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第10話 魔族の襲撃

翌朝、レオンは夜明け前にガルドの家を訪ねた。


扉を開けたガルドは、弓の手入れをしていた。レオンの顔を見るなり、作業を止める。


「森で何か見たのか」


「昨日、強い魔力を持った魔物が村の近くまで来た。日没には森へ戻ったけど、まだ奥にいる」


「オークの生き残りか?」


レオンは首を振った。


「分からない。でも、オークの群れより強い反応だった」


ガルドは弓を壁へ立てかけた。


「村長のところへ行こう」


◇


ダレンは話を聞き終えると、見張り台の鐘を鳴らすよう指示した。


襲撃の合図ではなく、村の大人たちを集めるための、ゆっくりとした鐘だ。


「王都へ使いを出す」


ダレンは言った。


「エドガーに事情を伝え、応援を求める。オークの群れを倒したあとに、さらに強い魔物が村へ近づいたとな」


「まだ何の魔物か分からないんだ」


「オークより強い魔物なら、どのみち私たちだけでは無理だ」


ダレンはガルドに視線を向ける。


「足の速い者を二人選んでくれ。街道沿いの宿場で馬を替えれば、王都へ早く知らせられる」


「俺も行こうか」


「お前は村に残れ。避難路を知っている者が必要だ」


レオンは思わずダレンを見た。


「避難するの?」


「必要になればな」


ダレンは机に村の地図を広げた。


「お前が話を聞きに来る前から、オークがもう一度現れた場合を考えていた。北から襲われたら、南の街道へ抜ける。荷車の準備を始めよう」


ダレンの判断は早かった。


村人たちは「魔物が来る」と聞いて不安になったが、何をすればいいかが決まると動き出した。子どもと老人を乗せる荷車。三日分の食料と水。治療師の道具。道中で使う毛布。


レオンはガルドと一緒に、南の街道へ続く道を歩いて確かめた。


細い橋は荷車が一台ずつしか渡れない。少し手前に広い場所があり、そこで順番を待てる。村の人たちを一度に走らせれば、橋で詰まる。


「組を分けよう」


レオンは地面に順番を書いた。


「歩くのが遅い人を先に出す。次に子どもたち。動ける大人が最後を守る」


「魔物が来たのを見てからだと遅いな」


ガルドが言う。


「だから、見張りが危険を知らせたらすぐ出られるようにする」


前世の仕事で、直人はよく「どこまで下がったら売るか、先に決める」と話していた。


逃げる決断も同じだ。危険を目の前にしてから全員で迷っていたら、間に合わない。


◇


王都へ使いを出して三日目の朝、返事が届いた。


エドガーが護衛と魔法使いを連れ、急ぎアルネ村へ向かっている。早ければ、その日の夕方には南の街道まで来るという。


広場に集まった村人たちは、少しだけ表情を緩めた。


だが、レオンには安心できなかった。


北の森にあった暗い反応が、朝からゆっくりと南へ動いている。


【強い魔力反応:接近中】

【距離:近い】

【確度:高】


◇


森の中を進む黒い影は、木々の間からアルネ村を見ていた。


麦畑。低い家々。北門の柵。


「ここが、オークを殺した人間たちの村か」


影は足を止め、村の中へ意識を向ける。


井戸のそばに小さな魔力。見張り台にも人間がいる。だが、オークの群れを倒せるほど強い力は、どこにも感じなかった。


「いや……強い者はいない」


王都の兵が村を離れたことは、すでに確かめている。


それでも、オークたちはこの村の近くで全滅した。火と矢で追い詰められ、最後の一匹まで討たれている。


「人間が力を隠しているのか」


黒い影の背後で、小柄な魔物が尋ねた。


「どうなさいますか」


「中へ入る。痕跡を見れば分かる」


「人間は?」


「こちらの邪魔をすれば殺せ、逃げたらそれでいい」


影は村へ向かって歩き出した。


◇


昼を過ぎた頃、レオンは見張り台へ上がった。


森の木々は静かだ。鳥の声もしない。


右手首の銀色の線が熱を帯びる。


【対象:不明】

【脅威:非常に高】

【村への到達:間近】


「鐘を鳴らして!」


