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第41話 地下遺跡の調査

ソフィアは、ドーガンが用意した魔導電話でアルベリック王へ連絡した。


机の上には、検査結果と、地下で写した扉の紋様を並べている。


「坑道の奥に、大きな空洞がありました。内部には石像の残骸と柱の並ぶ廊下があり、その先に、強力な封印を施された扉があります」


『魔族の施設か?』


「少なくとも、扉の術式は、これまで調べた古代遺跡と共通しています。黒い魔鉱石は、そこに保管されていたものが、崩落によって坑道側へ移動した可能性があります」


ソフィアは手帳へ目を落とした。


「今回調べた範囲に、活動している強大な魔族の気配はありませんでした。ただし、封印の内側までは確認できていません」


『そうか。ご苦労であった』


王の声が、少し和らいだ。


『その魔鉱石は、二千年前の魔王が残したものと考えられるのだな』


「持ち主までは分かりません。ただ、魔王に匹敵する魔力を取り込んだ可能性は高いと思います」


『そんなに長く、魔力を保てるものなのか?』


「石の質と、蓄えられた魔力の状態によります。条件がよければ、数千年たっても大きく失われないことはあります」


ソフィアは、保護カバーの中の黒い石を思い浮かべた。


古い魔鉱石を見るのは、初めてではない。


五百年前の大戦の頃にも、それよりはるか昔に作られた品を扱ったことがあった。


だが、今回の石は、当時見たものとも性質が違っていた。


『それで、扉の奥を調べるつもりか』


「はい。ご許可いただければ、すぐにでも」


『待て。調査隊を送る』


ソフィアは、受話器を持ち直した。


「ここまで応援を待つとなると、馬車では二カ月近くかかります」


『飛行船を使う。高速船なら、飛行だけで二日ほどだ。準備が整い次第、出発させよう』


「飛行船を?」


『このために整備した船ではないが、こういうときにも使わねばな。魔導書や装備が見つかれば、記録と回収に人手が要る。調査の指揮は、お前に任せる』


ソフィアは扉の写しを見た。


数日。


それくらいなら、待つべきだろう。


「分かりました。到着までは、封印を動かさない範囲で調べておきます」


『それでよい。それと、ロドリゲス王にも直接報告してくれ。こちらからも連絡するが、現地を見た者の話を聞いた方が安心するだろう』


ロドリゲス。


ソフィアは、その名から昔の顔を思い出した。


一度だけ会ったことがある。


四十年ほど前、まだ子供だった彼は、何かにつけて泣いていた。転んで泣き、菓子を落として泣き、玩具のパズルが解けなくて泣いていた。


*人間の成長は早いわね。*


「陛下。報告書はドーガンから送ってもらえます。私は、その間に封印の解析を――」


『遺跡はザナルカンドの領内にある。調査隊を入れる許可も、先に得ておく必要があるだろう』


受話器の向こうで、エドガーの笑い声が聞こえた。


ソフィアは諦め、受話器を握ったまま頷いた。


「……承知しました」


◇


翌日、ソフィアはザナルカンドの王都を訪れた。


湖の東岸に広がる街には、朝から多くの人が行き交っていた。


市場には湖で取れた魚が並び、その隣では、店員が葉物や丸い果実を籠から取り出している。通りの向こうには、穀物を積んだ荷車も見えた。


砂と岩に囲まれた土地なのに、食べ物は豊富だった。


街へ入る途中、湖から引かれた水路と、その先に広がる畑を見かけている。水のある場所を選び、長い年月をかけて耕地を増やしてきたのだろう。


店先には、色鮮やかな布が飾られていた。


子供たちが細い棒へ花を結びつけ、広場へ運んでいる。


ソフィアは少しだけ歩調を緩めた。


何かを焼く、香ばしい匂いが漂ってくる。


*帰りに、寄れるかしら。*


◇


王宮は、白い石を積んだ大きな建物だった。


窓辺を青い布が飾り、中庭の噴水が、乾いた風の中へ水音を響かせている。


東一の都市と呼ばれるだけあって、王宮の規模も壮大だった。


案内された部屋で待っていると、ロドリゲス王が現れた。


黒髪の長身で、こめかみには白髪が混じっている。立派な髭を蓄え、藍色の衣服には銀糸の刺繍が施されていた。


泣いていた子供の面影は、どこにもない。


「よく来てくださった、ソフィア殿。このたびの調査、感謝の念に堪えん」


落ち着いた低い声だった。


「ご面会いただき、ありがとうございます。調査結果をご報告いたします」


ソフィアは黒い魔鉱石の性質と、坑道の奥で見つかった遺跡について説明した。


ロドリゲスは検査結果へ目を通し、尋ねた。


「魔鉱石に蓄えられた魔力は、誰のものだと思う?」


「人物までは特定できません。ただ、蓄えられた魔力の密度と性質から、魔王級の存在が関わった可能性は高いと考えています」


「やはり、そうか。では、その魔王が鉱山にいるのだな?」


「石が見つかったことと、その持ち主が今も鉱山にいることは別です。今回の探索範囲では、そうした存在の気配は捉えていません。ただし、厚い岩盤や強い封印に遮られた場所については、まだ確認が必要です」


