第13話 遺跡での戦い
赤い光が北門を照らした。
ヴァルクの盾に炎がぶつかり、火の粉が左右へ散る。その向こうで、片角の魔族が次の炎を手のひらに浮かべた。
隣に立つ、顔を布で覆った魔族は、地面へ指を向けている。
【地中に魔力集中】
【対象:北門から広場へ続く道】
「地面でなにかしてる!」
レオンが叫んだ直後、道の土が盛り上がった。
エドガーが横へ跳ぶ。ヴァルクも盾を構えたまま下がった。二人が立っていた場所に、背丈を超える土の壁がせり上がる。
「離れるな! 広場へ下がれ!」
エドガーの声が響いた。
だが、魔族たちは退路へ次々に壁を作った。片角の魔族が炎を放ち、開いている道へエドガーとヴァルクを追い込んでいく。
レオンとリシアの前にも、土の壁が立ち上がった。
「こっちよ!」
リシアがレオンの腕を引く。
分断された。
二人が西側の路地へ飛び込むと、頭上を黒い光が通り抜けた。家の屋根が砕け、木片が道へ降り注ぐ。
路地の入口に、ザルクが立っていた。
二本の角の下で、黒い紋様の走る顔がゆっくり傾く。
「小僧。今日はお前の目を試しに来た」
「試験なら、事前に知らせてほしかったな」
レオンは返事をしながら、ザルクの魔力を追った。
【右腕に魔力集中】
【次の動作:前方への衝撃】
【確度:高】
「リシアさん、右腕!」
リシアの杖から炎が走る。
黒い衝撃とぶつかり、狭い路地いっぱいに土煙が広がった。
*やはり、私の動きを読んでいる*
「走って!」
レオンは西へ駆け出した。
背後では、村の広場へ戻る道を土の壁が塞いでいる。反対側からはザルクが近づいてくる。
村人たちは、襲撃の兆候を受けて南側へ避難していた。そちらへ逃げれば、ザルクまで連れていくことになる。
レオンは西の丘を見た。
「丘へ! あそこなら人がいません!」
リシアは一度だけ背後を確かめ、頷いた。
◇
坂道を走りながら、レオンは肩越しに振り返った。
ザルクは追ってきている。
リシアが振り向いて火を放つたび、防壁で受け止め、少し距離を取る。だが二人が足を緩めると、すぐに黒い光が飛んできた。
追いつけないのではない。
こちらを休ませず、魔力を使わせているのだ。
丘を越え、崖沿いの細い道を下りる。
崩れた柱と、苔に覆われた石床が見えてきた。
二人は遺跡へ駆け込み、残っている石壁の陰で振り返った。
ザルクも坂を下りてくる。
「ここまでくれば大丈夫ね」
リシアはレオンを背後に置き、杖を構えた。
「レオン。攻撃の向きが分かったら教えて。無理に前へ出ないで」
「はい」
ザルクが踏み込む。
*古代遺跡。こんなところに逃げ込んで私の攻撃をかわせると思ったのか?それとも何か理由があるのか?・・・試せばわかることだ*
黒い衝撃が石柱を削った。リシアは炎で押し返し、相手の足元へ火を広げる。
ザルクは身を引きながら、右腕をリシアの肩越しに向けた。
【対象:レオン】
「俺を狙ってます!」
リシアは攻撃を中断し、防壁を張った。
黒い光が壁にぶつかる。光の膜がたわみ、リシアの靴が石床を擦った。
ザルクはその隙に距離を詰めてくる。
リシアが攻めれば、レオンが狙われる。レオンを守れば、ザルクに踏み込む時間を与えてしまう。
「私より、その子を狙うのね」
「弱い方から倒すのは、戦いの基本だろう」
ザルクの声は落ち着いていた。
レオンは唇を噛んだ。
*俺が足枷になっている。*
身体能力強化で避けられれば、リシアは攻撃を続けられる。だが、何度も使えるほどの魔力はない。
火の魔法も、相手の防壁を正面から破れるほど強くなかった。
ザルクの右腕に、再び黒い光が集まる。
今度は、先ほどより大きい。
「伏せて!」
リシアが叫んだ。
防壁に衝撃が走る。足場の石が割れ、二人は後ろへ倒れ込んだ。
