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第6話 解放された力

足元の文字が、石の溝に沿って広がった。


レオンは中央の石から手を離さず、声を待った。


『北の森で、強い魔力の発生を確認しました』


「北の集落を襲った魔物か?」


『同一の存在かどうかは確認できません。ただし、強い魔物が森に居着いた可能性があります』


淡い光の中に、北の森の輪郭が浮かんだ。中心近くに暗い染みがある。その周りには、小さな点がいくつも散らばっていた。


『強い魔力の影響で、周辺の魔物の活動が活発になっています。ゴブリンの移動も、その影響によるものと推定されます』


「村を襲った五匹も、森の奥から押し出されたのか」


『可能性は高いです』


レオンは暗い染みを見つめた。


先週、視界から反応が消えたとき、脅威がなくなったわけではなかった。自分には見えないほど森の奥へ移っただけかもしれない。


「王都の調査隊が北の集落を見つけた。家が壊されて、生き残った人は見つかっていない」


『情報を受け取りました』


「アルネ村が襲われたら、守れるか?」


光の中に、村の位置が示される。森から村まではかなり近い。


『現在の村の戦力では、北の森にいる魔物に勝利する可能性は低いと推測されます』


予想していた答えだった。それでも、はっきり告げられると息が詰まる。


「王都の調査隊がいる」


『その戦力を含めても、相手の詳細が不明なため、勝利できるかはわかりません』


レオンは石を握りしめた。


「どうすればいい?」


少し間を置いて、声が答える。


『より強い戦力が必要です。身体能力強化のスキルを解放しますか』


レオンは顔を上げた。


「そんな力があるなら、どうして最初から教えなかった?」


『あなたの身体が使用に耐えられるか、確認できていませんでした』


「今は確認できたのか」


『短時間の使用は可能と推定します。安全性は保証できません』


レオンはすぐには答えなかった。


この一週間、自分の力を試してきた。魔力が見える。危険が迫れば分かる。だが、ゴブリンに追われたとき、分かったところで足は速くならなかった。


「何ができるようになる?」


『あなたの魔力を使い、一定時間、筋力と反応速度を高めます。常人の数倍の身体能力を得られます』


「どのくらい続く?」


『使用する魔力量と身体への負荷によって変わります。現在のあなたなら、長時間の維持は危険です』


「使い終わったら?」


『疲労、筋肉の損傷、場合により意識の喪失が起きる可能性があります』


レオンは目を閉じた。


強い力を得られる。しかし、その代償は正確にはわからない。使う場面を間違えれば、村を守る前に自分が倒れる。


それでも、選べる手段は増やしておきたかった。


「解放して」


『承認しました』


右手首の銀色の線が熱を帯びた。


【スキル解放:身体能力強化】

【魔力を消費して身体能力を一時的に向上】

【警告:負荷は使用時間に応じて増大します】


光が消える。


レオンは石から手を離し、指を開いたり閉じたりした。身体は普段と変わらない。力を使う方法だけが、頭の中に残っている。


そのとき、丘の向こうから鐘の音が聞こえた。


一回。二回。三回。


村への襲撃を知らせる鐘だった。


◇


レオンは遺跡を飛び出した。


丘を下る途中、村の方角に土煙が見える。鐘は鳴り続けていた。


「身体能力強化」


小さく口にすると、右手首の線が光った。


足元の石が、急に近く感じられる。一歩踏み出すだけで、身体が予想以上に前へ進んだ。


レオンは慌てて速度を落とす。


ちょ、、ちょっと、速すぎない!?


