第11話 二本角の魔物との戦闘
宿場に着くと、レオンはエドガーを探した。
彼は宿の一階にある長机で、二人の魔法使いと地図を広げていた。
金髪の女性はリシアという。二十代半ばほどに見え、肩の下まで伸びた髪を後ろで緩く束ねている。額にかかった細い髪の向こうから、明るい琥珀色の瞳が地図を見つめていた。整った顔立ちだが、眉の動きや表情には気さくさがあり、レオンが近づくとすぐに顔を上げた。
深紅の上着に、動きやすそうな黒いズボン。腰の革帯には小さな袋と魔法薬の瓶が並び、椅子の脇には赤い石を先端にはめ込んだ杖が立てかけられている。旅装の裾は土で汚れていたが、杖には丁寧に磨かれた艶があった。
隣の灰髪の男性はヴァルク。三十代ほどで、リシアより頭一つ背が高く、肩幅も広い。短く刈った灰色の髪と、口元に薄く残した髭が、日に焼けた顔によく似合っていた。切れ長の青灰色の目は、レオンが入ってきても一度こちらを確かめただけで、すぐに地図へ戻る。
紺色の長衣の上に革の胸当てを着け、袖は手首まできちんと留めている。机の横には、銀色の紋様が刻まれた円形の盾が置かれていた。大きな手で地図の端を押さえる姿は、魔法使いというより歴戦の兵士に見える。
二人とも、王都で魔物討伐を専門にしているという。
レオンは昨夜からの魔力の動き、北門の柵、井戸を砕いた攻撃を順に話した。
「矢は届く前に落ちました」
「魔力の防壁ね」
リシアが言う。
「あなたは攻撃より前に、右腕へ魔力が集まると分かったの?」
「はい。でも、毎回当たるとは限りません」
エドガーたちは村へ戻り、相手の位置を確認することにした。
「僕も行きます」
「今日は駄目だ」
エドガーは即答した。
◇
レオンは村を通らない西の道から、こっそり古代遺跡へ向かった。
魔物が近づけば分かる。常に周囲を警戒していれば、大丈夫なはずだ。
遺跡の中央にある石に触れる。
「世界の声。あの魔物にどう対抗すればいい?」
【対象:人型の魔物】
【使用スキル:防壁】
【弱点:情報不足】
『防壁を支える魔力の流れを乱せば、攻撃を通せる可能性があります』
「僕の火は届かない」
『あなた一人で防壁を破ることは困難です』
「仲間と戦うなら、僕にできることは?」
『確認します』
しばらく沈黙があった。
『これまでの鍛錬による魔力量の増加を確認しました。魔力強化のスキルを解放できます。魔力の出力と観測精度が上がります。ただし、魔力の消費も速くなります』
身体能力強化と同時に長く使えば、自分が倒れる危険がある。だが、短い時間で切り替えて使うことはできるという。
レオンは解放を頼んだ。
【スキル解放:魔力強化】
その直後、村の方角で複数の魔力がぶつかった。
「もう戦ってる」
◇
アルネ村の広場には、頭に二本の角を持つ人型の魔族が立っていた。
「人間の兵か」
魔族が人の言葉で言う。
「王都調査局のエドガー・リースだ。村から立ち去れ」
「村を捨てて逃げたのか。利口だな」
魔族は壊れた井戸を見る。
「この近くのオークを殺したのは誰だ」
リシアが杖を構えた。
「答えたら帰る?」
「答えによるな」
魔族は少し笑った。
「じゃあ、名前だけでも教えて」
「ザルクと呼ばれている」
エドガーが口を開いた。
「オークを倒したのは調査隊だ。村人を追う理由にはならない」
「調査隊だけでか?」
ザルクは三人を見た。
リシアが先にしかけた。
「ファイヤーフレイム!」
高密度な炎を飛ばす魔法だ。
先日オーク討伐で使われた炎の魔法よりレベルが一段高い。
リシアの炎は、相手の手前で見えない壁に沿って流れ反転した。ヴァルクの盾に、衝撃がぶつかる。
エドガーがサポートに入ろうとした。
そこへレオンが到着した。
「レオン、来るなと言っただろう! なぜいるんだ!」
