第40話 鉱山の地下の調査パート2
鉱夫の声に、ソフィアは顔を上げた。
壁の奥に、小さな暗い穴が開いている。
鉱夫が鑿を抜くと、縁から砂粒がこぼれ落ちた。
「まず、空気を調べろ」
ドーガンが指示を出す。
細い管が穴へ差し込まれた。別の鉱夫が測定器を覗き込み、つまみを回す。
ソフィアも立ち上がった。
穴が貫通した瞬間、微かな空気の流れを感じた。
だが、魔力の反応は、ほとんど変わっていない。
*穴が開けば、もう少しはっきり分かると思ったのだけど。少なくとも、すぐ向こうで大きな魔力が動いている様子はないわね。*
「測れた範囲では、空気に異常はありません」
測定器を持つ鉱夫が告げた。
赤茶ひげの鉱夫が、ソフィアを振り返る。
「人が通れるくらいに広げますか?」
ソフィアはもう一度、奥の気配を探った。
こちらへ近づいてくる反応はない。
「お願いします。私は奥の変化を見ているわ」
鉱夫たちは、穴の縁へ工具を当てた。
空洞に接する最後の部分は薄かったらしく、石は比較的容易に外れた。数人が手分けして作業を進めると、ほどなく、一人ずつなら通れる大きさになった。
ドーガンが灯りを持ち上げる。
「俺が先に――」
「私が確かめるわ。皆さんは、ここで待っていて」
ソフィアはローブの裾をまとめ、低い穴をくぐった。
◇
向こう側へ出ると、天井が遠かった。
ソフィアは灯りを浮かべた。
白い光が上がり、暗闇の中に岩肌を映し出す。
高さは二十メートルほどあるだろうか。
大きな地下空間だった。
床には岩や石の破片が散らばっている。自然に割れたものの間に、滑らかに削られた石が混じっていた。
ソフィアは一つの破片へ近づいた。
指の形をしている。
その隣には、衣服のひだを彫ったような石片もあった。
石像の残骸らしい。
崩れた天井に巻き込まれたのだろうか。顔に当たる部分は見つからず、何をかたどったものかは分からなかった。
「……やはり、遺跡ね」
ソフィアは周囲の魔力と足場を確かめ、穴の向こうへ声をかけた。
「入っても大丈夫そうよ。ただ、破片には触れないで」
ドーガンと鉱夫たちが、順に入ってくる。
皆、灯りの届く範囲を見回し、言葉を失っていた。
「こんなものが、鉱山の下にあったのか」
ドーガンが低く呟く。
ソフィアは破片を避け、広間を歩いた。
魔力の気配は、崩れた岩の方から感じられる。
黒い魔鉱石は、もともとここに置かれていたのかもしれない。
洞窟が崩れ、その一つが岩や土に混じって、鉱夫たちの掘る場所まで移動した。
そう考えれば、発見された状況にも説明がつく。
ただし、それを確かめるには、残っている石の位置や崩落の跡を調べる必要があった。
*魔力の持ち主が封印されている場所と、石が置かれていた場所は、同じとは限らないわね。*
ソフィアは広間の奥へ灯りを送った。
石柱の並ぶ廊下が見えた。
◇
柱は左右に等間隔で並んでいた。
いくつかは傾き、根元にひびが入っている。それでも、奥へ続く天井を支えていた。
ソフィアは先へ進んだ。
やがて廊下が終わり、再び広い空間へ出た。
その奥に、石の扉があった。
大きな二枚の扉が、隙間なく閉じている。
表面には、見覚えのある紋様が刻まれていた。
ソフィアは足を止めた。
「……そうきたか」
ドーガンが隣へ来る。
「ご存じですか?」
「同じ系統のものを、ほかの古代遺跡で見たことがあるわ」
ソフィアは扉へ近づいた。
「少なくとも、私が知る魔族の術式とは違うわね」
黒い魔鉱石が見つかったため、魔族が使っていた施設を考えていた。
だが、この扉の術式は、それだけでは説明できない。
ソフィアは手をかざした。
石に触れる手前で、指先に抵抗が生じる。
封印だった。
表面に見える紋様の下へ、さらに複雑な術式が重なっている。一つの流れを追おうとすると、別の流れがそれを覆い隠した。
「……これは、簡単にはいかないわね」
少なくとも、最近調べた遺跡の中では、最も厄介な封印だった。
ソフィアの口元が、わずかに緩む。
どの順序で組まれているのか。何を守っているのか。
もう少し調べれば、最初の手掛かりをつかめそうだった。
背後で、鉱夫が咳払いをした。
振り返る。
作業灯を持ったドワーフたちが、こちらを見ていた。
ソフィアは、扉へ伸ばしていた手を下ろした。
