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第37話 遺跡の地下の書庫 (地図あり)

隠された階段は、地上へは向かっていなかった。


四人は灯りを手に、下へ下へと降りていく。最上階の広間が見えなくなってからも、階段は続いた。


「昨日、三階層を登ったよな」


後ろからジェイクが言う。


「ああ」


「で、今日は地下まで降りるのか」


「そうみたいだな」


「最初から地下に入口を作ってくれればよかったのに」


レオンもそう思ったが、遺跡を造った相手は、文句を聞いてくれそうにない。


やがて階段が終わり、広い踊り場に出た。


その先で、扉の形をした透明な面が淡く光っている。取っ手も蝶番もなく、向こう側の床が透けて見えた。


「これ……ドワーフ王国の遺跡にあったものと同じだ。今回は扉の形をしているが」


世界の声。通るにはどのくらいの魔力が必要?


『この扉の通過に必要な魔力量は、推定で七百程度です。ただし、術式の状態により多少変動します』


ドワーフ王国で見た透明な壁よりはずっと低い。それでも全員が通れるとは限らない。


レオンは仲間を見た。


「通過前に、皆さんの魔力を確認してもいいですか」


ロシーナとソーエンが頷く。ジェイクも少し首をかしげながら承諾した。


【ロシーナ:1320】

【ソーエン:970】

【ジェイク:23】


ロシーナの魔力が上がっていてびっくりした。全く問題なさそうだ。ソーエンも僧侶としての魔力制御に慣れている。扉に触れて慎重に確かめればよいだろう。


問題はジェイクだった。


「……ジェイクは、ここで待つ方がいいかもしれない」


「待つ?」


ジェイクの眉が上がった。


「せっかく隠し階段を見つけたのに、俺だけここで?」


「危険かもしれないから」


「それは全員同じだろ」


明らかに不満そうだ。レオンも置いていきたいわけではない。だが、この手のトラップは魔力のみが試される。格闘家のジェイクが無事に通れる理由はなかった。


ロシーナが透明な光を観察し、口を開いた。


「ジェイクの体を、私の魔力で包んでみましょうか」


「防壁で守りながら通すのか?」


とソーエンが尋ねる。

「それに近いわ。体の表面に防御膜を作って、扉の魔力をその膜に受けさせるの」


*ソフィアさんの蓄魔具と、似た使い方か。*


「戻るときの魔力も持ちそうですか?」


レオンが聞く。


「多分大丈夫、魔力はしばらくは保持されるから、数時間なら何回か出入りできると思う.