ロドリゲスは、少し考え込んでいた。


ソフィアはその様子を見てから、口を開いた。


「地下遺跡の調査を続ける許可をいただけますか。アリティアから応援の調査隊も到着する予定です」


王は顔を上げ、頷いた。


「大陸一の魔法使いと謳われるソフィア殿に調べていただけるとは心強い。ぜひお願いしたい。こちらからも、必要な者を出そう」


「ありがとうございます」


ようやく遺跡へ戻れる。


ソフィアが礼を述べ、席を立とうとすると、王が手を打った。


「そうだ。今夜は収穫祭がある。参加されてはどうかな」


「収穫祭、ですか?」


「湖畔で育てた冬作物の収穫を祝う祭りだ。最上位の貴賓席を用意しよう」


ソフィアの笑顔が固まった。


街を歩き、屋台を眺めるなら楽しそうだった。


しかし貴賓席では、挨拶に来る客へ何度も立ち上がり、同じような会話を繰り返すことになる。


*断ったら外交問題かしら……。*


「……お招きいただき、ありがとうございます」


ソフィアは心の中でため息をついた。


◇


飛行船は、それから二日後の昼前に到着した。


鉱山の麓にある広い荷揚げ場へ近づき、ゆっくりと高度を下げる。


全長は三十メートルほど。乗員を含め、最大二十人が搭乗できる船だった。貨物中心の運航なら、最大十トンまで積めるという。


浮上には、ガスの浮力に加えて魔力を使う。推進にも魔力を用い、最高速度は時速百キロほどだった。


その動力源となるのが、船内に積まれた魔鉱石である。


蓄えられる魔力量は、石の純度や質によって変わる。飛行船には大量の魔力が必要なため、選び抜かれた上質なものが使われていた。


アリティア王都からザナルカンドまでは、およそ二千キロメートル。


この距離を飛ぶために使う魔鉱石は、通常の充魔設備では、充魔に一週間以上を要する。急いで次の運航に出るなら、あらかじめ充魔した石と交換しなければならなかった。


船体から係留索が下ろされる。


地上の作業員が固定し、船が静まると、乗降口が開いた。


◇


アリティアから来た調査隊は十五人だった。


ハロルド、ライゼン、アッカマン。


さらに、アルネ村で魔族と戦ったリシアとヴァルクの姿もある。


期待の新人マディスまでいた。


戦闘の支援には、ラグナとヤンデンが加わっている。ほかにも記録担当の調査員や、測定器を扱う技師たちが続いた。


ソフィアは、降りてくる顔ぶれを眺めた。


「ライゼンさんまで来られるなんて」


「報告を聞いてから、王都でじっとしていられなくてな」


ライゼンが笑う。


ザナルカンド側の調査員と、作業を支援する鉱夫まで含めれば、三十人を超える大部隊になる。


だが、見覚えのある少年の姿はなかった。


「レオンは来られなかったの?」


ソフィアが尋ねると、ライゼンの表情が変わった。


「レオンは任務中に負傷して、今は治療中じゃ。お前が陛下へ連絡したあとに、知らせが届いてな」


ソフィアの顔色が変わる。


「王都の近くの、古代遺跡の任務?」


「そうじゃ。奥に、予想していなかった罠があったようじゃ」


ソフィアも、あの遺跡の魔力を事前に調べていた。


突出して強い反応はなく、比較的安全だと考えていた場所だった。


「状態はどうなの?」


「命に別状はない。骨折と火傷、打撲じゃ。医師の見立てでは、回復まで三週間ほどかかるそうじゃ」


ライゼンは、少し声を和らげた。


「わしが見舞ったときには、話もできた。戻ったら顔を見せてやってくれ。かなり退屈しているようじゃったから」


「分かったわ。でも、レオンがそこまで傷を負うなんて……。遺跡には何があったの?」


「詳しい報告は、宿へ着いてから見せよう。現地は閉鎖し、再調査を待っておる。今はこちらの案件を先に進めるよう、陛下から指示を受けておるのでな」


ソフィアは頷いた。


*こちらが終わったら、あの遺跡も確かめないと。*


◇


一行は軽い昼食を取ったあと、鉱山へ向かった。


地下へ下りる昇降台では、一度に全員を運べない。


人員と荷物を分け、何度かに分けて運ぶことになった。


ゲイルは大忙しだった。


「いつから、うちは観光業になったんだ?」


次の一団が乗り込むのを見ながら、ぼやく。


「あれはアリティア王国の精鋭だ。ミスするなよ」


ドーガンが言った。


「それと、今日は持ってきてねえだろうな?」