「……今日は、ここまでにしましょう」
◇
「この奥に、危険なものが?」
ドーガンが尋ねた。
「まだ分からないわ。この封印の内側は、十分に調べられていないの。皆さんがいるところで、試しに解くわけにはいかない」
ソフィアは扉から離れた。
「ここまで調べた範囲には、活動している強大な魔族の反応はないわ」
「安全と思ってよいですかな?」
「鉱山の中はね。ただし、扉の向こうまで安全だという意味ではないから、そこは気をつけて」
ドーガンは頷いた。
「調査が済むまでは、この広間にも扉にも触らないで。黒い石が見つかった辺りも、掘り進めないようにお願い」
「承知しました。ほかの坑道での作業は続けても?」
「おそらく大丈夫よ」
ソフィアは扉の紋様を手帳へ写した。
書き終えても、すぐには背を向けられなかった。
目で追える線の下に、まだ読めていない術式がある。
*最初の一層だけでも、確かめられれば……。*
「ソフィアさん?」
ドーガンの声に、顔を上げる。
「ええ。戻りましょう」
手帳を閉じ、来た廊下へ足を向けた。
まずは地上へ戻り、発見したものを報告しなければならない。
黒い魔鉱石の検査も、進んでいるはずだった。
◇
地上に戻ったのは、午後も遅い時間だった。
昼食を取っていないことに気づいたが、ソフィアはそのまま検査室へ向かった。
ダッケンが、机の上に紙を並べていた。
「結果は出たか?」
ドーガンが尋ねる。
「はい。念のため、測定をやり直しました」
ダッケンは眼鏡を直し、最初の一枚を差し出した。
「石そのものができたのは、数千年前と考えられます」
「数千年?」
ドーガンと、検査室にいたゲイルが、同時に声を上げた。
「そんなに古いのか」
「鉱石としては、あり得ない年代ではありません。問題は、こちらです」
ダッケンが別の紙を示す。
ソフィアは、その紙へ目を向けた。
「魔力を取り込んだ時期ね」
「はい。こちらは魔力の残留状態を調べる検査です。蓄積が止まった時点は、およそ二千年前と出ています」
「止まった時点だけが分かるのね?」
「その通りです。いつから吸収を始めたかまでは、分かりません。また、その時点で取り込んでいた魔力の量も、今回の検査だけでは求められません」
ソフィアはしばらく、結果を見つめていた。
*二千年前。なら、五百年前のディアスのものだと考えられないわね。*
昨夜感じた魔力に、どこか覚えがある気がしたのだが。
「予想より、ずっと古いわ」
「何か心当たりが?」
ドーガンが尋ねた。
「二千年前といえば、神々と魔王が争ったという伝承が残る時代よ」
「だが、あれは神話でしょう?」
ドーガンは眉を寄せた。
「子供の頃、絵本で読んだことはありますが……本当に、そんな魔王がいたんですかね」
「私にも分からないわ。少なくとも、この石だけでは、魔力の持ち主までは確定できない」
ソフィアは検査結果を机へ置いた。
「ただ、地下で見つけた施設と合わせて調べれば、伝承の背景が分かるかもしれないわね」
「世紀の大発見か!」
ゲイルの声が弾んだ。
「喜んでいいか、まだ分からねえぞ」
ドーガンが言う。
「昔、恐ろしいものがいたって話かもしれねえんだ。ソフィアさん、最近の魔族の動きと、関係がある可能性は?」
「否定はできないわ。ただ、今のところ、結びつける証拠はないの」
ソフィアは黒い石へ目を移した。
「気になるのは、同じような魔鉱石が、ほかにもあるかどうかよ」
「ほかにも?」
「ええ。これほどの魔力を蓄えた石があれば、利用しようとする者はいるでしょう。魔王の復活を目指す魔族が、その存在を知っているとしたら……」
彼女はそこで言葉を切った。
ドーガンが低い声で続ける。
「力を取り戻すために使おうとするかもしれない、と」
「その可能性は考えておくべきね。地下深くにあったから、誰にも知られていないとは限らないわ」
部屋が静かになった。
ドーガンは黒い石を見てから、ソフィアへ向き直った。
「どう扱えばよいでしょうか」
「まず、ロドリゲス王へ報告しましょう。保管場所や移送の方法を決めるまでは、ここから動かさないで。石と地下の施設について、誰に何を伝えたかも整理しておいてほしいの」
ドーガンはすぐに頷いた。
「発見した鉱夫たちにも、改めて口外しないよう伝えます」
