第14話 村を出る日
ザルクたち魔族との戦いから、一カ月が過ぎた。
エドガーたちは村の北側を繰り返し調べた。オークがいた谷、壊滅した集落、森の奥の獣道。レオンも何度か同行し、魔力の反応を確かめた。
新たな強い反応は見つからなかった。
「この周辺に、差し迫った脅威はないと判断する」
村長の家でエドガーがそう告げると、ダレンはようやく深く息を吐いた。
王都の調査隊は、翌朝引き上げることになった。
◇
その一カ月、レオンは調査のない日に、リシアとヴァルクから魔法を習った。
「火はもう扱えるわね。次は、放つ前にとどめる練習よ」
リシアはレオンの指先を見た。
「術を使わない練習ですか?」
「そう。力を出せる人ほど、それが大事なの。川をせき止めて池を作るところを想像して。魔力を一点に集めたまま、保ってみて」
なるほど。力をためておく練習か。
言われた通りに試すと、指先が熱くなった。慌てて火を出そうとして、リシアに止められる。
「放たずに戻すの。焦らなくていいわ」
《発火》だけでなく、小さな水の流れや明かりを作る基礎も習った。以前は井戸を見つめても一滴も動かなかった水が、ようやく掌の上で揺れた。
「セラに見せたら喜ぶかな」
「井戸の当番が増えるんじゃない?」
その可能性は高かった。
剣は、エドガーと護衛たちに教わった。
最初の数日、レオンは木剣を持った護衛から一本も取れなかった。身体能力強化を使っても、踏み込みを読まれ、足を払われる。
「速くても、当たらなければ意味がないぞ」
エドガーは倒れたレオンへ手を差し出した。
「相手を見る力はある。次は、自分の身体を狙った場所へ正しく運ぶ練習だ」
見えることと、動けることは違う。
レオンは木剣を握り直し、もう一度護衛の前に立った。
◇
調査隊が出発する朝、リシアは基礎術式を書いた薄い冊子をレオンへ渡した。
「一日に全部試さないこと」
「顔に書いてありました?」
「この一カ月で分かったわ」
ヴァルクは、魔力の使用記録を続けるよう勧めた。エドガーは最後に一度、レオンの剣の握り方を直してから馬に乗った。
「また王都で会うこともあるだろう」
「観光に行くには、少し遠いですね」
「観光以外でも来られる」
エドガーはそれ以上言わず、調査隊を率いて村を離れた。
レオンは、馬と荷車が見えなくなるまで見送っていた。
◇
平穏な日々が戻った。
壊れた井戸と北門は修理され、麦畑は季節が巡るたびに色を変えた。森へ入るときには見張りをつける決まりが残ったが、子供たちは再び村の外れで遊ぶようになった。
レオンは朝に走り、昼は畑を手伝い、夕方にはガルドと剣や足運びを練習した。セラとは魔法を試し、ときどき二人で井戸の当番をした。
「ようやく水を動かせるようになったのに、結局、桶は運ぶんだね」
レオンが言うと、セラは当然という顔をした。
「魔法で水を入れても、桶は家まで歩かないもの」
もっともな話だった。
《身体能力強化》を長く使えば、今でも翌朝に筋肉が痛んだ。《魔力強化》も使いすぎると、頭と全身が重くなる。
レオンは使用時間を記録し、限界を越えない範囲で少しずつ負荷を増やした。疲れが残っている日は休み、回復してから再び鍛える。
基本的な火、水、明かりの術を使えるようになり、剣を握る手にも迷いが減っていった。
そうして、二年が過ぎた。
十七歳になったレオンは、村で一番の戦士と呼ばれるようになっていた。
最初にそう言ったのは、剣の稽古で負けたガルドの弟子だった。村人たちも面白がって使い始め、いつの間にか定着した。
「村一番って、村の外でどれくらい通じるんだろう」
レオンが尋ねると、ガルドは肩をすくめた。
「村の外へ出れば分かるさ」
その言葉は、レオンの心に残った。
◇
王都から使者が来たのは、秋の収穫が終わった頃だった。
ダレン宛ての封書には、王都の紋章が押されていた。
「最近、魔族が各地で勢力を盛り返しているそうだ」
村長の家で、ダレンは封書を読み上げた。
王都では各地から戦士を募り、選抜試験を行う。合格すれば王直属の部隊へ採用され、定期的な給料と住む場所が与えられるという。
「お前の名が、候補として挙げられている」
「僕の名前?」
封書に推薦者の名はなかった。
だが、王都でレオンの戦いを知り、魔力の観測や剣の訓練を見た者は多くない。エドガーたちの誰かが推薦したのかもしれなかった。
「安定した地位と給料……」
レオンは思わず、その部分をもう一度見た。
前世の癖で、条件を確認したくなる。給料の額、危険な任務の手当、休暇、途中で辞められるかどうか。
「そこに目が行くのね」
隣でマーヤが苦笑した。