ただ、先に試させて」


ロシーナは自分の防御膜をまとって扉へ進み、何度か厚さを変えて反応を試した。無事に反対側へ抜けると、戻ってソーエンにも通過を促す。


ソーエンは祈りの術で自分の魔力を整え、ゆっくりと扉を越えた。


次に、ロシーナがジェイクの肩へ手を置いた。

かすかな光が、その全身を覆う。


「急がずに進んで。痛みや息苦しさを感じたら、すぐ戻るのよ」


「分かった。ゆっくり行くよ」


ジェイクが一歩踏み出す。


防御膜が扉に触れ、薄い光が波打った。レオンはいつでも引き戻せるよう、その腕を見つめる。


二歩目。三歩目。


ジェイクは無事に向こう側へ抜けた。


「通れた!」


振り向いた顔が、子どものように明るかった。


「よかった」とレオンが言うと、ジェイクは得意げに胸を張った。


「最初から信じてくれればいいのに」


「ロシーナさんを信じた結果だよ」


「そこは俺も含めろよ」


最後にレオンが短く《魔力超強化》を使って扉を抜けた。通過するとすぐに術を解き、帰りに必要な魔力を残せていることを確かめる。


四人は、揃って先へ進んだ。


◇


透明な扉の奥には、短い通路と、石造りの扉があった。


表面いっぱいに、古代文字の封印が刻まれている。


文字列を目で追っていたロシーナが、眉を寄せた。


「これは非常に複雑な封印よ、けど……一度破られているわね」


「封印が、ですか?」


「ええ。元の術式を、強い魔力で無理やり壊してある。その上から、別の封印をかけ直したみたい」


レオンは扉を見直した。


「俺たちより先に来た人がいるってことですか?」


「その可能性が高いわ。入口では気づかなかったけど、ここは元の術式が一部残っているの。途中から、封印の組み方が変わっている」


「開けられそうか?」


ソーエンが聞く。


「後からかけた方は、それほど複雑じゃない。少し時間をちょうだい」


それから十五分ほどでロシーナによって封印は解除された。


「元の封印を全部見たかったわ。おそらくかなり昔のものよ。研究に役に立ちそうだったのだけど」


「破った相手は、研究する気がなかったんでしょうね」


「そうでしょうね。迷惑な話だわ」


誰が、何のために入ったのか。


答えのないまま、レオンは灯りを掲げた。


石の扉が、重い音を立てて開く。

◇


部屋の壁一面に棚が並んでいた。


魔導書がぎっしりと収められ、机の上には杖や腕輪、用途の分からない金属製の道具も置かれている。


「……ソフィアさんが見たら、しばらく帰ってこないな」


レオンが呟いた。


「『魔導書が出たら教えて』って言われてたんだろ?」


ジェイクの言葉にうなずく。


「報告しないとな」


ソーエンが埃をかぶった棚へ目をやって言った。


「これだけの数だ。目録を作るだけでも大仕事だな」


「『書庫を発見した』で通らないかな」


ジェイクが言う。


「通るわけないでしょ」


ロシーナに即答され、ジェイクが肩を落とした。


レオンは笑ったが、すぐに部屋の中央に目を奪われた。


そこには一枚の石板があった。


ドワーフ王国の遺跡で記憶を見たときと同じ、胸の奥が静かになるような感覚がする。


前の階の石板では何も起こらなかった。今度はどうだろう。


「レオン?」


「少しだけ、あの石板を確認します」


仲間たちの視線を感じながら、レオンはゆっくり歩いた。


一歩。


また一歩。


石板の文字が読める距離まで来たとき、頭の中に丁寧な声が響く。


『条件を満たしました。記憶を再生しますか?』


レオンは立ち止まった。


前に見たのは、魔族に襲われたどこかの家族の記憶。だれかの葬式。奇妙な装置のある部屋だった。その意味はまだ分からない。


*それでも、この記録に手がかりがあるなら見るしかないだろう*


*再生してくれ*


レオンは覚悟を決め、石板に手を伸ばした。


◇


気が付くとレオンは巨大な空間の中央にいた。


オペラなどが上演される劇場ホールに似ている。


中央の足場を取り囲むように、床が段状に高くなっている。客席に当たる場所には、人一人が収まりそうなカプセルが、等間隔に並んでいた。


見渡す限り、数百基はある。


足元には複雑な操作盤があり、いくつもの計器が動いていた。カプセルには太い配管がつながり、半透明の表面越しに、人の形をしたものが見える。


レオンが立っているステージのような場所には複雑な操作盤が置かれ、いくつものメーターが並んでいる。


おそらくカプセルを制御するためのものだ。


「よくこれだけの依り代を揃えたわね」


隣から、女性の声がした。


顔を見ようとしたが、視線は動かなかった。


「苦労したよ。体を作るより、質の揃った魔鉱石を手に入れる方が大変だった」


自分の口が、勝手に答える。


レオンは誰かの意識の中にいる。


「これだけあれば魔族の軍隊にも十分対抗できるわね」


「問題は数よりも質さ。魔力量、百万を超える魔鉱石はそこまで多くはない。魔王級の魔族には何の効果もない」


*百万……?*


レオンは聞き間違いかと思った。


だが、記憶の中の二人は、当然のこととして話を続けている。


「そうね。ここから魔力を少しでも蓄積させないと」


女性はカプセルの並びを見渡した。


「ところで、ローレシアはカリュオンになることを承諾してくれたのかい?」


記憶の主が尋ねた。


「そうね。承諾はしてくれたわ。あまり気は進まないみたいだけど」


「そうか。それは良かった。姿形が似てくるからね。気持ちは分かるよ。でも、人格まで同じになるわけじゃない。最初の魔力を与え、成長のきっかけを作るだけだ」


「それは私も説明したわ。本人は納得済みのはずよ」


カリュオン。


聞いたことのない言葉だった。


記憶の主は、並んだカプセルへ視線を巡らせた。


「まあ、ゆっくりやって行こう。何せ五百体もあるからね」


「そうね……ところ、で…」


突然、映像が乱れた。ノイズが入り、視界が白くなる。


気が付くとまた遺跡に戻っていた。


「お、気が付いたみたいだ」


ジェイクが言った。


「ああ、……どのくらい経った?」


「かなり短いぜ、多分三十秒もないな」


「そうか。確かに今回は短かった」


最初の時のように見終わった後の頭の重さや深い悲しみもなかった。


レオンはあたりを見回し、少し体を伸ばした。


しかし、相変わらず意味不明な記録だ。


人形が入った五百体のカプセル。あれは魔導兵器というやつだろうか?


