↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/42

第9話 オークとの戦闘 谷の奥に残ったもの

オークの群れを見つけた翌朝、村長の家に調査隊と村の猟師たちが集まった。


ガルドが机に広げた地図には、森の谷が二つ描かれている。オークがいた広い谷と、その南につながる細い谷だ。


「こっちへ誘い込めれば、横に並んで進めるのはせいぜい二匹だ」


ガルドが細い谷を指でなぞった。


両側は岩の斜面になっている。上から弓を射る場所があり、谷底には燃え広がる草木も少ない。


「弓手を両側に置く」


エドガーが言った。


「王都の魔法使いは、オークが谷の中央に入ってから火魔法を放つ。弓と火で足を止める」


調査隊の魔法使いが地図を確かめた。


「問題は、狙いどおりに来るかどうかだ」


ガルドが言う。


「途中で引き返すかもしれん。斜面を登って弓手を襲うかもしれん」


レオンは前日に見た谷を思い出した。


「細い谷の入口に、二人が逃げ込むところを見せるのはどうですか。追ってきたら、中央まで引きつけて攻撃する。来なければ中止します」


「囮が危険だ」


「だからエドガーさんと護衛のお一人が担当する。僕は斜面の上から群れの動きを見ます」


エドガーは地図を見下ろした。


「囮の退路を先に確かめる。谷に入ったあとで出口を塞がれたら、作戦は中止だ」


話し合いは続いた。


レオンは右手首を上着の袖で隠した。


昨夜、古代遺跡で《発火》を覚えたことは、まだ誰にも話していない。使えるのは、触れたものに小さな火をつける術だけだ。魔法使いが放つ炎とは比べものにならない。


レオンは護身用に乾いた布を持っていくことにした。


◇


作戦は翌日の昼に始まった。


村からはガルドと猟師二人が参加し、王都の護衛が谷の入口と出口を固める。レオンはガルドとともに、斜面の上に伏せていた。


視界の向こうに、強い魔力がいくつも重なる。


【オークの群れ:接近中】

【対象数:判定不能】


一体ずつ数えることは、やはりできなかった。


遠くで枝が折れる音が聞こえた。


エドガーと護衛が広い谷の外れから走ってくる。その後ろをオークたちが追っていた。


一匹、二匹、三匹。


さらに大きな影が続く。先頭が細い谷へ入っても、ガルドは弓を引いたまま待った。


「まだだ」


エドガーたちは谷底の脇道へ飛び込む。オークが中央まで進んだ。


「今だ!」


両側の斜面から矢が放たれた。


先頭のオークが倒れ、後ろの数匹が足を止める。狭い谷では互いが邪魔になり、すぐには向きを変えられない。


二射目が飛ぶ。


続いて王都の魔法使いが杖を振った。


谷底で火が走り、オークたちの前に炎の帯ができる。逃げようと後ずさった個体へ、反対側の斜面から矢が降った。


「炎を右に寄せる! 左の弓手、下がって!」


魔法使いの声に合わせ、弓手たちが位置を変える。


オークの一匹が斜面の石を拾い上げた。


【左側のオーク:投擲の可能性】

【確度:高】


「オークが石を投げるよ! 左だ!伏せて!」


レオンが叫ぶと同時に、岩が頭上を通り、背後の枝を砕いた。


魔法使いは炎を維持しながら、徐々に位置をずらしオーク達を追い詰めていく。弓手たちは岩を避け、起き上がるたびに矢を放った。


しばらくして、谷の中の動きが止まった。


煙が薄れると、見えているオークはどれも倒れていた。


「終わったのか?」


護衛の一人が立ち上がりかけた。


その瞬間、レオンの胸を強い圧迫感が襲った。


【前方:強い魔力反応】

【危険度:高】


「まだいる!」


谷の奥で、大きな影が動いた。


倒れた仲間の下から、ひときわ大きなオークが立ち上がる。矢は肩と脇腹に刺さっていたが、動きを止めるほどではない。


前日、岩の陰にいた個体だ。


リーダーと思われるオークは、焼けた地面を踏み越え、レオンたちのいる斜面へ駆け上がった。


「こっちへ来る!」


ガルドの放った矢がオークの肩に当たる。魔物は片腕で顔をかばい、そのまま斜面を登った。


【次の動作:右腕による打撃】

【確度:高】


「右!」


ガルドは身を引いたが、オークの腕が弓を打ち砕いた。折れた木片が飛び、レオンの足元に刺さる。


ガルドが体勢を崩す。


レオンの腰には、細い縄で束ねた乾いた布があった。自分で火をつけられるか確かめるため、持ってきたものだ。


オークが再び腕を振り上げる。


レオンは布を握り、指先に魔力を集めた。


「《発火》!」


布の端に火が灯る。


レオンは燃える布をオークの顔の前へ突き出した。


大きな炎ではない。だが、目の前で突然現れた火に、オークは顔を背けて後ずさる。


「ガルドさん、下がって!」


レオンは布を捨て、ガルドの腕を引いた。


脇道から斜面を駆け上がってきたエドガーが、すれ違いざまに目を見開く。


「レオン、火魔法まで使えるのか!」


「今はこいつを!」


エドガーは頷き、剣を構えた。


オークはレオンの手元を警戒し、まだ体勢を立て直せていない。


