第4話 消えた反応と王都の使者
翌朝、レオンは目を覚ますと、すぐに窓の外へ目を向けた。
夜の間、何度も確認していた魔力の反応は、どこにも見えなかった。
【北の森:魔力反応なし】
昨日まで視界の端に浮かんでいた光の筋も消えている。
「消えた……?」
レオンはベッドから起き上がり、窓を開けた。
朝の空気は冷たく、村はいつも通りの静けさを取り戻している。だが、北の森だけは妙に不気味だった。
ゴブリンたちが逃げ込んだ森。その奥には、まだ何かがいるかもしれない。
反応が消えた理由を確かめるには、古代遺跡へ戻るしかなかった。
声の主が何者なのか。
なぜ自分にだけ、あの文字や情報を見せるのか。
レオンは身支度を整え、家を出た。
◇
村の外れまで来たところで、マーヤに見つかった。
「レオン、どこへ行くの?」
「少し、丘の方へ」
「また古代遺跡へ行くつもりでしょう」
レオンは黙った。
マーヤはため息をついた。
「昨日、あれだけ危ない目に遭ったばかりなのに」
「確かめたいことがあるんだ。すぐ戻る」
「おじいちゃんには?」
「帰ってから話す」
マーヤはしばらくレオンを見つめていたが、やがて小さく首を振った。
「無茶はしないで」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
レオンはそう答え、丘へ続く道を歩き始めた。
昨日の戦いで体はまだ重かった。傷も完全には治っていない。それでも、遺跡へ向かう足を止めることはできなかった。
◇
丘を越え、崖の下へ降りる。
古代遺跡は、昨日と変わらない姿でそこにあった。
崩れた石壁。苔に覆われた床。半分だけ残った柱。
レオンは遺跡の中央まで進み、周囲を見回した。
【魔力反応:なし】
やはり、何も感じない。
「いるんだろう?」
レオンは声を上げた。
返事はなかった。
「昨日、僕に話しかけた声だ。聞こえているなら答えてほしい」
風が吹き抜け、崩れた石の隙間で音を立てた。
レオンは遺跡の奥へ進んだ。昨日、声を聞いた場所には、床に薄い光の跡が残っている。
彼が近づくと、光がわずかに揺れた。
【接触可能な情報領域を確認】
【応答を開始します】
「やっぱり、いるんだな」
【存在の確認はできません】
「できないんじゃない。答えたくないだけだろ」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、頭の中にあの声が響く。
『あなたが求める答えは、まだ定義されていません』
「意味が分からない」
『私は、あなたが理解できる形でしか情報を伝えられません』
「じゃあ、あなたは何なんだ?」
『私は、ここに残された機能の一部です』
「誰が残した?」
『記録されていません』
「人間なのか? 魔物なのか? それとも、遺跡そのものなのか?」
声は答えなかった。
レオンは拳を握った。
「昨日、北の森に魔力を持った何かがいた。あれは、あなたと関係があるのか?」
『関連性を確認できません』
「本当に?」
『確認できる情報が不足しています』
「なら、あなたは何を知っている?」
『あなたが見たもの。あなたが触れたもの。あなたが理解したもの』
「それだけか」
『それ以上を、私は明確に定義できません』
レオンは苛立ちを覚えた。
声の主は、何かを知っている。だが、意図的に隠しているのか、それとも本当に知らないのかが分からない。
「僕をここへ呼んだのは、あなたじゃないのか?」
『呼んだ、という表現は正確ではありません』
「じゃあ、なぜ僕はここにいる?」
『あなたが来たからです』
「……答えになってない」
『質問の定義が不十分です』
レオンは深く息を吐いた。
何を聞いても、曖昧な答えしか返ってこない。
「あなたに名前はあるのか?」
『過去の名称は存在します』
「教えてくれ」
『私は「世界の声」と呼ばれていました』
「世界の声、おまえは何者なんだ?」
『私は、ここに残された機能の一部です』
振り出しに戻る。
レオンはしばらく沈黙した。
「どうやったら情報を増やせる?」
『情報は、あなたの行動によって増加します』
「僕が動けば、あなたの正体も分かるのか?」
『可能性があります』
「可能性だけか」
『確定した情報ではありません』
レオンはしばらく黙っていた。