「大事だよ。王都で暮らすなら」
「もちろん大事よ」
マーヤは笑みを消し、封書へ目を落とした。
「でも、魔族と戦う仕事でしょう」
レオンは頷いた。
ザルクとの戦いを忘れたことはない。兵士になれば、あのときより危険な相手に出会うかもしれない。
一方で、魔族の勢力が再び広がっているなら、アルネ村だけを守っていても、いずれ同じことが起こりかねなかった。
「まず、試験を受けてくる」
レオンは言った。
「合格できたら、条件も任務も詳しく聞く。その上で決めたい」
ダレンは封書を置いた。
「王都までの道は、村の畑道とは違うぞ」
「街道を行くんでしょう。道に迷わなければ大丈夫だよ」
「道の話だけではない。着いてからも、お前の知らんことばかりじゃ」
ダレンはレオンをまっすぐ見た。
「採用試験は簡単ではない。受かったとしても、任務は危険と隣り合わせじゃ。命を落とすこともある」
レオンは黙って聞いた。
それでも、試験を受けたいという気持ちは変わらなかった。
そばで封書をのぞいていたガルドが、低く呟いた。
「ドーン・ホークか。この村から試験を受けるのは、三十年ぶりだな」
「三十年ぶり?」
レオンは顔を上げた。
「この村にも、受けた人がいるの?」
ガルドはダレンへ目を向けた。
ダレンは少しばつが悪そうに、封書の端を指で押さえた。
「……わしじゃよ」
「おじいちゃんが?」
「落ちたがな」
意外だった。
レオンはダレンの顔を見た。厳しい目つきも、曲がらない背筋も、今は別の意味を持って見える。
「今回の募集は、一般の兵士とは違う」
ダレンは封書にある部隊名を示した。
「王直属の特殊部隊じゃ。調査部隊と戦闘部隊に分かれ、各地の異変を調べ、魔物の討伐に当たる。王都の門を守る兵とは、役目が違う」
その部隊が、ドーン・ホーク。
《暁の鷹》の名で、人々にも知られている精鋭部隊だった。
レオンも噂を聞いたことはあった。だが、それがエドガーの所属する部隊だとは知らなかった。
「普通は、一般の兵士として経験を積んだ者が推薦される。今回のように広く募集するのは、珍しいことじゃ」
「おじいちゃんも、同じ募集で?」
ダレンは頷いた。
「わしはその試験には落ちた。そのあと、王都の一般兵になった」
二十年勤めたのち、アルネ村の先代の村長が亡くなり、村を継ぐために戻ってきたのだという。
剣を教わったとき、ダレンは構えの小さな乱れまで見逃さなかった。
その理由が、ようやく分かった気がした。
「レオン。お前には特殊な力がある」
ダレンは続けた。
「今すぐには無理でも、鍛えながら何度か挑戦すれば、いずれ受かるかもしれん」
レオンは封書を見つめた。
村の外へ出れば分かる。
ガルドの言葉を思い出す。
「一度で駄目なら、また挑戦するさ」
そう答えると、ダレンはゆっくり頷いた。
◇
出発の日、村の南門には見送りの人々が集まった。
セラは小さな水筒を渡してきた。
「魔法で水を入れてある。飲み終わったら、自分で補充してね」
「さすがに、水筒が勝手に満たされるとは思ってないよ」
セラは笑った。
ガルドは、使い込んだ短剣を渡した。
「剣が使えなくなったときのためだ。手入れは自分でしろ」
「ありがとう」
レオンは鞘を確かめ、腰の帯へ差した。
ダレンは長い説教をしなかった。ただ、レオンの肩を強く握った。
「困ったら手紙を出せ。帰る道も忘れるな」
「うん」
最後にマーヤが、荷物の紐を結び直した。
「怪我をしないで、とはもう言わないわ」
「うん」
「怪我をしたら、ちゃんと治して。隠さないで。食事も抜かないこと」
「分かった」
「あと、寝る前に――」
「母さん。全部覚えるから、続きは少しずつ手紙に書いて」
マーヤは笑って、レオンを抱きしめた。
レオンも、その背に腕を回した。
身体を離してから、村の家々を振り返る。
ここで目を覚ました頃は、自分がどこにいるのかさえ分からなかった。
今は、井戸の石の欠けた場所も、ガルドが森の見張り小屋に秘密の日記を隠していることも知っている。
日記については、本人には黙っておいた。
前世で培った判断力だけでは、切り抜けられなかったことがある。この世界で出会った人たちに助けられ、教わり、ようやくここまで来た。
王都では、今の自分の力がどれほど通用するのだろう。
レオンは荷物を背負い直した。
見送る声に手を振り、村の外へ続く街道に踏み出した。
ここまで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m。これから少し物語を膨らませたいと思っています。広い世界でレオンをどう活躍させるか。私自身が楽しみにしています。




