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反撃のゴングが鳴りまして3


「あら、おかえりなさい」


 書斎に入った瞬間に、長椅子の方から声をかけられた。

 心身共に疲れ果てたニコラウスが屋敷に戻った時、アンバーによれば、その最大の原因の一人であるシャルロットはのんびりと書斎で読書を楽しんでいるらしい。話があったので、書斎へ入ってみれば、彼女は視線すら上げずにのたまった。……あら居たの? という気軽さで。


「……只今戻りましたよ。私の奥さん?」

「ちょうどよかったわ。ワタクシ、少しお話がしたいと思っておりましたのよ。旦那様?」


 お茶を用意しようと入室したばかりだったアンリはそのまままわれ右で無言のうちに部屋を後にする。書斎は只今、暴風警報が発令中です。飛んで火に入る虫にはなりませんとも。






「……」

「……」

「……」

「……エルヴィン様から色々とお聞きになったようで」


 話し始める気配が無いので、ニコラウスが話を振った。今、話す必要がある話題はお互いにこれしかない。


「その聞きたかったわけじゃないのよ。……向こうが勝手に言ってきたんだから」


 短気なところや負けず嫌いな一面は和解後、すぐに表面的になってきたけれど、こんな風になじるようなふてくされたような口調は、最近になってようやくニコラウスに見せてくれるようになったもの。それにはニコラウスに全てを許してくれていて、甘えてくれる彼女の心が現れている。その声を聞いて、自分への信頼や想いが無くなってしまったわけではない事に安堵する。


「シャロン」

「別に、仕方が無いのはわかっているのよ。それが仕事だし。貴方の場合はお綺麗な事だけ、っていうわけにはいかないから」


 だけど。

 そう言って言葉を止めたシャルロットはその先を言うのを恐れている。今まで、過去の事にはお互い触れないという暗黙の了解があった。ニコラウスの仕事上、シャルロットに伝えられないような事(血なまぐさい話や娼館の話など……)だって多々ある。シャルロット自身もそれを知っているから、あえて言った事は無かった。

 本当の気持ち。隠さずに話してほしい。

 でも、ニコラウスが言わない理由もわかっている。


(私の事を想ってくれているから)


「シャロン、言葉にしなければ伝わらない。それは夫婦だって同じことです。想いは声にしなければ届かないのです。私には話して下さい? 貴女の事を理解したい」


 そういってニコラウスは長椅子に縮こまるようにして座るシャルロットを抱き寄せる。そしてなだめるように背中に手を添える。

 と、そこまではおとなしくしていたシャルロットだが。


(……ちょっと待て。なんで私は慰められているの?)


 シャルロットの中に疑問がわく。これって、私の方が彼を責めても良いんじゃないの?


「……」

「シャロン?」

「このままうやむやにはしないわよ? そもそも貴方、なんで仕事で娼館に行く必要があるわけ!?」

「それは、娼婦というのはものすごく情報収集能力にたけているのですよ」


 すらすらと淀みなく出てくる言葉。確かにこれは真実だろう。だが、それだけで納得するような女ではなかった。


「なら、そこで一夜を過ごす必要はないわよね?」

「情報のやり取りや娼館の一室が一番確実なのですよ。娼婦たちの口はとても堅いのです。王族お抱えの情報屋だって娼館で働いていたりするのです」

「言い訳になってないわね!」

「……うーん、こうなると分が悪いですね」

「この色狂い!!!」

「ちょ、それは心外です!!!」




***言い争う事30分***




「つまり、私の言いたい事は!」

「はい」


 ニコラウスの両頬はそれは見事に腫れていた。シャルロットから強烈な平手を食らったのだ。

 もちろんよける事も出来たのだが、強気に言い返しながらも内心でひどく傷ついているらしい事がわかってしまい、動けなかったのだ。

 目は口ほどにモノを言う。全く持ってその通り。


「ちゃんと、貴方の口から話してほしいのよ! 多少やましい事があったとしても!!」


 他人の口からだと、どうしても不安になっちゃうじゃない。

 ついにシャルロットの目から涙がこぼれた。それはニコラウスに深く罪悪感を抱かせたが、同時にものすごく心が満たされた。

 泣きながら責められる。泣くほど彼女の気持ちが自分へと向いているのだ。


「……住みませんでした。これからは包み隠さず全てお話します」


 そう言って、もう一度シャルロットを抱き寄せる。顔を胸に押しつけてシャルロットは鼻を鳴らした。

 シャツが彼女の涙を吸い取るのを感じながら、この上ない幸福感が心を占める。


「……でも、浮気の報告はいらないわ」


 呟くように言われた言葉。不本意だけれど、知らないところでの浮気は許容するという意味にとれた。


「心外ですね。浮気なんてしませんよ」

「仮面夫婦だった頃は一度くらいあるんじゃないの?」

「今は仮面ではありませんよ。貴女の気持ちは私にあるし、私の気持ちも貴女に向かっていますから」


 なんとか和解は成立した。

 なんだかんだでもう日は沈んでる。夕食は食べていないが、正直二人とも疲れていて眠りたい。二人は寝室へ移動する事になった。






「あ、今回の件は完全に許したわけじゃないからね」

「……ハイ」


 完全な和解への道のりはそんなに簡単ではないらしい。



これにて、美姫と騎士は完結になります。

だらだらと不定期だった更新にお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。読んでくれる方がいたからこそ続けることができました。

最後が尻切れトンボ感満載なのですが、それもこの二人らしいかな、と。

……。



これ以上は終わりが見えなくなってしまいそうでした。ハイ。いつまでも言い争い出来る二人ですので。



以下蛇足。

正直、シャルロットよりニコラウスの方が何倍も上手です。シャルロットは基本的に口論ではあまり勝てません。

が、今回はニコラウス自身すこし後ろめたく思っていた部分もあり、両者痛み分けといったところです。

シャルロットは完全には納得しているわけではありません。ので、この後しばらくニコラウスは禁欲生活を送る事になります。シャルロットのちょっとした復讐です。



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