「お願い。私からも、アルベリック王へ報告するわ」
「……売れば、いくらになるんだろうな」
ゲイルが小さく漏らした。
ドーガンが睨む。
「まだ言うか」
「値段が気になるだけだ。売りに行くとは言ってねえよ」
ゲイルは黒い石を指さした。
「これで装備を作れたら、伝説に出てくるような代物になるんじゃねえか?」
「加工できれば、伝説級の装備になるでしょうね」
ソフィアが答えた。
「ただ、加工には大きな魔力が必要よ。魔力を抑えながらうまく加工しないと」
「失敗したら?」
「このあたり一帯が吹き飛ぶでしょうね」
ゲイルは口を閉じた。
ドーガンが腕を組む。
「誰が加工するんだ、そんなもん」
「……俺は、やらねえよ」
「だったら、余計なことを考えるな」
ソフィアは少し笑って、鞄から手帳を取り出した。
「地下で見つけた扉のことも、報告に加えたいわ。魔導電話を使える場所へ、案内してもらえるかしら」
「王国への連絡にも使う事務室があります。こちらへ」
ドーガンが扉を開けた。
ソフィアは出る前に、黒い石を振り返った。
保護カバーの内側で、結晶が灯りを鈍く返していた。
◇
その頃、アリティア王国では、レオンを乗せた馬車が王立病院へ到着していた。
先に届いた知らせを受け、ライゼンが駆けつけていた。
ジェイクに抱え下ろされるレオンを見て、顔を強張らせる。
*なんてことだ、完全に危険性を、見誤った……。*
レオンはそのまま治療室へ運ばれた。
僧侶と医師が状態を調べ、ソーエンから道中の処置を聞き取る。
複数の骨折。火傷と打撲。
内臓にも損傷があったが、ソーエンの処置と病院での治療によって、命に関わる状態は避けられた。
それでも、レオンは目を覚まさなかった。
意識が戻ったのは、搬送から二日後だった。
◇
レオンは夢を見ていた。
誰かに手を引かれ、森を歩いている。
女性だった。
*母さん……?*
顔を見ようとしたが、輪郭がぼやけていた。
やがて、森の奥に遺跡が現れた。
崩れた柱も、苔に覆われた石畳もない。壁は滑らかで、刻まれた紋様の縁も欠けていなかった。
女性が何かを唱える。
壁の一部が開いた。
*こんなところに、扉が。*
女性はレオンの手を引き、階段を下り始めた。
長い階段だった。
灯りはあるのに、底が見えない。
「あの……」
どこへ行くのか尋ねようとした。
声は出たはずだった。
だが、女性は振り返らない。
握られた手の感触だけが、妙にはっきりしていた。
ようやく階段が終わる。
その先には、地底の湖が広がっていた。
水面は静かで、遠くの岸は闇に紛れている。
湖のほとりに、神殿のような建物があった。
女性はその前に立ち、再び何かを唱えた。
建物の奥で、黒いものが動いた。
影だった。
床を滑るように伸び、女性の足元へ届く。
次の瞬間、立ち上がった影が、その身体を覆った。
「やめろ!」
レオンは叫んだ。
◇
目が覚めた。
全身に汗をかいていた。
心臓の鼓動が速い。
しばらく、自分がどこにいるのか分からなかった。
見慣れない天井。
白い寝具。
窓から差し込む光が、壁に細長く伸びていた。
起き上がろうとして、身体の痛みに息を詰める。
腕と胴には包帯が巻かれ、骨折した箇所が動かないよう固定されていた。
*遺跡は……。あの魔法使いは、どうなった?*
記憶が少しずつ戻る。
押し返された《ホーリー・ブラスト》。
迫ってきた黒い光。
*ジェイクたちは? みんな、逃げられたのか?*
病室の扉が開いた。
赤みがかった髪をまとめ、赤い縁の眼鏡をかけた看護師が入ってくる。
「気がつかれましたね」
「あ……はい。ここは?」
「アリティアの王立病院です。二日前に運ばれてきました」
*王都へ、戻ったのか。二日も……。*
レオンは乾いた唇を動かした。
「あの、一緒にいた仲間は?」
「同じ調査隊の三人の方ですね。皆さん、治療を終えて帰られています。入院が必要な怪我ではありませんでしたので」
「三人とも、無事なんですね?」
「はい」
レオンは、枕へ頭を戻した。
ようやく、息が吐けた。
看護師は状態を確かめ、水を飲むのを手伝ってくれた。
「先生へ知らせてきます。今は無理に動かないでください」
「ありがとうございます」
扉が閉まる。
レオンは、寝たまま自分の腕へ目を向けた。