魔王の話が出ていた。つまり昔の話だろうか。少なくとも百年前


百万を超える魔力。


ローレシアという人物と、カリュオンという言葉。


自分が見ていたのは勇者の記憶なのだろうか。


疑問がいくつも沸いた。


『記録の再生が完了しませんでした。途中で再生ができなくなりました。』


*本当か!?と言うことは、まだ続きがあるのか?*


『その可能性が高いです。現在原因を調査中です』


*わかったら何か教えてくれ*


『承知しました』


*とにかく、最初の時と何かつながるものはなかったように思える。調査が終わったらゆっくり整理してみよう*


「よし、では遺跡の調査に取り掛かろう。王都から近いし、一人戻って応援を呼んでもよいかもしれな……」


レオンがそう言いかけた時だった。


『強い魔力が発生を確認。危険です。直ちに退避してください』


「本当か?」


【対象:不明】

【距離:約15メートル】

【魔力量:約32000】


「な……、」


「どうしたんだ?」


ジェイクが聞く。


「全員退避!」


レオンは叫んだ


「ここから離れて!今すぐ!」


レオンが叫ぶと同時に石板の後ろで、空間が歪んだ。


黒い何かが、その裂け目から姿を現す。


小柄な少女に見えた。


*召喚?*


黒いローブ。赤い筋の混じった黒髪。手には木製の杖。


その顔立ちを見た瞬間、レオンは息をのんだ。


*ソフィアさん……?*


魔力の主が完全に姿を現すとその魔力に四人は圧倒された。


「なんなのこの魔力、普通じゃないわよ……」


「すぐ逃げよう。俺たちがかなう相手じゃない」


レオンは階段に向かって駆け出した。


3人がそれに続く。


黒い魔法使いは木の杖に魔力を溜め始めた。


次の瞬間、黒い光がロシーナに向かって放たれた。


ロシーナが防壁で守り、ソーエンが同じく防壁でサポートする。


二重に防壁を張っているにも関わらず、防壁はみるみるうちに端から砕けていく。


レオンは魔力強化を全開にし、三枚目の防壁を張った。


しかし、ほとんど効果が無い。みるみるうちに防壁が砕ける。


「やばい…みんな回避」


ロシーナが横に飛び、魔法をギリギリで回避した。


「みんな走れ!」


全員が階段に向かう。


黒い魔法使いが二発目を放ってきた。


レオンは《身体能力強化》と《思考加速》を使い、黒い光の前に出た。


「《ホーリー・ブラスト》!」


魔力超強化を使い、全力で放った。後のことは考えなかった。


白と黒がぶつかった。


激しい衝撃が発生し、轟音が通路を揺らす。


一瞬の抵抗があり、ホーリー・ブラストはあっけなく押し返された。


黒い光がレオンを直撃する。


レオンの意識が遠のいた。


レオンは運よく階段の近くまで飛ばされた。


ジェイクがレオンを抱えて階段を駆け上がる。


残り二人もすぐに続いた。


黒い魔法使いは階段の上までは追いかけてこなかった。


3人はレオンを抱え、待機させていた馬車に飛び乗り、王都に向かって走り出した。


レオンは意識が無かった。


ソーエンが回復魔法をかける。


複数の骨折と火傷、打撲、もしかすると内臓の損傷があるかもしれない。


一刻も早く病院への搬送が必要だった。


「急いでくれ!」


ソーエンが叫んだ。


馬車は狂ったように街道を疾走し、王都に向かった。


◇