レオンは石床に手をついて身体を支えた。
掌の下には、見覚えのある溝があった。
遺跡の中央にある、平たい石だ。
「世界の声。聞こえるなら、助けて!」
溝に青白い光が走った。
『聞こえています』
「ザルクを止める方法は?」
『あなたの基礎体力と魔力の扱いは、初回の接続時より向上しています。物理攻撃魔法を解放できます』
レオンは顔を上げた。
リシアは既に立ち上がり、炎でザルクを牽制している。だが、相手は防壁で炎を押し分けながら近づいていた。
「どんな魔法?」
『触れた対象へ、魔力による打撃を与える術です。防壁が薄くなる瞬間を狙えば、破れる可能性があります』
「解放して!」
『承知しました』
【術式解放:衝撃】
【効果:触れた対象へ魔力の打撃を与える】
【警告:現在の魔力量では連続使用は困難です】
レオンは立ち上がった。
「リシアさん、一度だけ前へ出ます。防壁が破れたら、攻撃してください!」
「何をするつもり?」
「触れて使う魔法です!」
ザルクの右腕が上がる。
リシアがその腕へ炎を放つと、ザルクは正面の防壁へ魔力を集めた。
左脇の守りが薄くなる。
レオンは身体能力強化を使い、石床を蹴った。
「また、同じ動きか」
ザルクが身体をひねる。
レオンの前に、防壁が広がった。
逃げようとしていると思ったのだろう。
レオンは、その壁へ掌を押し当てた。
「《衝撃》!」
硬いものを叩き割るような音が響いた。
防壁の一点が砕け、押し込まれた魔力がザルクの脇腹を打つ。
ザルクがよろめいた。
「何だ、その術は――」
リシアの炎が、砕けた部分を通り抜けた。
黒い外套が燃え、ザルクは大きく後退する。
レオンも膝をついた。
頭の奥が重い。身体能力強化を解くと、脚が震えた。
もう一度同じことをすれば、立っていられるか分からなかった。
◇
ザルクは脇腹を押さえながら、周囲を見回した。
レオンが触れた中央の石には、まだ青白い光が残っている。床から柱の根元へ続く溝も、淡く光っていた。
その光を見た瞬間、ザルクの表情が変わった。
「この紋様……」
崩れた柱の表面を見つめる。
「思い出した。百年前の第三次魔導大戦で、エルフたちが拠点にしていた場所だ」
リシアは杖を向けたまま尋ねた。
「この遺跡を知っているの?」
「当時は、こんな姿ではなかった」
ザルクの視線がレオンへ戻った。
*ここには、人間の勇者も出入りしていた。あいつも、我々が術を放つ前に魔力の流れを読んだ*
「お前たちは勇者と関係があるのか?」
レオンは黙っていた。魔族が何をいっているかわからなかったからだ。
*勇者?俺は勇者とは関係がない。つまりこの遺跡がってことか?*
レオンは息をのんだ。
自分が声を聞いた場所に、百年前の勇者がいた。
そのとき、ザルクの右腕が中央の石へ向いた。
「この場所が、お前の力に関わっているのなら――」
黒い光が膨らむ。
【攻撃対象:遺跡の中央石】
「リシアさん、石を狙ってます!」
リシアが杖を振った。
ザルクの腕へ炎が絡みつき、狙いを逸らす。放たれた衝撃は中央の石を外れ、背後の壁を砕いた。
大きな石が崩れ落ちる。
リシアはレオンの腕をつかみ、落下する石の下から引き離した。
ザルクは、もう一度腕を上げようとしていた。
レオンは荒い息を整える。
「さっき破った防壁、まだ戻りきってません」
「場所は?」
「左脇です。でも、魔力を集められたら……」
リシアは短く頷いた。
「私が正面から攻める。あなたは、守りが変わる瞬間を教えて」
レオンはザルクの左側を見た。
柱の破片がいくつも散らばっている。その中に、薄い板のような石片があった。
ザルクのそばまで、もう一度走るのは難しい。