「さすがに、こんな日に持ってくる度胸はねえよ」


「それもそうだな」


ドーガンは笑った。


ゲイルは制動レバーを確かめながら、声を落とした。


「そういや、魔鉱石はまだ検査室か?」


「ああ。ダッケンが、近くに置いた測定器で様子を見ている。追加の検査も、ソフィアさんの指示が出るまでは待たせている」


「なんとなくだがよぅ、遺跡より、そっちの方がやばそうな気がするんだよな」


ドーガンは何も言わなかった。


あの小さな石から伝わる圧迫感を、彼も覚えていた。


◇


全員が地下へ下り、持ち込んだ灯りが並べられると、広間の様子が前よりはっきり見えた。


調査員たちは柱や石像の破片を記録し、鉱夫たちは天井と足場を確かめる。


ソフィアたち魔法使いは、奥の扉の前へ集まった。


ライゼンが、紋様へ顔を近づける。


「古代の術式じゃな。これほど複雑なものを、完全な形で見るのは初めてじゃ」


「そうでしょう。表面に見える部分の下に、まだ何層も重なっているの」


ソフィアが、自分で写した図を広げる。


「この時代の術式に詳しい者は、アリティアにもほとんどおらん。じゃが、基礎となる術は共通しておる。一つずつ見ていけば、分かるはずじゃ」


「ええ。焦らず進めましょう」


ソフィアは、後ろに控える隊員たちへ向き直った。


「扉へ魔力を流すのは、こちらで順序を決めてからよ。気づいたことがあれば、触れる前に教えてちょうだい」


ヴァルクが頷き、扉と通路の位置を確かめた。


リシアとマディスは左右へ分かれ、それぞれ異なる層の流れを追い始める。


調査員が記録用紙を広げた。


◇


五時間がたった。


組まれている術式を一つずつ読み解き、そのつながりを記録していく。


ライゼンの言ったとおり、基礎となる術は現代のものと共通していた。


だが、重ねられている数が圧倒的に多い。


一つを解除しようとすれば、別の術式が働いて、その役割を補う。さらに、解除した部分を修復しようとする流れまであった。


力任せに破ろうとすれば、修復へ回される魔力を上回る出力が必要になる。


しかも、どこまで力を加えれば、奥の構造まで壊してしまうのかが分からなかった。


ソフィアは記録用紙へ線を引いた。


*これを組んだ人は、天才ね。私が生きてきた中でも、これほどのものは見たことがない。*


隣では、マディスが額を押さえていた。


リシアも一度目を閉じ、首を回している。


「今日は、一旦引き上げてはどうじゃ」


ライゼンが言った。


「皆、集中力が落ちてきておる」


ソフィアは扉から顔を上げた。


まだ、確かめたい流れがあった。


だが、書き込もうとした線が、すでに記録してあるものだと気づく。


自分も疲れているらしい。


「そうね。今日はここまでにしましょう。続きは明日よ」


一行は道具をまとめ、地上へ戻った。


◇


宿へ戻っても、ソフィアは考え続けていた。


昼間の術式が、頭から離れない。


記録用紙をベッドいっぱいに広げ、順番に眺める。


*なぜ、これだけ複雑にする必要があったのかしら。侵入者を防ぐため?*


ただ閉じておくだけなら、もっと簡単な構造でも、並の魔法使いには解けないはずだった。


これほど手間をかけた理由があるのだろうか。


ソフィアは、黒い魔鉱石の検査結果へ目を移した。


*この封印も、あの石と同じ時代のものなのかしら。*


神話に語られる時代には、今より高度な魔術や科学技術が存在したという。


高性能な魔導兵器も使われていたとされる。


ソフィアは、古い神話を思い出した。


神々がいた時代。


その中から裏切る者が現れ、魔族となり、長い戦争が始まった。


魔族と戦い、その戦争を終わらせたのが、人間たちの間で祖先として語り継がれる勇者だった。


勇者は魔王を倒したあと、自らの力を複数のクリスタルへ分けて封じた。


その封印を、精霊が守っている。


物語は、そう結ばれていた。


*まさかね。ただのおとぎ話のはずだけど。*


ソフィアは、再び記録へ目を戻した。


紙を並べ替える。


扉の右側で見た流れを、左側の記録へ重ねる。


そのとき、手が止まった。


別々の術式だと思っていた三つの流れが、同じ間隔で繰り返されている。


向きは違う。


だが、一つが弱まったときに動くのは、必ず隣の同じ層だった。


