第42話 遺跡を守るもの
ダッケンは魔力計をいじっていた。
黒い魔鉱石を前にして、従来の計器は役に立たなかった。針が目盛りを振り切り、正確な魔力量を測定できないのだ。
魔鉱石そのものに手を加える検査は、ソフィアの指示があるまで禁じられている。
せめて正確な魔力量を測ろうと計器を改良していたのだ。
測定器のレンジの設定をやり直し、ゲイン(増幅率)を調整する。
次に基準を使ってキャリブレーション(機器校正)を行う。
*よし。これで高出力の魔力まで測れるようになったはずだ*
ダッケンは魔力計のスイッチを入れた。
次の瞬間、測定器の針が跳ね、バチンという音とともにヒューズが飛んだ。
「……これでも駄目か」
*これだけレンジを上げても測定できないとは。一体どれだけ強い魔力なのだろう?*
ふとダッケンは何か違和感を覚えた。圧迫感と言えばよいだろうか。
何かものすごいエネルギーが近くにあって、エネルギーが直接身体に刺さっているようだ。
ダッケンが後ろを振り返ると、黒い魔鉱石が鈍い光を放っていた。
魔鉱石は台座から浮き上がり、カバーの天井にぶつかりそうだ。
ダッケンは思わず後ずさった。
明らかに異常だった。
すぐに知らせないと。いや、逃げないとやばいか?
――扱いを間違えばあたり一帯が吹き飛ぶ。
ソフィアの言葉が頭をよぎった。
ダッケンは魔鉱石に背を向けて部屋の入口に向かって走った。
その瞬間、魔鉱石を入れていたゲージが砕ける音が聞こえた。
ダッケンは振り返ることができなかった。
全力で廊下を走り、建物の外に出る。
その直後、建物が爆音とともに崩れ始めた。
「た、助けてくれえっ!」。
ダッケンは頭を抱え、必死に走った。
◇
ゲイルは調査隊全員を地下に送り終わり、昇降所で一息ついていた。
*この調査はしばらく毎日続くのだろう。これから忙しくなりそうだ。当分、酒はお預けか…*
*けど、遺跡の調査が進めば何か掘り出し物が見つかるかもしれねぇな。あそこまで強烈じゃなくても、古い魔鉱石の一つくらい出ねえかな。天然で発掘される魔鉱石に比べたら良い値がつくはずだ。*
そのとき、近くで爆発音が響いた。
ゲイルは顔を上げた。
検査室のある建物が大きな音を立てて崩れていく。
立ち上った砂埃の中から、黒いものがせり上がった。
翼だった。
続いて長い首と、巨大な胴体が姿を現す。
「……なんだ、ありゃ」
ドラゴンだった。ゲイルはあまりの出来事にしばらく動けなかった。
*これはやばい……*
本能が生命の危険を感じ取っていた。
その時、昇降機を上げる指示を知らせる鐘が鳴った。
ゲイルは、坑口とドラゴンを交互に見た。
ドラゴンは近くの空を旋回している。
*これは、これまでの人生で一番やべぇかもしれねー。*
*けどよ、俺が逃げたら下の奴らはどうなるんだ?*
*三十年この鉱山で乗降場を仕切って来たんだ。ここで逃げたら俺の沽券にかかわるだろうがよ。*
ゲイルは操作レバーを握り直した。
*死んでも全員を帰還させてやるぜ*
その時、坑口から一人の少女が飛び出した。
ソフィアだった。
*なんだと?どうやって上がって来たんだ。まさか非常階段を使ったのか?*
*あり得ねぇ。三百メートルを上がるには十分はかかるぞ。*
*まあいい。これで少しは安全になったかもしれねぇ。俺は俺の仕事をやり遂げる*
ゲイルは操作レバーを強く引いた。
◇
ソフィアは空に旋回するドラゴンを見ていた。
黒い身体。四本足に二本の大きな翼。翼を広げると二十メートルはあるだろうか。
エルダードラゴンだろうか。相当な魔力だ。
ドラゴンの首が動いた。
その視線の先には、乗降場がある。
操作盤の前に立つゲイルが見えた。
*まずい。場所を変えないと*
ソフィアは上空に飛び、少し離れると、ドラゴンに向かって光の矢を放った。
ドラゴンは防壁によって魔法を防いだ。
