Ⅲ-6
ただ、理解できないのが。
『貴様……。』
「帝……?」
なぜか目の前には帝がいて。
なぜか、あたしはそいつの頬をホールドしていて。
なぜか落ちたはずの地面の上で、帝に姫抱きをされている、という現状で―――
気づけば青ざめていたはずなのに、羞恥心からか、顔に熱が集まる。
『どうやら貴様如きに時間を割いた俺が愚かだった、ということか』
「え……?」
あたしとは裏腹に、帝の表情により一層暗い影が帯びた。
お陰様で顔の熱は引いてく。
今度ばかりは流石にあたしでも怯む。完全にあたしに非があったんだもの……
「ち、違う!これは違う!本当に感謝してるのよ!」
窓を開けて気づいてくれて、どうやったのかは知らないがこうして助けてくれて。
まさか帝に殺されるどころか、命の危機を救ってもらうなんて想定外だったが、ありがたかったのは本当だ。
『もうよい。』
「へ?―――痛ッ…!」
姫抱き状態から両手を外され、あたしはそのまま地面に落とされた。
帝はしれっと背中を向けて去って行く。
「いッたたた……ちょ、待ちなさいってば!」
『だから、俺様に指図をするなと言っただろう!』
えーーっ!振り返るの速っ!
しかも指図されて待っちゃってるし。
待てとは言ったが、それでいいのか?いいのか帝零司!?
「って、いいから手ぇ貸してってば…」
『……この俺が、か?』
『なぜだ』なんて顔をしているこの男のプライドの高さは、富士より高く天下一品だと忘れるところだった。
確かに帝零司という人間は、「世界の」が付いてしまう程の権力がある大・大・大規模な帝グループの一人息子であり、後継者の超絶的ボンボン坊っちゃんで。
どんな場所でも王様扱いを受けているはずで、当然のようにこういう……ちょっと、結構、かなり人並み外れた性格になったのだろうけれども。
『この高尚なる帝零司様が助けてやっただけでも、光栄に思うところを…』
「こ、腰が抜けたの!いいから早く!」
『ほう?それが人にモノを頼む態度か?それも俺様に願いを乞うとは世間知らずにも程がある。だが……そうだな、』
帝がニヤリと企み笑いをした。嫌な予感しかしない。
『手を貸してやる代わりに〝お願いします帝様〟とでも言ってみろ』
「はぁっ!?」
『あぁ、それと山ザルの物真似も付けてな。暇潰しに丁度良い芸を見せろ。タダで見せられることの光栄さを噛み締めながらな』
「見せる方が光栄に思うっておかしいでしょ!?そんな簡単に…」
『そうか。ククッ…残念だ。だが貴様ができないと言おうものなら、許すまじ非礼な言動の数々を〝報告〟するしかないのだな』
(こ、こいつ、脅しか……!)
これなら自力で立った方がマシだと思ったが、「できない」と言えばエリカの一度通った道をまた通ることになり兼ねない。
「……言えばいいんでしょ、言えば」
帝は腕を組み、返事の代わりに満足げな笑みを浮かべてあたしを見下ろした。
く、悔しい。いつか仕返ししてやる……
「げほっ。……オネガイシマス」
『はぁ?聞こえないな』
「お、願いします!ミ・カ・ド・サ・マ……!」
こんな羞恥プレイ、あたし史では記憶から抹消しよう。墓場まで持って行こう。
……あれ?消すのに持って行くの?
『……フン、まあまあだな。次だ』
今度はあたしの目線にしゃがみ『早くしろ』と急かした。一体どうしてこうなった。
くぅぅ……!ヤケよ、ヤケっぱちよ!!
山ザルというものがどんな猿を指すのか知らないので、あたしは取り敢えず鼻の下を伸ばして鼻腔を広げ、お猿のポーズで「キーッ!キーッ!」と甲高い声を出してみた。
締めに腕時計付属のライトを顎の下に持ってきて……って、これなんか違う。貞子要素追加してどうするんだ!
すると帝は肩を震わせ、『くッ』と声を漏らしたかと思うと、次には『ハハハハッ!!』と腹を抱えて爆笑した。こいつ一発殴りたい。
ふつふつと込み上げる羞恥と怒りに耐えているあたしと、未だに腹を抱えて笑う帝。
―――そんな時だった。
ジャリ…と足音が聞こえ、あたし達の前にその姿を現したのは。
『―――会長。何をされているのですか、このような場所で』
(こ、この声は!)
……ゲッ、やっぱり陵左京!
まさかのツートップが揃ってしまった。
しかも降臨と呼ぶには相応しくないこんな場所で、こんな時に!強いて言うなら「降」臨したのはあたしの方だ。
『ハハッ…あぁ陵…くくッ、どうした?』
『……? いえ。もう21時を回っているのに、生徒会室の明かりがまだ点いているみたいでしたので』
『いや、仕事は終えた。もう帰るところだ。……くハッ』
終始目尻を拭いながら言葉を交わした帝は、立ち上がって陵のもとへ歩き出した。
「え?ちょっと帝!待ちなさいって!」
羞恥の後は放置ってか。
上手いこと言ってられる状況じゃないんだってば。
『……それは会長への侮辱行為と捉えても、よろしいですか?』
反応したのは陵だった。
まるで親睦旅行の時、3バカへ向けた態度と同じような態度で、静かな口調で、まだ尻餅状態のあたしのもとへ近寄った。
「ご、誤解だっ…」
誤解だってば。
そう言おうとしたあたしの目の前に立ち止まった陵は、予期していなかった反応を見せた。
『…っ、その声』
「へ?」
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