地面に凹凸があり、足を置く場所を間違えれば、この速さのまま転ぶ。


やばいなこれ。力の制御が難しい。


レオンは見慣れた畑道だけを選び、村へ急いだ。


広場に近づくと、激しい音が聞こえた。


荷車が倒れ、柵の板が折れている。逃げる村人の向こうに、大きな影があった。


灰色がかった肌。人間より頭二つ分高い身体。太い腕には、木の幹を削ったような棍棒を握っている。


オークだ。


少年レオンが聞いた話では、この村に現れたのは数十年前が最後だった。そのときは近隣の村も被害を受け、王都から兵が来るまで人々は家から外に出られなかったという。


「レオン、下がれ!」


ダレンが叫んだ。


オークの前には、ガルドと調査隊の剣士が立っている。セラは倒れた村人を助け起こしていた。


エドガーが細身の剣でオークの腕を切る。傷はついたが浅い。オークが棍棒を振ると、エドガーは跳び退き、背後の柵が砕けた。


【対象:オーク】

【脅威:高】

【次の動作:左前方へ打撃】

【確度:中】


レオンの視界に文字が浮かぶ。


ガルドがいる位置だ。


「ガルドさん、左から来る!」


ガルドは身を伏せた。頭上を棍棒が通り、背後の荷車に食い込む。


オークが棍棒を引き抜こうとした瞬間、レオンは走った。


普通なら間に合わない距離だった。


今は違う。


レオンはガルドの襟をつかみ、荷車の陰まで引きずった。


「お前、今のは……」


「後で話すよ」


レオンは息を整えた。丘から村まで力を使い続けたせいで、もう足が重い。


【身体能力強化:魔力残量低下】

【身体への負荷:増大】


ここで止めれば、まだ動ける。


そう思った直後、オークが荷車から棍棒を引き抜いた。視線の先には、セラと、彼女が支えている村人がいる。


「セラ、伏せて!」


彼女が村人を抱えてしゃがむ。


レオンは再び力を使い、オークへ向かった。


正面から倒すつもりはない。自分の腕力が何倍になろうと、あの棍棒を受け止めれば骨が折れる。


【次の動作:右腕による横殴り】

【確度:高】


レオンは踏み込む直前で進路を変え、オークの脇を抜けた。棍棒が空を切る。


「今だ!」


エドガーの合図で、調査隊の魔法使いが地面へ術を放つ。オークの足元の土が盛り上がり、片脚を取った。


ガルドの矢が首元に刺さる。


オークはなおも暴れた。盛り上がった土を蹴り崩し、魔法使いへ向き直る。


レオンの視界に、別の表示が出た。


【対象:オーク】

【左脚:踏み込み時に体重が集中】

【確度:高】


「左脚を狙って! 体重が乗る!」


エドガーが動く。オークが踏み込んだ瞬間、その脚を剣で切った。


巨体が傾く。


ガルドの二射目が飛び、調査隊のもう一人の剣士が背後から迫る。


レオンも助けに向かおうとした。しかし、脚に力が入らない。


視界の文字が揺れる。


【魔力残量:僅少】

【身体能力強化の継続は危険】


それでもオークは立ち上がろうとしていた。


レオンは地面に落ちた縄を拾った。折れた柵に結びついていたものだ。走り込んでオークの身体へ巻きつける力は、もう残っていない。


「エドガーさん! 縄!」


レオンが投げた端をエドガーが受け取り、オークの腕に掛ける。反対側をガルドたちが引いた。


オークの身体が一瞬止まる。


その隙に、魔法使いの術が胸元を打った。


巨体は地面に倒れ、ようやく動かなくなった。


◇


「レオン!」


マーヤの声が聞こえた。


返事をしようとして、レオンは膝をついた。全身が熱く、太腿が震えている。息を吸っても、胸の奥まで空気が入らない。


マーヤが駆け寄り、肩を支えた。


「また無茶をして」


「……村は?」


「みんな避難できたわ。怪我人はいるけど、治療師が診てる」


レオンは頷いた。


ガルドとエドガーが倒れたオークを調べている。ダレンは壊れた柵の前で、村人たちに次の見張りを指示していた。


数十年現れなかったオークが、村へ来た。


北の集落のこともある。魔物の活動が明らかに活発になっている。


エドガーがレオンの前へ来た。


「君の速さと読みはいったい、、」


レオンは答えようとしたが、口を開く前に視界が暗くなった。


最後に見えたのは、右手首に残る銀色の線だった。


【身体能力強化:解除】


マーヤの腕の中で、レオンの意識が途切れた。


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