そのころソフィアは東に向かっていた。


飛行魔法。空を自由自在に飛び回れる。魔法使いならだれもが憧れる魔法だ。


しかし、ソフィアの場合は普通の魔法使いとは少し違った。


まず、高度を相当上げている。おそらく何千メートルの高度だろう。


そのため冬用の装備を着ている。


そしてソフィアの飛行速度は音を置き去りにした。


ソフィアは魔力で防壁を張り、衝撃波を防ぎながら音速を超えて飛んだ。


目指すは東のザナルカンド王国。


◇


「黒い石が見つかった」


アルベリック王からそう連絡があったのは3日ほど前だ。


「それは魔鉱石のことですか?」


ソフィアが尋ねた。


「まだわからない。しかし強い魔力を帯びておる。これから調査に行ってほしい。ソフィア、お前なら魔力の正体がわかるはずだ」


ソフィアは少し考えてから答えた。


「石の魔力だけでは特定は難しいかもしれません。年代測定が必要です」


「手配させよう。とにかく、早急に調査が必要だ。魔王の復活と関係があるかもしれないからな」


「では、早急に調査隊を編成します」


エドガーが言った。


「待って……今回は私一人で行くわ」


ソフィアが答えた。


会議室が一瞬静かになった。


「それは危険だ。少なくとも戦闘部隊を連れて行った方がいい」


エドガーが反論した。


「いいえ、私一人の方が良いわ。それに、可能性は低いけどもし魔王が本当に関連していたら、調査は急ぐ必要があるわ」


「その通りだ。すでに各国の王とは連絡を取り緊急の連絡体制を整えてある。本件以外にも調査対象がごまんとあるのだ。今は手分けをした方が良い」


「……それに、ソフィアの言う通り、単独の方が安全だろう。ソフィアの場合はな」


エドガーは反論できなかった。


「ではすぐに飛びます」


ソフィアが立ち上がりかけた。


「待て。受け入れの手配が先だ」


王に止められ、座り直す。


「調査対象の優先順位も、まだ決めておらん。ほかの隊の配置も含めて、計画を詰める必要がある」


ソフィアは、机の上に積まれた報告書を見た。


出発までには、もう少しかかりそうだった。


◇


結局、ソフィアが王都を発てたのは、それから三日後だった。


その間に、レオンは近郊の遺跡調査へ向かったと聞いている。


強い魔力反応はなく、経験のある調査員も同行する。


魔導書を見つけたら知らせるよう念を押しておいたが、今はそちらを気にしている場合ではなかった。


ザナルカンドまでは、馬車なら二カ月近くかかる。


飛び始めてから、まだ二時間ほどだった。


眼下に、砂と岩の広がる大地が見えてくる。


その中に、巨大な湖が青く横たわっていた。


湖の東岸には、白い建物が密集している。街道がいくつも伸び、遠くの鉱山へつながっていた。


ザナルカンドは交易の要所であり、高純度の魔鉱石を産出する国でもある。


魔導具を動かし、街に灯りをともす魔鉱石は、各国が求める重要な資源だった。


そこで見つかった、正体不明の黒い石。


単なる珍しい鉱石で済めばよいのだが。


*あと十五分くらいね。そろそろ高度を落としましょう。*


地平線に、ザナルカンドの城壁が見える。


彼女は速度を落とし、ゆっくりと高度を下げ始めた。


挿絵(By みてみん)



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