すっかりマニュアル通りに育てられた結果だ…とでも言おうか。性格とは幼い頃の環境が影響するという、全くその通りだ。
(…昔のことなど、思い出すだけで怠いことを)
集中力が既に途切れた証だな、と俺は小さく溜め息を吐いてから、仕事用の眼鏡を外した。
仕方無く手を止めて「椋田、茶をくれ。」と一言口にすると、椋田は心底安心したような表情を浮かべ、『畏まりました』と答えた。
皮肉にも椋田のこういうところは、親よりもずっと親らしく感じるな。
「会食までに時間はまだあるだろう。」
『はい、御座いますが…』
椋田は俺の言葉の真意に気がつくと再度顔を曇らせたが、俺の知ったことか。
椋田の返答を聞き、俺は満足気に笑みを浮かべる。
「フン、ならよい。これから特訓だ。」
『お坊ちゃま、休憩なさるのでは…!』
嗚呼、そうだ。だから今から「休憩」をするのだ。
俺はピクリと微かに眉を動かし、椋田を真顔で見据えた。
「……椋田、俺の最も嫌いな時間は、なんだ?」
低い声で静かにそう問うと、椋田はハッと目を見開く。
『っ…〝無駄な時間〟で御座います。』
「そうだ。わかったのなら、それなりに相手になる者をよこせ」
『畏まりました…。』
渋々、といった感じで引き下がる椋田を横目で一瞥し、俺は立ち上がり、屋敷の外の別館へと歩みを進めた。
この世でいう―――魔法、とは何か。
それは「選ばれた者にしか授けられない特別な力」だと遣い手を崇拝することもあれば、芸術、そして強さの現れ、もしくは個性だと見る者もいる。
しかしその逆に「忌まわしい呪いのような力」だと思われることも皆無ではない。
誰もが持つ力でないが故に遣い方を誤り、警察に規制される事さえあるのだ。
だが、それが最近では警察も手に負えず、野放しになる者が増加している…という問題は後を絶たない。
帝の家系には代々、魔力を持つ者には数少ないと言われる【黒魔法】を遣いこなせる血が流れている。
黒魔法とは、その名とは異なり、神聖且つ己の精神状態を操ることができなければ遣えない魔力だ。
そして、その力量は己の「自信」により変動すると言われている。
俺は―――心頭滅却するように精神状態を安定させてから、掌を強く握り締めてつくった拳に「気」を溜めた。
やがて、それを血液と共に体内に駆け巡らせる。
そうして俺は今まで未完成だった黒魔法の一つである、【占髄術】を完成させるが為の準備を始めた。
【術】とは、魔法という集合体の一部分だ。
占髄術とは、《相手の心の隙間に神経を集中させ、己の「気」を相手の神経に解放させることにより、相手の心髄を占領し、動きを止める》という術。
難易度は決して低くもないが、今ならできるだろうという確信があった。
特訓相手としては不足しない魔法の遣い手達が数十人と並ぶ中、模擬戦を始める準備が整い、俺は一戦目の相手と互いに決められた枠の中へ移動した。
……だが。
俺はその「ルール」が気に食わず眉間に皺を寄せ、ゆっくりと首を横に振った。
「…気に食わん。なぜ、一対一なのだ?」
その一言を聞き、その場に居た全員が焦るやら戸惑うやら、サァッと顔色を変えたが、そのような事はどうでもよい。戦場にルールなど必要無いのだ。
「それに…この枠はなんだ?狭すぎて身動きも取れまい。おい貴様、ルールを無くせ!」
咄嗟に魔力の制御ができるよう置かれた審判に向かい、俺は感情のままに不服を申し出た。
審判は『ですが…!』と一時は反論をしようと試みたらしいが、おどおどと周りを見回してから、『わ、わかりました』と歯切れの悪い返事を返してきた。
無言でその様子を見ていた椋田も額に手を当てたが、諦めるように小さく溜め息を漏らす。
『お坊ちゃま…くれぐれもお怪我はなさらぬよう、お気をつけ下さい』
「戯け、誰が怪我などするものか。心配せずとも結果はすぐにわかる。…フン、そこで見ていろ」
―――審判の『始め!!』という声を合図に、数十人が一斉にこちらへと力を振り翳しに掛かる。
その時を待っていた俺は、ニタリ…と俯き加減に笑みを浮かべ、タイミングを見計らった。
前に向けた手の平から、親指・人差し指・中指の三本を立てて「気」を集中させる。
それは―――ほんの一刹那の出来事だ。
【赤魔法】を持つ一人が掌で焔を燃やして攻撃を仕掛けてくる手前になった時、『!ぐァッ…!!』と声にならない声を発した。
導火線のように一人を初め、俺は次々と相手の神経に自分の「気」を投与してゆく。
徐々に、ゆっくりと。そして確実に。
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