包帯の縁に、治りかけの火傷が見える。
あの黒い術に焼かれたのか。それとも、二つの魔法がぶつかったときの熱だろうか。
そこまでは分からなかった。
魔力量、三万二千。
よく、生きて戻れたものだ。
そして、あの顔。
髪の色や服装は違ったが、ソフィアによく似ていた。
*世界の声。聞こえる?*
『はい。聞こえています』
いつもの声だった。
レオンは、少し安心した。
*俺たちは、どうやって逃げたの?*
『《ホーリー・ブラスト》と相手の攻撃が衝突し、短時間ですが、攻撃の到達を遅らせました。その間に、ほかの三人は階段へ退避しています』
*俺は?*
『相手の術を受け、階段の近くまで飛ばされました。ジェイクがあなたを抱え、遺跡の外へ運んでいます』
*そうか……。*
ジェイクに助けられた。
ソーエンは、意識のない自分へ治療を続けてくれたのだろう。
*でも、どうして追いかけてこなかった?*
『活動範囲が制限されていた可能性があります。ただし、追撃しなかった理由は確認できません』
*あそこへ召喚されたから?*
『召喚、あるいは転移に似た魔力の変化を観測しています。どの術式によるものかは特定できません』
*誰かが呼び出したのか、遺跡の仕掛けなのかも、分からない?*
『はい。情報が不足しています』
レオンは、窓へ目を向けた。
*ソフィアに似ていたのは、偶然なのかな。*
『ソフィア本人と判断できる情報はありません。ただし、魔力には似た特徴がありました』
*魔力まで?*
『はい。また、これまで観測した魔族とは異なる特徴があります。エルフの魔力に近い可能性があります』
*エルフ……。*
顔だけではない。
それなら、単に似ていただけではないのかもしれない。
そう考えていたとき、扉が開いた。
◇
「レオン。目を覚ましたか」
ライゼンだった。
「身体の具合はどうじゃ?」
「動くと痛みます。でも、話はできます」
「そうか。無理はせんでよい」
ライゼンは寝台の脇へ椅子を寄せた。
しばらくレオンの顔を見てから、静かに口を開く。
「今回の任務は、危険の見積もりが甘かった。お前たちに任せると決めた、わしの判断にも責任がある。すまなかった」
レオンは少し戸惑った。
「俺も油断していました」
「経緯は、皆から聞いておる。あの魔物は今のお前たちだけで対応させるのは無理じゃ。無事に帰ってくれて本当に良かった」
ライゼンは膝の上で手を組んだ。
「少し、話を聞いてもよいか?」
「はい」
「奥で、女性の魔法使いが突然現れたそうじゃな」
「石板の後ろで空間が歪んで、そこから出てきました。召喚か、転移みたいでした」
レオンは、言葉を選んだ。
「見た目は、ソフィアさんに似ていました。髪の色や服装は違いましたけど」
「それも聞いておる。なぜ似ていたのかは、今のところ分からん。侵入者を排除する仕掛けだった可能性はあるが、まだ推測じゃ」
ライゼンは、机へ小さな帳面を置いた。
「現れたのは、石板で記録を見たあとか?」
「はい」
「覚えている範囲で、内容を教えてくれるか」
◇
レオンは、記録の中で交わされた会話を話した。
劇場のような大きな空間。
人の形をしたものを収めた、五百基のカプセル。
質の揃った魔鉱石を集める苦労。
百万を超える魔力。
ローレシアという人物と、カリュオンという言葉。
ライゼンは、ときどき確認を挟みながら書き留めた。
「その人型のものは、東の城で見たゴーレムと同じ、魔導兵器なのでしょうか」
レオンが尋ねる。
「その可能性は高いな」
ライゼンは帳面から顔を上げた。
「魔導兵器という呼び名は広い。人が乗り込んで動かすものもあれば、外から命令を与えるものもある。自分で状況を判断し、動くものもな」
「東の城にあったゴーレムも?」
「そうじゃ。あれは古い技術を調べる上で、貴重な資料になっておる」
レオンは、地下工房に並んでいた未完成の身体を思い出した。
「今も、作られているんですか?」
「種類による。魔力を込めた弾を撃つ銃や、動きを補助する鎧などは、現在も作られておる。大型の戦闘用機械もあるが、数は少ない」
「どこの国が作っているんですか?」
「北のコンコルディア王国が、研究と製造に力を入れておる。五百年前の魔導大戦以来、技術を受け継いできたと聞く。アリティアも一部を輸入しておるよ」