だが、別のものを打ち出すことはできるかもしれない。
レオンは石片へ手を置いた。
「俺が攻撃をして隙を作ります」
リシアは彼の顔を見た。
「それが最後よ。使ったら、すぐ下がって」
「はい」
リシアの杖から、炎が一直線に伸びた。
ザルクは中央の石への攻撃をやめ、正面に防壁を張る。
レオンは魔力強化を一瞬だけ使った。
守りの流れが見える。
正面へ集まり、傷ついた左脇から魔力が引いていく。
「今、左です!」
レオンは石片の向きを定めた。
「《衝撃》!」
石片が床すれすれに飛ぶ。
ザルクはそれに気づき、右脚を引いた。右側面へ防壁を広げようとする。
正面を守っていた魔力が揺れた。左がさらに手薄になる。
リシアは炎を細く絞り、左脇へ曲げた。
動きに気が付いたザルクが慌てて魔力を左に集中させようとする。
防壁が完成するより早く、炎がザルクを捉えた。
魔族の身体が、崩れた柱へ叩きつけられる。
レオンの視界が暗くなった。
【魔力残量:僅少】
膝が崩れる。リシアがすぐそばへ戻り、片腕で身体を支えた。
「休んでなさい」
「すみません」
柱の下で、ザルクが動いた。
右腕を床につき、身体を起こそうとしている。だが、防壁はもう形を保てていなかった。
リシアはレオンを石壁の陰へ座らせ、杖を向けた。
ザルクの足元から炎の輪が立ち上がる。
「終わりよ」
ザルクは逃げ道を探すように周囲を見たあと、レオンへ目を戻した。
「お前は、あの勇者の――」
右腕に黒い光が灯った。
リシアの術が、それより早くザルクを包んだ。
炎が消えたあと、ザルクは二度と立ち上がらなかった。
◇
リシアはしばらくザルクの反応を確かめていた。
やがて杖を下ろし、レオンのそばへ戻る。
「立てる?」
「少し休めば……」
「村へ戻ってから休みましょう。肩につかまって」
レオンは頷き、リシアに支えられて立ち上がった。
丘を上り始めたところで、村の方から鐘が聞こえた。
決まった間隔で、三度。
戦闘の終わりを知らせる合図だった。
「エドガーたちも、終わったようね」
リシアの声から、ようやく張り詰めたものが消えた。
村の広場では、護衛たちが壊れた土の壁を片づけていた。
片角の魔族は、エドガーと護衛たちに倒されていた。顔を布で覆った魔族は、ヴァルクの防壁で逃げ道を塞がれ、ガルドの矢で腕を傷つけられたあと、拘束されている。
ヴァルクがその傍らで、封じた魔力に異変がないか確かめていた。
エドガーは二人を見るなり駆け寄った。
「無事だったか! ザルクは?」
「倒したわ」
リシアが答える。
「レオンと一緒に」
エドガーはレオンの顔を見て、苦笑した。
「その顔は、また魔力を使い切ったな」
「ギリギリ持ちましたよ」
言い終わったところで、レオンの膝が折れた。
エドガーとリシアが左右から支える。
「説得力がないぞ」
エドガーは呆れたように息をつき、レオンを近くの腰掛けへ座らせた。
広場の向こうでは、南側へ避難していた村人たちが戻り始めている。
マーヤがレオンを見つけ、急ぎ足でこちらへ向かった。
レオンは無意識に頭を押さえた。
エドガーがその仕草を見て、苦笑する。
「今日は、まず休ませてもらえ」
マーヤはレオンの前へ膝をつき、顔や腕に傷がないか確かめた。その手が少し震えているのを見て、レオンは目を伏せた。
「……ただいま」
「お帰りなさい」
マーヤは短く答え、レオンの肩を抱いた。
家々からは、無事を確かめ合う声が聞こえている。
レオンは母の肩越しに、西の丘を見た。
ザルクは、あの遺跡を知っていた。
そして、自分の力を百年前の勇者と重ねていた。
*お前は、あの勇者の――。*
レオンは瞼を閉じた。
今は眠りたかった。
遺跡へ戻って確かめるのは、身体が回復してからだ。




