第5話 見えるだけの力
王都の調査隊が来るまでの一週間、レオンは毎日、村を歩き回った。
ダレンからは「森へ入るな」と言われている。マーヤからは「傷が痛んだらすぐ帰るように」と言われた。二人とも、レオンが家でおとなしくしているとは思っていないらしい。
レオン自身も、そのつもりはなかった。
古代遺跡で得た力について、まだ分からないことが多すぎる。
◇
最初に試したのは、セラの水魔法だった。
「桶に水を入れるだけでいいの?」
「うん。いつも通りにやって」
井戸のそばで、セラが空の桶へ手を向ける。
その瞬間、レオンの視界に細い光の筋が現れた。セラの指先から井戸の中へ伸び、水が動き始めるよりわずかに早く、桶へ向かって曲がる。
【魔力の使用を確認】
【作用対象:水】
「あ、今、見えた」
「何が?」
セラは水を止めた。光の筋も消える。
「魔法を使う前に、力がどっちへ向かうか」
「私の手を見てたからじゃない?」
「もう一度やって。今度は俺は反対を向いてる」
背中を向けても、視界の端に光は現れた。だが、セラがいつ魔法を使うか分かっていれば、合図を待っていたのと変わらない。
レオンは時間を決めずに何度か試してもらった。セラが水を動かしたときには光が見えた。一方、セラが術を使うふりだけをしたときには、何も見えなかった。
「当てたね」
セラは桶をのぞき込んだ。
「でも、これができて何になるの?」
「まだ分からない」
レオンは正直に答えた。
◇
翌日は、ガルドに弓の練習を見せてもらった。
村の外れに置かれた的へ、ガルドが矢を放つ。レオンには弓も矢も、普段と変わらず見えた。
「何も出ないな」
「俺は魔法を使ってないからな」
ガルドが二本目の矢をつがえる。
「その力は魔力だけを見ているのかもしれん」
「そうかも」
ガルドは狙いを定めたまま、少しずつ弓を動かした。レオンが的の近くに立っても、文字は浮かばない。
だが、ガルドが弓をレオンの方へ向けた瞬間、視界が変わった。
【対象:ガルド】
【次の動作:矢を放つ可能性】
【危険度:高】
「待って!」
ガルドはすぐに弓を下ろした。
「本当に撃つつもりはなかったぞ」
「分かってる。でも、僕に向いた途端に見えた」
レオンが的の脇へ戻ると、表示は消えた。
どうやらこの力は、周りで起きることを何でも教えるわけではない。少なくとも相手の動きについては、レオン自身に影響が及ぶときに反応するようだ。
ガルドに頼んで、弓を引くふりも試してみた。そのときは【危険度:低】と出た。
「便利そうだな」
「そうでもないよ」
レオンは自分の手を見た。
表示が出てからガルドを止められたのは、矢を放たないと知っていたからだ。あの距離で本当に撃たれていたら、見えても避けられなかっただろう。
◇
三日目には、強さの違いも少しずつ分かってきた。
セラが水魔法を使うと、光は細く穏やかに流れる。村の治療師が傷を癒やす術を使うと、光は小さいが、中心の密度が高いように見えた。
【魔力の強さ:中】
【確度:低】
数字は出ない。「中」がどの程度なのかも、まだ分からない。
ガルドを見ると、魔力の表示はほとんどない。それでも、近くに立って向き合えば、先日のゴブリンよりずっと手ごわいと感じた。
【対象の脅威:中】
【確度:低】
相手の強さは魔力だけで決まらない。武器を扱う腕や、その場の距離も関係するらしい。
レオンは気づいたことを紙に書き留めた。
何が見えたか。いつ見えたか。外れたことはないか。
前世で顧客に見せていた資料とは違い、ここにあるのは自分だけの記録だった。それでも、思い込みで判断するよりはましだ。
一週間が終わる頃、分かったことは三つある。
魔力が使われる瞬間は見える。自分に影響する相手の動きは、少し早く察知できる。魔力や相手の強さも、大まかには感じ取れる。
そして、もう一つ。
レオン自身は何も強くなっていない。
走れば息が切れる。ガルドから借りた弓は満足に引けない。セラをまねて水に手をかざしても、一滴も動かなかった。
見えるだけの力だ。
使い道を間違えれば、かえって危険になる。
◇
一週間後、王都の調査隊が村へ到着した。
エドガーのほかに、剣を持つ者が二人、魔法使いらしい女性が一人。村からはガルドを含む三人が同行することになった。レオンの名は、最後まで候補に入らなかった。
調査隊は北の森へ入り、二日間、村へ戻らなかった。
三日目の夕方、見張り台から馬の姿が見えた。
帰ってきた者たちの顔を見て、レオンは少し安心した。誰も負傷していないようだ。
ガルドは馬を降りると、まっすぐダレンのもとへ向かった。
広場で報告が始まる。
「北側の集落が壊滅していた」
エドガーの言葉に、村人たちが息をのんだ。
アルネ村から森を越えた先に、小さな集落がある。物の行き来は多くないが、ガルドはそこの猟師を知っていた。
「家屋は破壊され、生存者は見つかっていない。避難した者がいるか、引き続き確認する」
「ゴブリンがやったのか」
ダレンが尋ねる。
「その可能性は低い」
エドガーは地面に枝で線を引き、見つけた跡の形を示した。
「建物の梁が折られていた。ゴブリンだけで、あれほどの力を出したとは考えにくい。別の、もっと強い魔物が動いている可能性が高い」
レオンは森の方を見た。
一週間前に消えた反応。あれが何だったのか、今も分からない。
「古代遺跡は?」
レオンが尋ねると、エドガーは彼を見た。
「調べた。石壁も床も確認したが、特別な魔力反応はない。今のところ、魔物との関係を示すものも見つかっていない」
レオンは黙っていた。
自分が立った場所で、石は光り、声が聞こえた。だが調査隊には何も見つけられなかったという。
「調査を終えるのか?」
ダレンが聞く。
「いや。しばらくアルネ村を拠点にする。集落で見つけた痕跡を追うため、森を継続して調べたい」
エドガーの視線が村人たちを巡った。
「見張りを増やしてほしい。夜は村の外へ出ないように」
広場に不安が広がる。ダレンはすぐに寝泊まりする場所と食料の手配を始めた。
レオンはその場を離れ、家へ向かった。
◇
マーヤには、丘へ行くことを伝えた。
「今から?」
「日が落ちる前には戻る」
「調査隊が遺跡には何もなかったと言ったでしょう」
「僕には、確かに声が聞こえたんだ」
マーヤは黙ってレオンを見つめた。
レオンは続ける。
「北の集落で何が起きたか、村でも起きるのか、僕には分からない。だから聞きに行きたい」
「答えてくれるの?」
「分からない。でも、聞ける相手がいる」
マーヤは迷った末に、厚手の上着を持ってきた。
「これを着て。帰りが遅くなったら、おじいちゃんに探しに行ってもらうから」
「分かった」
レオンは上着を受け取り、丘への道を歩いた。
何も見つからなかったという調査隊の報告が、頭を離れない。自分にだけ見えるものなのか。それとも、声の主が姿を隠したのか。
遺跡の石柱が見えてきた。
レオンは中央の石へ進み、手を置いた。
「聞こえるか、世界の声」
風が止んだ。
しばらくして、頭の中に静かな声が響く。
『聞こえています』
「北の集落が魔物に壊滅させられた。次はこの村かもしれない」
レオンは石に触れたまま尋ねた。
「村を守るには、どうすればいい?」
長い沈黙があった。
やがて、足元の文字が淡く光り始めた。