*そういうこと……。*


ソフィアは新しい紙を取った。


*互いを補うだけではないのね。こちらが解く順番に合わせて、守り方を変えている。*


一つずつ解こうとすれば、いつまでも隣の術式に補われる。


複数の層の働きを、同じ段階まで揃えなければならない。


そこに気づくと、次に調べるべき場所が見えた。


線を引く。


昼間の記録と照らし合わせ、順序を書き直す。


気がつくと、窓の外が白み始めていた。


ソフィアは最後の一枚を机へ置き、大きく息を吐いた。


ようやく、解く手順が組み上がっていた。


◇


翌朝、調査が再開された。


ソフィアは、昨夜まとめた内容を皆へ説明した。


ライゼンが図の上へ指を置き、術式のつながりを確かめる。


「なるほど。この三つを、同じところまで緩めるのか」


「ええ。どれか一つだけを先に解くと、残りが働いてしまうの」


「それで、昨日は何度も元へ戻ったのね」


リシアが頷いた。


ソフィアは、それぞれの担当を決めた。


自分が中心の流れを調整し、ライゼンとリシアが左右の層を緩める。マディスは、その間の魔力の変化を見守った。


ヴァルクは後方で盾を構えている。


「途中で流れが変わったら、すぐに知らせて」


全員が頷く。


ソフィアが、扉へ手をかざした。


◇


術式が、一つずつ解かれていく。


最初の層が薄れる。


その下から、別の紋様が現れた。


ライゼンが左側を緩め、リシアが右側の流れを留める。


ソフィアは、その二つの間をつなぐ細い魔力をほどいた。


今度は、修復されない。


「合っているわ。このまま続けましょう」


誰も余計な言葉を発しなかった。


記録担当者の筆が紙を擦る音だけが、背後から聞こえてくる。


やがて、扉の表面に重なっていた紋様が、ほとんど消えた。


最後に残ったのは、二枚の扉をまたぐ、一つの術式だった。


ソフィアは、その中心へ魔力を重ねた。


そのときだった。


地上の方で、突然、巨大な魔力が膨れ上がった。


指先が止まる。


地下の扉からではない。


厚い岩盤を隔てた先で、急激に強くなっている。


*何……?*


ソフィアは扉から意識を離した。


その直後、消えかけていた紋様が、再び光り始めた。


解いたはずの層が、次々に組み直されていく。


「しまった……」


元へ戻っているだけではなかった。


線のつながり方まで変わっている。


ソフィアは、扉の表面を走る光を見た。


*さっきまでの手順は、もう使えない。*


だが、それを惜しんでいる余裕はなかった。


地上の魔力は、さらに大きくなっていた。


「何だ、これは」


ラグナが剣の柄を握った。


ヤンデンも、地上へ続く方角を見上げている。


調査員たちの会話が途切れた。


ソフィアは扉から離れた。


「作業を中止します。全員、一旦地上へ戻って。まず、上で何が起きたかを確かめるわ」


「聞いたとおりじゃ。荷物は置いてよい。列を崩さずに戻れ!」


ライゼンが声を張る。


ハロルドとアッカマンが隊員たちを通路へ誘導した。


ソフィアは、一足先に走り出した。


◇


昇降台の乗降場へ着くと、ソフィアは帰還を知らせる鐘を鳴らした。


鋼索が震え、上の装置が動く音がする。


だが、昇降台が下りてくるのを待ってはいられなかった。


地上の魔力は、ここまで来ても、なお膨らんでいた。


昇降路の脇には、設備の点検に使う空間がある。


ソフィアは上を確かめ、飛行魔法で浮き上がった。


遅れて追いついたヴァルクが顔を上げる。


「先に行くわ。皆をお願い!」


「承知しました!」


ソフィアは高度を上げた。


降りてくる昇降台を見つけ、点検用の空間へ身体を寄せる。その脇を抜け、さらに上へ進む。


頭上に、小さな光が見えた。


坑口だ。


*急がないと。*


近づくほど、相手の魔力がはっきりしてくる。


地上にいる。


鉱山の、すぐ近くだ。


ソフィアは速度を上げ、縦穴から飛び出した。


外の光が目に入る。


風を受け、空中で姿勢を整えた。


坑口の前に、大きな影が落ちていた。


そこにいたのは、巨大なドラゴンだった。


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