「王都では、あまり見かけませんね」
「高価じゃし、整備にも人手が要る。この国は魔法そのものの研究に比べ、魔導兵器の製造は進んでおらん」
前世の機械とは違う。
それでも、動かすための技術があり、維持するための仕事があるのは同じらしかった。
「記録にあったような、人そっくりのものも作れるんですか?」
ライゼンは、少し考えた。
「少なくとも、人間に近い判断力と人格まで備えるものを、容易に作れるとは聞かん。お前が見た記録は、現在の製造技術より、はるかに高度なものかもしれんのう」
◇
「カリュオンとは、何ですか?」
「依り代へ、核となる魔力を与える者を指す言葉じゃ」
ライゼンが答えた。
「最初の魔力を与え、依り代が自ら成長するきっかけを作る。古い文献では、疑似的な魂を生み出す過程として説明されておる」
「記録でも、そんな話をしていました。姿形は似てくるが、人格まで同じになるわけではない、と」
レオンは、黒い魔法使いの顔を思い出した。
姿形が似てくる。
その言葉が、気になった。
「ローレシアという人が、五百体全部に魔力を与えたのでしょうか」
「そこは、まだ分からん。お前が聞いたのは、承諾したかどうかを確かめる会話じゃな?」
「はい」
「なら、実際に与えたか、何体へ与えたかは別じゃ。記録の続きを見なければ判断できん」
「……そうですね」
ライゼンは帳面の名前へ目を落とした。
「ローレシアという名にも、調べるべき記録がある。ソフィアが戻れば、相談しよう」
「俺を襲った相手も、魔導兵器だった可能性はありますか?」
「可能性はあるが、顔が似ているだけで結論は出せんよ」
レオンは頷いた。
「なぜ、こんな記録を残したのでしょうか」
レオンが尋ねた。
「前の遺跡では、子供が魔族に襲われる場面や、誰かの葬儀まで見ました。今回も、説明の途中で終わってしまって……」
ライゼンはすぐには答えなかった。
「後の時代の者へ、何かを伝えようとしたのじゃろうが……少なくとも、今回の記録には、魔族へ対抗する手段の話がある。見た者が、その技術や施設を探せるようにした可能性はあるじゃろう」
「それなら、文章で残した方が分かりやすいと思うんですけど」
「今のお前に見えたものが、記録のすべてとは限らん。欠けているのか、条件が足りずに見えないのか。それすら、まだ分かっておらんからのう」
「世界の声も、再生が途中で止まったと言っていました」
「なら、その原因も調べる必要がある」
ライゼンは、書き留めた内容を見直した。
「仮に、この施設が今も残っているなら、確かめられることはある。だが、場所も年代も分からんうちに、存在すると決めつけるのも早い」
レオンは、カプセルの並ぶ光景を思い浮かべた。
五百体。
あれが今も、どこかで眠っているのだろうか。
そして、誰かがその場所を知っているとしたら。
考え込んだレオンの肩へ、ライゼンがそっと手を置いた。
「今は、休む方が先じゃ」
「……はい」
「ソフィアが戻ったら、今回の遺跡について相談する。再調査は、十分な戦力を揃えてから行うつもりじゃ」
「俺も――」
言いかけて、レオンは固定された腕を見た。
ライゼンは、静かに首を横へ振る。
「まずは、安全を確認せねばならん。お前にしか再生できない記録があるとしても、怪我をしたまま連れてはいけんよ」
「分かっています。ただ、何か分かったら、教えてもらえますか」
「もちろんじゃ。お前たちが持ち帰った情報が、調査の出発点になる」
ライゼンは帳面を閉じた。
「今日の話は、ここまでにしよう。医師の言うことを聞いて、きちんと治すんじゃぞ」
「はい」
「また来る」
扉が静かに閉まった。
◇
レオンは、窓の外へ目を向けた。
空は明るかった。
地下で見た黒い光も、夢の中の湖も、ここからは遠い。
それでも、まぶたを閉じれば思い出せた。
五百基のカプセル。
ソフィアに似た魔法使い。
手を引いていた女性と、神殿から伸びた影。
*あの夢まで、どこかの記録だったのだろうか。*
世界の声へ尋ねようとして、やめた。
今は、頭が疲れていた。
まずは治す。
そう決め、枕へ頭を沈める。
*ソフィアさんが戻ったら、話を聞いてみよう。あの魔法使いのことも、ローレシアという名前のことも。*
レオンは、ゆっくり目を閉じた。