*さすがね。この程度じゃびくともしない*
ドラゴンがソフィアの方を向いた。
*来なさい、遊んであげるわ*
ソフィアは鉱山や町から離れる方向に向かって進み始めた。
ドラゴンはうまいことソフィアについてきた。
ゲイルは大きく息を吐いた。
*ありがたいぜ。あのねーちゃんに助けられたな*
ソフィアはスピードを上げた。鉱山がみるみる遠ざかる。
ドラゴンもそれに合わせてついてくる。
鉱山から数十キロ以上離れただろうか。ソフィアは何もない湖の岸の近くに降り立った。
ドラゴンも少し離れた場所に着陸した。
「言葉が通じるとは思わないけど、念のため聞いておくわ。あなたはどうしてここに現れたの?」
ソフィアがドラゴンに尋ねた。
ドラゴンの目が細くなった。
「我は、精霊に仕えしもの。遺跡を守るものなり。汝が遺跡の封印を解く目的を述べよ」
*言葉が通じた。まだ交渉の余地はあるわね*
「ただの調査よ。強い魔力を持つ魔鉱石が見つかって、その出どころからあの遺跡にたどり着いたわ。あの遺跡は何のために作られたの?」
「即刻、立ち去れ。資格なき者の立ち入りは認めぬ」
「資格って何?どうやったらその資格がもらえるの?」
「汝に与えられるものではない。仲間を連れ、去るがよい」
「そうはいかないわ。話が通じないなら力づくで通らせてもらうわよ」
「やめておけ。汝の魔力は強いが、我には通じぬ」
「試してみる?」
ソフィアは杖に魔力を集中させた。
「無益なことを…」
ドラゴンの周囲で魔力が膨らむ。
「試させてもらうわ」
「ホーリーブラスト!」
集束された光が一直線にドラゴンに向かう。
ドラゴンは防壁で難なく防いだ。
「無駄だ。それほどの腕を持ちながら、力の差を見誤るとはな」
ドラゴンが口を開いた。
喉の奥に光が灯る。
ソフィアは即座に防壁を展開した。
放たれたブレスが、視界を埋め尽くす。
衝撃が腕へ伝わった。
防壁の縁から亀裂が走り、砕けた。
ソフィアの姿が、光の中へ消えた。
ドラゴンが口を閉じた。
鉱山に戻ろうと向きを変える。
その時、ソフィアの魔力が跳ね上がった。
「ほう…」
爆発の後の煙が晴れるとそこには耳の長い金色の目をした少女が立っていた。
「エルフか。その魔力ハイ・エルフ、いやそれ以上だな。面白い。我も少し本気を出そうぞ」
ドラゴンの魔力がさらに上がった。
「あなた、エルダードラゴンじゃなく、エンシェントドラゴンね」
「いかにも。我は数千年もの長き間、遺跡を守ってきた。エルフごときにやすやすと倒されはせぬぞ」
ドラゴンが再びドラゴンブレスを放ってきた。さっきよりもさらに威力が増している。
ソフィアは着弾の直前まで動かなかったが、上空に飛んで回避した。
ドラゴンがソフィアを追う。二人の魔力が上空でぶつかった。
数秒間の間、魔法の応酬が続く。
その圧力で湖が大きく波立ち、大気が揺れた。
ドラゴンがライトニングボルトを繰り出す。雷属性の最上級魔法だが、ソフィアがそれを難なく魔力で中和する。
ドラゴンがその間に間合いを詰め、ソフィアに大きな口で噛みつく。
ソフィアは防壁を展開し、その攻撃を阻止した。
牙が防壁に食い込み、鈍い音を立てる。
そのまま、空中を押し流された。
*捕まえたつもりかしら。*
ソフィアが魔力を杖に集中させた。
ドラゴンがソフィアの拘束を解いた。
「光の矢」
無数の光の矢がドラゴンを貫く。
徐々にドラゴンが押されていった。
「見事な出力だ。これほどの相手は少なくとも数百年ぶりだぞ」
*もう少し。このまま防壁を崩せば*
ソフィアが出力を上げようとした時だった。
遠くで別の魔力が発生した。
*これは……?もう一体のドラゴン?*
ソフィアは攻撃を止めた
「ふふ、気が付いたか。我らの力の源はお前たちが掘り出した魔鉱石だ。我が一体限りだとは思わぬことだ」
