Ⅲ-5
『いい、度胸だな』
「帝様にお褒めに預かり光栄だわ!」
『…なに?それは皮肉か?』
「そっくりそのまま返す!あ、少し窓から離れてくれない~~?」
『はぁ…!?おのれ、この俺に二度も指図するとは―――』
「何?聞こえな―――」
ごめん、ジジくさい訂正します。
確かに聞こえにくいわね。
それよりも、向こうの窓が開いている今のうちに早くしなきゃ!
あたしは倉庫で見つけた棒高跳びの棒を手に取った。
『帝を敵に回すという事だな。死にたいのか―――』
「? 聞こえないって……どーいーてー頂戴~~!」
あたしは棒を窓の外に降ろし、深呼吸をした。
『おい馬鹿、何をする気だ!?』
とにかく無い知恵絞った結果、思いつく方法はこれだけなんだよ。
(―――いざ!)
あたしは窓の縁に身を置き、棒は上部がなるべく遠くに行くようにした。
そして―――カッ!と足もとを思い切り蹴り上げて高く、高く向こうへ。
強い風が吹き、唖然とあたしを見上げる帝が視界に映った。
……って!
「~~~!!!」
向こうの窓の縁に掴まるつもりが、実際は指先が一瞬だけ掠って―――
狙いを外してしまったあたしは、ビュンビュンと風に煽られ下降していく。
(えっ、下降……?)
「―――うぎゃぁぁぁぁぁあァァァ!!!!!」
しまった!忘れていたが、メガネが無くて焦点がズレていたのだ―――!
こんな終わりってどうなの!?
帝は危害を加えてくるどころか、傍観していただけ。
しかもまだヒロインとさえ出会ってない!物語は始まってもいないのに……!
最後に目に入ったのは帝の呆け顔だった。
認めたら負けのような気がして認めたくないが、イケメンは呆けてもイケメンだった。
あたしは空に手を伸ばしながら、この世界に来て二度目の気を失った…―――。
―――――
――――
『リ…―――エリ、エリ……!』
ぼぅっ…とする頭に、永遠と真っ白な空間。
そんな中で聞こえたのはあたしを呼ぶ声だった。
あたしを『エリ』と呼ぶのは、たった一人だけ。
「―――お…母……さん」
答えたかったのに、久々に発したあたし自身の声はとても弱々しく、届いたかもわからない程消え入りそうな声だった。
でも、あたしの手を強く握ってくれたから聞こえたんだなってわかった。
全てを包み込んでくれるような、この暖かい手が小さい頃から大好きだった。
お母さん。親不孝でごめんね。
悲しいはずなのに、優しくて、暖かい。なぜか穏やかな気持ちだった。
きっと、宮間瑛梨沙にとって何よりも愛おしい時間だったからだ。
「あたしはこっちで生きてるから、心配しないで」―――本当はそう伝えたかった。
伝えたかったのに、思うように唇が動かせなかった。
白い世界で、あたしは静かに目を閉じる。
そして。
――――
―――――
『―――ぃ…おい、しっかりしろ。』
「……ん…?」
ゆっくりと目を覚ますと視界のピントは合っていなくて、間近にはぼんやりと靄がかったように誰かの姿が見えた。
「誰……聡史?」
さとし、と無意識で口から飛び出たのは、瑛梨沙の恋人の名前だった。
『―――何を寝惚けてるんだ?山ザル女。』
誰が山ザル女だ。
ボヤけて見えないので、ハッキリと視界に映したくてあたしはその人に顔を近づけ、両手でバッ!とその人の両頬を挟んだ。
『っ!?』
……あ。すごーい、肌スベスベ。
琥珀色の瞳も綺麗だし、睫毛長い。
この人超イケメンじゃないの。イケメ、……。
その瞬間、今まで朦朧としていた意識がしっかり戻り、視界もハッキリとする。
そして―――今自分が何をしているのかを自覚した時、サァッ…と血の気が引いたのがわかり、青ざめながらあたしは全ての動きを止めた。
「……ぁ」
『……。』
て、てか。
てかてかてかてかてかてか何この状況。
まずあたしは先程、簡単に言うと地面に向かって「落ちた」のだ。死を覚悟したのだから。
なのに今あたしは……多分死んでいない。
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