声の主は、明確な正体を明かすつもりがないらしい。問い詰めても、これ以上の答えは得られない。
「分かった。今日は諦める」
『了解しました』
「でも、また来る」
『予測されます』
レオンは振り返り、遺跡の出口へ向かった。
背中に視線を感じた気がしたが、振り返っても何も見えなかった。
◇
村へ戻る頃には、昼を過ぎていた。
村の入り口には、見慣れない馬車が止まっている。
王都の紋章が描かれた旗が、風に揺れていた。
「王都から?」
レオンが近づくと、広場に村人たちが集まっていた。
その中心には、濃紺の外套を着た男が立っている。腰には細身の剣を差し、胸元には王都の紋章が刻まれていた。
ダレンもその男と向かい合っている。
「おじいちゃん、何があったの?」
「戻ったか、レオン」
ダレンは険しい顔をしていた。
「こちらはアリティア王国の王都から来られた使者だ」
男が一歩前へ出た。
「王都調査局所属、エドガー・リースだ。アルネ村の代表者で間違いないか?」
「私が村長だ」
ダレンが答える。
エドガーは懐から封書を取り出した。
「最近、この周辺で魔物の動きが活発になっている。複数の村から、魔物の目撃情報と家畜の被害が報告された」
広場の空気が重くなる。
「王都では、周辺地域の調査を行うことが決定した。アルネ村の近くも調査対象に含まれている」
エドガーは村人たちを見回した。
「調査には、土地に詳しい者の協力が必要になる。村から三人、同行する者を決めておいてほしい」
レオンは一歩前へ出た。
「僕も同行します」
ダレンがすぐに振り返った。
「駄目だ」
「でも、僕は北の森のことを知っています。昨日も魔物の動きを――」
「駄目だと言った」
ダレンの声は低かった。
レオンは言葉を止めた。
エドガーが興味深そうにレオンを見る。
「君が昨日の襲撃を知らせた少年か?」
「はい」
「なら、調査に向いているかもしれない」
「この子はまだ怪我が治っていない」
ダレンが遮った。
「それに、調査に村の子どもを参加させるつもりはない」
「十五歳なら、子どもとは言い切れないが」
「私にとっては孫だ」
ダレンの言葉に、エドガーは少しだけ目を細めた。
「分かった。村長の判断を尊重しよう」
レオンは悔しさを抑えながら、拳を握った。
「おじいちゃん、僕は――」
「レオン。今は黙っていなさい」
その声には、有無を言わさない重さがあった。
エドガーは封書をしまった。
「来週、調査隊が再び訪れる。その時までに、同行する三人を決めておいてほしい」
「調査の範囲は?」
ダレンが尋ねる。
「魔物の出現地点、古い遺跡、魔力反応の報告があった場所だ。必要なら森の奥まで入る」
レオンの胸が跳ねた。
古代遺跡。
エドガーはそれ以上詳しく説明せず、馬車へ戻った。
「では、来週また来る」
王都の使者を乗せた馬車が村を出ていく。
広場に残った村人たちは、しばらく誰も口を開かなかった。
◇
使者が去ったあと、ダレンはレオンを村長の家へ連れていった。
「なぜ同行を申し出た」
「遺跡を調べるなら、僕が案内できる」
「村人ならだれでもできるさ」
ダレンは椅子に座り、疲れたように息を吐いた。
「昨日の襲撃で、お前がどのような役割を果たしたかは知っている。村を助けたのはお前だよ、レオン。だが、それと調査隊に同行することは別だ」
「僕は役に立てる」
「役に立つかどうかの問題ではない」
ダレンはレオンをまっすぐ見た。
「お前は、自分が何に関わろうとしているのか分かっていない」
レオンは反論できなかった。
古代遺跡の声。消えた魔力反応。森へ逃げたゴブリン。そして、王都が動き始めた理由。
確かに、何も分かっていない。
「来週までに、村から三人を決める」
ダレンは続けた。
「お前はその中に入れない」
「……分かった」
レオンはそう答えたが、納得したわけではなかった。
窓の外へ目を向ける。
北の森は、昼の光の中でも暗く見えた。
視界の端には、何の文字も浮かんでいない。
魔力の反応は消えている。
だが、消えたからといって、なくなったとは限らない。
来週、王都の調査隊が村へ来る。
その時、俺はただ待っているだけでいいのか、、。
ここまで読んでいただきありがとうございます。思いつくままに書いていますので変な方向に行くかもしれませんが、ご容赦ください。頑張ります。