エドガーが叫ぶ。
「防壁の流れを見ます!」
レオンは魔力強化を使った。
ザルクの周囲を流れる魔力が、はっきり見える。右腕で攻撃するたび、背後の防壁が薄くなった。
「右腕で攻撃した瞬間、背中の防御が薄くなる!」
リシアが炎で注意を引き、ヴァルクが背後から放出魔法である光の矢を放つ。初めて防壁を抜けた。
ザルクが膝をつく。
「どうして分かった」
ザルクの目がレオンを向く。
黒い光がレオンに向かって伸びた。
【回避困難】
レオンは魔力強化を解き、身体能力強化に切り替えた。壊れた井戸の陰へ滑り込み、光を避ける。石が砕け、破片が頬を切った。
一呼吸で強化を解く。魔力はもう多くない。
腰に差していた、先端に布を巻いた棒を抜く。今度は魔力強化を一瞬だけ使った。
「《発火》!」
棒の先で火が大きく揺れた。
ザルクがそちらを見る。
「今!」
エドガーが正面から踏み込み、リシアの炎が側面へ回る。ヴァルクは盾で衝撃を受けながら、退路を狭めた。
レオンには、ザルクが次にどちらへ魔力を流すか見える。
「右腕に集まる! 背中が薄くなる!」
エドガーの剣が外套を裂き、リシアの炎がザルクの肩を焼いた。
魔物は初めて大きく後退する。
【退却の可能性:高】
「追わないで!」
レオンの声を聞き、エドガーは足を止めた。
ザルクは北門の外へ跳び、森の手前で振り返る。
「人間の兵だけではなかったか」
その目はレオンへ向いていた。
「お前の顔を覚えた」
姿が木々の間へ消える。
◇
ヴァルクが盾を下ろした。
「退けたのか」
「村からは離れています。でも、魔力はそれほど弱っていません」
レオンはそこまで言って座り込んだ。
エドガーが近づき、レオンの頭にげんこつを落とした。
「いってー……」
「来るなと言っただろう! 今回はうまくいったが、下手をすると死んでいたぞ」
「ごめんなさい……」
レオンは黙って頭を押さえた。
リシアが膝をつき、頬の傷を治す。杖を握っていたときの鋭い表情が和らぎ、指先から温かな光が広がった。
「何度も力を切り替えていたでしょう。かなり高度な技術よ。どこで覚えたの?」
「丘の上の遺跡で……」
リシアは遺跡の方へ顔を向けた。
「レオンにしか聞こえない声があるそうだ。俺たちも行ってみたが、何も聞こえなかった」
エドガーが言う。
リシアは少し考えた。
「レオンの魔法攻撃の読みは、上級魔法使い並みだと思う。けれど、魔力量は駆け出しの魔法使いと同じだわ」
「その能力に、俺たちは何度も助けられている」
「とても不思議ね。魔力の雰囲気からすると、魔法使いよりも戦士の方が向いているはずよ。でも、少ない魔力であれだけの精度が出せるなんて。教えられてどうにかなるものでもないと思うのだけど……」
エドガーは壊れた村を見渡した。
「村人たちは、しばらく宿場に置く。戻るかどうかは、森の様子を確かめてから決めよう」
レオンは頷いた。
村は取り戻した。だがザルクは名を告げ、言葉を交わし、レオンの顔を覚えて去った。
そのことを思い出すと、治ったばかりの頬がまた痛む気がした。
◇
宿場に戻ると、ダレンとマーヤがものすごく怖い顔で立っていた。
レオンは足を止めた。
できれば、このまま回れ右をしたかった。
しかし、背後にはエドガーがいる。
逃げ道はなかった。
勝手に遺跡へ向かい、そのうえ戦いに加わったことが二人に知れると、エドガーにもらったたんこぶの上に、さらにたんこぶが重なった。
「今日は飯抜きだ」
ダレンが言った。
レオンがしょぼくれると、エドガーが笑いながら口を挟む。
「それはやめた方がいいな。魔力の回復ができなくなっちまう」
ダレンは大きなため息をついた。
レオンは頭を押さえたまま、黙って夕食を待つことにした。




