第8話 森の奥の群れ
調査隊が森へ入った朝、ダレンは村の北門まで見送りに来た。
「約束を忘れるな。危険なら、レオンを先に戻す」
「分かっている」
エドガーが答えると、ダレンはレオンに向き直った。
「お前も、見えたものを一人で確かめに行くな」
「うん。必ずみんなに伝える」
調査隊の先頭にはガルド。続いて王都から来た護衛三人と魔法使い、エドガー、レオンが歩く。レオンには専属の護衛がつき、列の中央から離れないよう指示されていた。
木々の間へ入って間もなく、レオンは足を止めた。
視界の端に、弱い光が浮かんだ。
【前方右側:魔力反応】
【強さ:弱】
【確度:中】
「右の茂みに何かいる。距離は……あの倒木の向こうくらい」
エドガーが手を上げ、全員を止めた。
「ガルド、確認できるか」
ガルドは低い姿勢で数歩進み、木の陰から茂みを見た。
「ゴブリンだ。一匹見える。奥にもいるかもしれん」
調査隊は道から外れず、左右に分かれた。魔法使いが音を抑える術をかけ、護衛が逃げ道をふさぐ。
合図と同時に、ガルドの矢が茂みの前へ突き刺さった。
驚いたゴブリンが二匹、飛び出す。片方は護衛の剣で倒され、もう片方はエドガーたちに追われて森の奥へ逃げた。
戦いはすぐに終わった。
「見つけるのが遅れていれば、後ろへ回られたかもしれないな」
エドガーが言った。
「よく気づいたな」
レオンは頷いたが、倒木の向こうを見続けた。
最初に見えた反応は一つだった。実際には二匹いた。以前と同じだ。魔力が近い場所で重なると、数までは分からないことがある。
「反応の数は当てにしないでください」
「分かった。位置だけを手がかりに、必ず目で確かめる」
エドガーの返答に、レオンは少し安心した。
◇
初日は村から無理なく戻れる範囲を調べ、日没前に帰った。
二日目の目的は、オークが村へ来た道をたどることだった。
ガルドが足跡と折れた枝を追い、レオンは魔力の変化を探す。前日のゴブリンとは違い、森は静かだった。
昼を過ぎた頃、レオンの足が止まった。
胸の奥を押されるような感覚がある。
視界の端に、濃い光がにじんだ。
【前方:魔力反応】
【強さ:強】
【対象数:判定不能】
【確度:中】
「待って」
レオンが小声で言うと、列が止まった。
「昨日よりずっと強い。前方にいる」
エドガーはすぐに全員を木陰へ移した。
ガルドと護衛の一人が、慎重に斜面を登る。しばらくして戻ったガルドの顔は硬かった。
「谷の下にオークがいる。見えただけで七匹。木の陰にも動く影がある」
「群れか」
エドガーが低く言った。
レオンは斜面の上から谷をのぞいた。
大きな岩の周りに、オークが集まっている。村を襲った個体と同じほどの大きさが六、七匹。さらに奥には、一回り大きな影がいた。
【対象:オークの群れ】
【脅威:高】
【確度:中】
レオンの手に汗がにじむ。
一匹でも、村の守りを壊した。ここで戦えば、被害は避けられない。
「戻りましょう」
エドガーがレオンを見るより先に、レオンは言った。
「今は数も地形も分かっていません。戦う場所を決めて、準備してから来るべきです」
エドガーは谷を見下ろし、頷いた。
「同意する。見つかる前に引く」
調査隊は足跡を残さないよう、来た道を静かに戻った。
◇
村長の家で、討伐の相談が始まった。
ガルドは谷の形を地面に描く。入口は二つ。西側は狭く、東側にはオークが通れる広い道がある。
「出口をふさげば囲めるが、あの数だ。こちらも逃げられなくなる」
「魔法で足止めするにも、一度に全員は無理です」
調査隊の魔法使いが言った。
エドガーは地図代わりの線を見つめた。
「現時点ではまだ決め手が無いな。見張りを続け、谷の周囲を調べよう。有利な地形がないか、もしくは罠を作るか」
その場で討伐を決めなかったことに、レオンは安堵した。
会議が終わると、ガルドがレオンの肩を叩いた。
「今日はよく戻ると言った。強い相手を見て、引くのも大事な判断だ」
「怖かっただけだよ」
「それでいいんだ」
レオンは谷で見た影を思い出した。
もし群れがアルネ村へ向かえば、今の守りでは止められない。オークと戦ったとき、身体能力強化を使っても、一匹と対峙するだけで限界だった。
別の手段がいる。
少年レオンの記憶に、オークについて聞いた話があった。炎を嫌い、火魔法を前にすると足を止めるという。
村に火の術を使える者はいる。だが、群れを相手にできるほど強い術を使える者はいなかった。
レオンは右手首の銀色の線を見た。
◇
夕方、レオンは古代遺跡へ向かった。
中央の石に触れると、薄い光が足元に広がる。
「世界の声。オークの群れを見つけた」
『確認しました。あなたが見た範囲では、少なくとも八体です』
「奥にもいた。もっと多いかもしれない」
『その可能性があります』
「オークは火が苦手なんだよね」
『火と熱を避ける傾向があります。ただし、すべての個体に同じ効果があるとは限りません』
レオンは頷いた。
「火の魔法を使えるようになりたい」
『あなたは現在、外部へ魔力を放出する術を扱えません』
「練習すればできるようになる?」
『通常の方法では、時間が必要です』
「身体能力強化のときみたいに、使える形を渡すことは?」
声はすぐに答えなかった。
石の文字が明滅し、レオンの右手首の線も淡く光る。
『限定的な火魔法の術式を解放できます。ただし、あなたの魔力消費は大きく、使用回数も限られます』
「どんな魔法?」
『手の届く範囲に火を生じさせます。大きな炎を長く維持することはできません』
「それでもいい。まずは使えるようになりたい」
『承認しました』
手首から指先へ、熱が流れた。
【術式解放:発火】
【対象:接触している可燃物】
【警告:魔力消費に注意】
「触れたものに火をつけるだけ?」
『現在のあなたが安定して扱える範囲です。火を生じさせることと、狙った場所へ飛ばすことは異なります』
レオンは足元の枯れ枝を一本拾った。
意識を指先に集める。
小さな火が枝の先に灯った。
「……できた」
驚きで力を緩めると、火はすぐに消えた。身体能力強化を使ったときとは違う、頭の奥が重くなるような疲れが残る。
これだけでオークの群れを倒せるとは思えない。
けれど、火をつける場所と時機を選べば、群れの動きを変えられるかもしれない。
レオンは谷の地形を思い浮かべた。
「もう一つ聞きたい。火を見せたら、オークはどちらへ逃げる?」
『地形と火の位置によって変わります。予測するには、谷をより詳しく観測する必要があります』
「そうだよね」
レオンは枯れ枝を握り直した。
明日、エドガーに相談しよう。
日が傾いた遺跡から、北の森が黒く見えた。
あの谷には、今もオークたちがいる。




