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第12話 百年前の面影

「人間の兵だけではなかったか」


北の森の奥で、ザルクは焼かれた肩に手を当てた。


傷そのものは深くない。気にかかるのは、戦いの最中に何度も魔力の流れを言い当てた少年だ。


「そのようには見えませんでしたが」


小柄な魔物が言った。


ザルクは少し考えてから


「魔力は弱い」


「あの程度なら、術を一つ使うだけで息が上がるはずだ。なのに、私が防壁を薄くする瞬間を読んだ」


あれほど正確に魔力を読むには、人間なら上級魔法使いでなければ難しい。


しかも少年は、こちらの攻撃が届く直前に身体を加速させ、別の瞬間には火を灯した。大きな術は使っていない。だが、どの力をいつ使えばいいかを知っていた。


ザルクは木の幹に背を預け、少年の顔を思い出す。


黒い髪。こちらの術を見つめる目。


どこかで見たことがある。


だが、それは昨日や数年前の記憶ではない。もっと遠い、忘れかけていた戦場の記憶だった。


百年前の第三次魔導大戦。


人間の勇者がエルフたちと手を組み、魔族の軍勢に立ち向かった。ザルクは当時、戦場へ出たばかりの新米だった。


勇者は魔族の術がどこへ流れ、防壁が薄くなるかを完璧に見抜いた。


ザルクは何を仕掛けても先を読まれ、手も足も出なかった。


「あの目に似ていた」


「あの目とは?」


小柄な魔物が尋ねる。


「いや、似ているだけだ。百年前の人間が、あんな少年の姿でいるはずがない」


ザルクはしばらく黙っていた。


「近くにいる同胞へ知らせろ。二人、呼ぶ」


「人間相手に、そこまで?」


「念のためだ」


ザルクはアルネ村の方角を見た。


「今度は、あの少年が何を見ているのか確かめる」


◇


宿場で二日過ごしたあと、アルネ村の人々は護衛とともに村へ戻った。


壊れた北門、砕けた井戸、散らばった屋根瓦。畑と家の大半は残っている。それでも、自分の家が無事か確かめるまで、村人たちの表情は硬かった。


マーヤの家は扉が少し外れていた。


「直せそう?」


レオンが聞くと、マーヤは扉を持ち上げた。


「直すわ」


「手伝おうか?」


「いいわ。それよりも、井戸の修理を手伝ってあげて。手押しポンプも屋根も全部壊れていたから人手がいるはずよ」


レオンはすぐに手伝いに向かった。


村長の家では、ダレン、エドガー、リシア、ヴァルク、ガルドが地図を囲んだ。


「ザルクは近いうちにまた来るだろう。次はこちらの戦力がばれている」


ヴァルクが頷いた。


「一対一なら、私かリシアで対抗できます」


「私も、正面からなら押し負けないわ」


リシアは杖を机に置いた。


「二人で組めば、ザルク一人に対してはこちらが有利。でも、相手が同じ条件で戦ってくれるとは限らない」


エドガーは言った。


「ザルクが仲間を呼んだ場合は?」


ガルドが尋ねる。


「そのときは状況が変わる」


エドガーはダレンへ向き直った。


「村人には、もうしばらく荷物をまとめておいてもらいたい。北門も直すが、守りきることを前提にはしない」


ダレンは頷いた。


「避難の手順も残す」


◇


翌日から、レオンはリシアとヴァルクに魔法を習った。


「最初に断っておくけど」


リシアは井戸の修理をしている村人たちから離れた空き地に立つ。


「魔法は、一日や二日で上達はしないわ」


「それは経験済みです」


掌に小さな炎を浮かべた。


レオンには、魔力が腕を通って掌へ集まり、空気へ放たれる様子が見える。


「どうやって火を飛ばすのですか?僕の《発火》は、触れたものにしか火をつけられません」


「魔力を身体の外へ出すとき、流れが途中で散っているのね」


ヴァルクは地面に二本の線を描いた。


「力の量を増やす前に、通り道を安定させろ。水を運ぶ桶に穴が開いていれば、どれだけ水を注いでも水は増えない」


レオンは枯れ枝へ触れ、いつもの《発火》を使う。リシアに言われたとおり魔力をゆっくり流すと、枝の先の火は以前より長く続いた。


ただし、指を離せば消える。


「今はそれでいいわ。そうね、10分ほど維持できるように頑張ってみて」


「飛ばす練習は?」


「魔力が集中できるようになれば、自然と何もない空間にも炎が作れるようになるわ。炎は基本的には酸化反応。燃やされるものが木の枝か、自分の魔力かの違いだけよ」


レオンはなるほどと思った。つまりガスコンロのようなものか。魔力をガスの流れのように集中させればよいのか。


ヴァルクは防壁の基礎も教えた。攻撃を止めるには力だけでなく、魔力を途切れず巡らせる必要がある。


ザルクが攻撃時に背後を薄くした理由も、レオンには前より理解できた。

魔力の壁を作るとその壁以外の場所がおろそかになる。


実際の魔法は成功しなかったが。なんとなくイメージは持てるようになった。


◇


三日後の夕方、レオンは空き地で火の練習を終えたところだった。


右手首の線が熱を帯びる。


【北の森:複数の強い魔力反応】

【村へ接近中】

【確度:高】


「リシアさん」


彼女はレオンの表情を見て、すぐに杖を取った。


「いくつ?」


「三つ。今度は、離れて見える」


ヴァルクが空き地の端から近づく。


「ザルクと、あと二人か」


見張り台の鐘が鳴った。


ダレンは広場で避難の指示を出し、ガルドが猟師たちを北門へ集める。前回の経験があるため、荷車はすぐ動き始めた。


北の森から、三つの影が現れた。


中央に二本角のザルク。右には赤い髪と片角を持つ魔族。左には顔を布で覆った細身の魔族がいる。


「村へ戻ったか」


ザルクの声が北門まで届く。


エドガーが剣を抜いた。


「また追い返されに来たのか」


「今日は話し相手を連れてきた」


ザルクはレオンを見た。


「少年。お前には聞きたいことがある」


レオンは一歩下がり、三人の魔力を見た。


ザルクは知っている。残る二人は未知数だ。リシアとヴァルクが強くても、数と能力が変われば前回と同じ戦い方はできない。


【赤髪の魔族:魔力集中を開始】

【作用対象:不明】

【確度:中】


「右の魔族が術を使う!」


レオンの声に、ヴァルクが盾を広げた。


次の瞬間、赤い光が北門を照らした。


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