*まさか、魔鉱石から二体目のドラゴンが召喚された!なんてこと。鉱山が危ない*
「仲間が心配か?」
ドラゴンがソフィアに話しかけた。
「心配するな。次の攻撃はお前では防げない」
ドラゴンの周囲へ、魔力が集まっていく。
湖面がくぼみ、岸の岩が震えた。
「これで終わりだ。ドラグニックレイ!」
ドラゴンから高密度の魔力がソフィアに向かって放たれた。
それは避ける間もなく高速でソフィアを襲う。
「残念。久し振りに面白い戦いだったのに……」
ソフィアは少し笑うと、抑えていた魔力を解放した。
ドン、っという音とともにそのあたり一帯に衝撃波走る。
湖面が割れ、空に残っていた雲が押し流される。
「なんだと……」
ドラゴンが驚きの声を上げた。
ソフィアの杖先に、光が凝縮されていた。
「エーテリオン」
ソフィアはそうつぶやくと魔力を集束させた光を放った。
それはドラグニックレイを正面から簡単に消滅させるとドラゴンに向かって進んだ。
一瞬だった。
ドラゴンは光に吞み込まれ、消滅した。
ソフィアは杖を振り、湖上を遠ざかる光の流れを上空へ逸らした。
遥か高くで、光がほどけて消えた。
*急がなきゃ*
ソフィアは鉱山に戻るために向きを変えた。
「待て」
背後でドラゴンの声がした。
消えたはずの場所へ、黒い霧が集まっている。
*まさか。完全に消滅させたはず*
「我は魔鉱石の力でこの世界に具現化している。そのため、魔鉱石を壊さぬ限り、消滅させることは不可能だ」
霧が集まりドラゴンが再生した。
*なるほど。では魔鉱石を壊せばよいのね*
「汝、混ざっておるな」
ドラゴンがソフィアに話かけた。
「…どういう意味?」
ドラゴンはその問いには答えなかった。
「先ほどの攻撃、見事だった。我が肉体を持っていたなら消滅していただろう」
ドラゴンは一呼吸置いた。
「汝は、定められた資格を持たぬ。だが、理に深く関わる者であることは分かった。遺跡の扉を開けることを許可しよう」
ソフィアは驚いた。
「つまり、封印を解いてくれるということ?」
「左様。汝と汝の仲間たちの通行を許可しよう」
「それはありがたいわ。けどなぜ急に?」
「すでに世界は動き始めている。遺跡にて真実を確かめるが良い」
そういうとドラゴンは霧のように拡散し消えていった。
◇
その少し前。
ライゼンたちは、昇降機で順次、地上へ戻っていた。
乗降場の近くでは、ダッケンが地面に座り込んでいる。
砂埃にまみれていたが、大きな怪我はないようだった。
「魔鉱石が浮き上がって……そのあと、建物が……」
震える声で、ダッケンが説明する。
ドラゴンが現れたのは、その直後だったという。
「あいつなら、ソフィアさんが引き離してくれたぜ」
操作盤の前から、ゲイルが言った。
ライゼンは遠くの空へ目を向けた。
二つの大きな魔力が、鉱山から離れていく。
*頼むぞ、ソフィア。*
あのドラゴンには、自分たちだけで対処するのは難しい。
任せるほかなかった。
「まずは検査所の建物の被害を調べよう。負傷者はいないか確認してくれ。ラグナ、ヤンデン、魔鉱石を確認しに行く。ついてきてくれ」
ライゼンが指示を出した。
その時だった。
大きな魔力が検査所の近くに発生した。
見ると魔鉱石が空中に浮いてキラキラと輝いている。
その魔力は急激に強まり、その上に、霧のようなものが集まっていた。
長い首。
大きな翼。
形が整っていくにつれ、ライゼンの顔が険しくなる。
*なんということだ。一体では、なかったのか。*
ドラゴンだった。
「全員退避!この場から離れろ!今すぐだ!」
黒いドラゴンが、瓦礫の上へ降り立った。
先ほど遠ざかっていったものと、よく似た姿だった。
*まさか、エンシェントドラゴンか?まずい。死人が出るぞ*
「急げ!昇降機から降りた者を、そのまま安全な場所へ誘導するんじゃ!」
ライゼンは大声で叫ぶと、杖を握り直した。