エドガーの剣が、その首元をとらえた。


巨体は斜面を滑り落ち、谷底で動かなくなった。


◇


調査隊はすぐには勝利を告げなかった。


谷に倒れたオークの数を確かめ、周辺を見張る。魔法使いは谷底に火が残っていないか調べた。レオンの視界にも、近くの強い反応は現れない。


村へ戻る道で、エドガーがレオンの隣に並んだ。


「さっきの火には驚いた。いつから使えるようになったんだ?」


「昨日です。触れた布に火をつけるのが精一杯ですけど」


「一日で覚えたのか」


エドガーは感心したようにレオンの手元を見た。


「あの場では十分だった。ガルドも助かったよ」


エドガーはそう言って、前を歩く護衛たちにも声をかけた。


◇


村では帰りを待っていた人たちから歓声が上がった。


マーヤはレオンの顔と腕を確認したあと、火で指先を少し赤くしていることに気づいた。


「怪我をしないで帰ってきてって言ったのに」


「これくらいなら、すぐ治るよ」


「そういう意味じゃないわ」


レオンは黙って手を差し出した。マーヤが冷たい布を巻く。


◇


数日後、エドガーは調査隊を率いて王都へ戻った。


「オークの群れは討伐した。村の差し迫った脅威はいったん去ったと判断する」


ダレンと握手を交わしたあと、エドガーはレオンに向き直る。


「君の報告に助けられた。次に危険を感じたら、また知らせてくれ」


「分かりました」


「それと、身体を壊すまで力を使うなよ」


エドガーは笑ってそう言い残し、馬に乗った。


◇


それから一カ月、レオンは訓練を続けた。


朝は畑道を走り、午後はガルドに足運びを教わる。身体能力強化は数呼吸だけ使い、間に十分休む。無理に時間を延ばすことはしなかった。


《発火》も、小枝を相手に練習した。火をつけることには慣れたが、使った後は頭が重くなる。続けて使える回数は少ない。


魔力を増やす方法を世界の声に尋ねたとき、返事は慎重だった。


『魔力の使い方は改善できます。ただし、短期間で魔力量を大きく増やす方法は確認できません』


レオンは毎日の使用時間と疲れ具合を書き留めた。急に強くなった実感はない。それでも、一カ月前より長く走れ、力を解いた後に足を止めるのも上手くなった。


◇


北の森の奥深くに、日が差し込まない場所があった。


そこに立つ黒い影の前へ、小柄な魔物が駆け込んでくる。


「谷のオークが、戻りません」


黒い影は、すぐには答えなかった。


足元には、オークたちの魔力を示す小さな石が並んでいる。どれも光を失っていた。


「全滅したのか」


「はい。人間に討たれたようです」


「この近くに、オークの群れを倒せる人間がいたか?」


黒い影の声に、小柄な魔物は首を振る。


「少なくとも、ここ百年は」


影は地面に広げた粗い地図を見る。オークが倒された谷。その南にある、小さな村。


「人間の数を調べろ。王都の兵が来たのかもしれん」


「村を襲いますか」


「まだだ。まずは、何がオークを倒したのかを知りたい」


黒い影は木々の間へ歩き出した。


「私が行こう」


◇


その日の夕方、レオンは庭で訓練の記録をつけていた。


突然、右手首の銀色の線が熱を帯びる。


視界の端に、北の森から伸びる暗い光が現れた。以前より近い。


【北の森:強い魔力反応】

【アルネ村へ接近中】

【確度:中】


レオンは立ち上がった。


オークの群れを倒してから、これほど強い反応を感じたことはない。


「みんなに知らせないと」


レオンは記録を置き、村長の家へ走った。


ダレンに見張りを増やしてもらい、村人たちには夜間、森へ近づかないよう伝える。反応は途中で止まり、日没の頃には再び遠ざかった。


襲撃はなかった。


だが、何かが村の近くまで来ていた。


理由を探るため、翌朝、レオンは古代遺跡へ向かった。


中央の石に手を置く。


「昨日の反応は何だった? 北の森は、もう安全じゃないのか?」


光が石の溝を走る。


『オークの群れによる強い反応は消えました』


レオンは息を吐きかけた。


だが、声は続いた。


『森のさらに奥に、別の強力な魔力反応があります。昨日、村へ近づいた反応と一致します』


視界に森の輪郭が浮かぶ。オークたちがいた谷より、ずっと北。


そこに、一つだけ暗い光が灯った。


【対象:不明】

【魔力の強さ:非常に強い】

【確度:中】


「北の集落を襲ったのは、オークじゃなかったのかよ」


『現在の情報だけでは判断できません』


「昨日、そいつはどうして村へ近づいた?」


『目的は確認できません。村の手前でしばらく留まり、その後、森の奥へ戻っています』


レオンは石に置いた手を握りしめた。


オークを倒しても、森の奥にはまだ何かがいる。そして、その何かは村の近くまで来た。


村では、ようやく子どもたちが外で遊ぶようになった。マーヤも夜に窓を気にせず眠れるようになった。


その日常のすぐ北に、強い魔物が残っている。


レオンは暗い光から目を離さなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。