見張りがレオンを見た。


「まだ姿は――」


「今すぐ!」


鐘が激しく鳴り始めた。


村人たちは用意していた荷物を持ち、決められた順に南門へ向かう。マーヤは子どもたちを荷車に乗せ、ダレンは広場で人数を確認した。


「北門を閉じろ! 荷車は一台ずつ橋へ!」


ガルドと猟師たちが、森へ続く道に立つ。


レオンは見張り台から北の森を見た。


森の影から、長身の人影が姿を現した。


細身の身体を包むのは、黒に近い色の服だった。長い裾が歩くたびに揺れ、その下から土を踏む靴が覗く。


額の左右には、二本の角が生えていた。根元は太く、先端へ向かって細まりながら、わずかに後ろへ反っている。


顔には黒い紋様のようなものがあった。こめかみから頬へ細い線が伸び、顎の近くで枝分かれしている。


魔族は村の入口で立ち止まり、家々をゆっくりと見渡した。


黒い服の裾を揺らし、再び村へ足を踏み入れた。


見た目はオークよりも小さい。だが、まとっている魔力は比べものにならなかった。


【対象:不明】

【魔力の強さ:非常に強い】

【確度:高】


魔族は北門の前で立ち止まった。


北門の柵が、触れられてもいないのに大きな音を立てて曲がった。


「全員、南へ!避難!」


レオンは見張り台を駆け下りた。


◇


村の北側で、板が砕ける音が響いた。


逃げる荷車は、ちょうど最後の一台が南門を出たところだった。準備を始めていなければ、まだ広場には何十人も残っていただろう。


「レオン!」


マーヤが橋の向こうから叫ぶ。


「すぐ行く!」


レオンはダレンとガルドのもとへ走った。


北の通りに、魔族が立っている。


魔族は壊れた柵と、広場の向こうにある古い戦いの跡を見ていた。


視界に文字が浮かぶ。


【魔力の集中:右腕】

【広範囲への攻撃の可能性】

【確度:中】


「右腕に力を集めてる! 伏せて!」


三人が身を低くした直後、黒い光が広場を横切った。


井戸の石組みが砕ける。


ガルドは顔を上げず、弓を引いた。矢は影の近くまで届いたが、空中で失速して落ちた。


「まともに戦える相手じゃない」


レオンは言った。


ダレンが頷く。


「全員出た。俺たちも退くぞ」


レオンは身体能力強化を数呼吸だけ使い、ガルドとともに南門へ走った。


魔族は追ってこない。


振り返ると、村の広場で何かを探すように、ゆっくり周囲を見回していた。


レオンは足を止めかけた。何を探しているのか、確かめたかった。


だが、橋の向こうではマーヤが待っている。


今は、追われていないうちに逃げるべきだ。


レオンはダレンたちと橋を渡った。


◇


南の街道で、村人たちは王都の応援と合流した。


先頭の馬から降りたのはエドガーだった。


荷車の列と、後方から上がる土煙を見て、すぐに状況を悟る。


「魔物が来たのか」


「村に入った」


ダレンが答えた。


「全員を避難させた。今のところ負傷者はいない」


エドガーはレオンを見る。


「相手を見たか」


「見ました。オークよりずっと強い。矢が届く前に落ちた。おそらく魔法だと思う。村を壊しているけど、僕らを追っては来ていないみたい」


「何か狙いがあるのかもしれんな」


エドガーは護衛に指示を出した。


「まず村人を街道の宿場へ運ぶ。護衛を半数つけろ。残りは村へ近づき、相手の位置を確認する。こちらから戦闘は仕掛けるな」


マーヤがレオンの腕をつかんだ。


「あなたも一緒に行くのよね」


レオンは村の方角を見た。


生まれ育った家がある。訓練した庭がある。井戸や広場が壊されているかもしれない。


「まず、みんなと宿場へ行く」


マーヤの手が少し緩んだ。


「そのあとで、エドガーさんに僕の見たことを全部話す」


レオンは王都の護衛たちを見た。彼らが来てくれたのは、村が応援を頼み、逃げる準備をしていたからだ。


世界の声のおかげだ。


村の人たちは生きている。


その事実を確かめるように、レオンは長い荷車の列を見渡した。


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