*戦うのは数年ぶりかのう。これで最後になるかもしれんな*
ライゼンは魔力を解放した。
その顔にはかつての戦士の威厳が戻っている。
魔力計があれば六万近くまで上がったはずだ。
*先手必勝*
「ドラゴンノヴァ!」
ライゼンの杖から集束された赤い光が放たれる。
ドラゴンは動かなかった。
目前に防壁を展開し、光を受け止める。
赤い奔流が散った。
黒い鱗には、焦げ跡さえ残らなかった。
*……少しくらいは、効くと思ったんじゃがな。*
「ライゼンさん!」
ラグナが隣に駆け寄った。ヤンデンも横に並んでいる。
「逃げろ。お前たちで対処できる相手ではない」
「しかし、あの魔力では……」
「残れば全滅じゃ。鉱山にいるものを全員退避させろ。そして町に戻って伝えるんじゃ。逃げるようにな。ドラゴンが町に行けば、どうなるか想像できるじゃろ」
「しかし…」
「行け。迷っている時間は無い。お前たちが動かねば、犠牲者が増えるぞ」
ラグナが歯を食いしばった。
ヤンデンが、その肩へ手を置く。
「わかりました…どうかご無事で」
ラグナとヤンデンは急いでその場を離れた。
*さあ、化け物、存分にやろうぞ*
ライゼンは杖を握り直した。
しかし、ドラゴンはいつまで経っても動かなかった。
*おかしい。殺意が見えん*
ほんの一分ほどだろうか。ライゼンはドラゴンと向き合っていた。
それはライゼンにとっては永遠のように感じた。
*殺意が消えた*
ライゼンは杖をおろした
「理由を聞かせてもらえるか。お前たちは何者だ?」
ドラゴンが答えた。
「我は精霊に仕えしもの。数千年の間、遺跡を守護してきた」
「なぜ、殺意を消した?」
「お前たちの仲間が理に関わる者と分かった。」
「理?」
ライゼンは眉を寄せた。
「遺跡への立ち入りを許可しよう」
そういうと、ドラゴンは霧のように消えていった。
*なんじゃと?*
ライゼンは事態が呑み込めずその場に立ち尽くした。
そのとき、魔鉱石がライゼンの横を通過した。
ライゼンははっとした。
魔鉱石は坑口に入り、降下していった。遺跡に帰ったのだろう
*立ち入りを許可する?つまり封印が解かれたのか?*
ライゼンはしばらくその場に立ちすくんでいた。
「ライゼンさん」
ソフィアの声がした。
「おお、ソフィアか。無事じゃったな」
「そちらも、ご無事でよかったです。もう一体は?」
「消えたよ。わしらの立ち入りを認めると、そう言い残してな」
「私も同じように遺跡の立ち入り許可がもらえたようです」
「そうか。わしには理解が追い付かないが、うまくやってくれたようじゃの」
「私にはよくわかりません。ドラゴンはこの遺跡の守護者でした。精霊に仕えているそうです」
「ふむ。わしもその話は聞いたよ。別のドラゴンからな」
「魔鉱石は、どこへ?」
「自分で坑口へ入っていった。地下へ戻ったのじゃろう」
ソフィアは頷いた。
◇
避難した調査隊と鉱夫たちは、安全を確かめてから再び集まった。
崩れた検査室の近くには立ち入らせず、点呼と怪我人の確認を進める。
ダッケンは、まだ青い顔をしていた。
ゲイルも操作盤にもたれ、深く息を吐いている。
ソフィアは二人に礼を伝えたあと、坑口へ目を向けた。
地下の封印がどうなったのか。
魔鉱石は、どこへ戻ったのか。
守護者が口にした「資格」と「理」は、何を指しているのか。
確かめたいことは、増えるばかりだった。
だが、今すぐ皆を連れて戻るわけにはいかない。
建物が崩れた影響も、坑道の安全も調べる必要がある。
「今日の調査は、ここまでにしましょう」
ソフィアの言葉に、ライゼンが頷いた。
一行は被害の確認と現場の封鎖を行い、その日は鉱山から引き上げることにした。
立ち去る前に、ソフィアは一度だけ坑口を振り返った。
――汝、混ざっておるな。
あの声が、まだ耳に残っていた。




