第36話 誕生日の任務
「発見したのはロシーナだ」
ライゼンが机に広げた地図を指した。
印がついているのは王都の東。街道を使えば一日で着く場所だ。
「こんなに近くに遺跡があったんですか?」
「入口が隠されていたのでこれまでは見つからなかったんじゃ。ロシーナが封印の痕跡を見つけて初めて分かった」
ロシーナはレオンより三年先輩の調査員で、封印魔法の解読を得意としている。レオンも何度か仕事を共にしたことがある。
「入口の石板には、お前の村の遺跡と同じ紋様がある」
ライゼンは拓本を差し出した。
レオンは息をのむ。石板に刻まれた曲線は、故郷の遺跡で何度も見たものだった。
「今回の任務は、遺跡の内部調査だ」
「前回と同じですね。わかりました」
「誕生日のプレゼントとして、お前を隊長に任命しよう」
「え……」
「隊員は好きに選んでいい、良いメンバーを選んでくれ」
ライゼンは涼しい顔で続けた。
*メンバーと言っても誰を選んだらよいのやら……*
ソフィアの名が頭に浮かんだが、彼女は別の魔族討伐に向かう予定だという。
「同行できないと伝えたら、ずいぶん不満そうだったぞ。『魔導書が出たら教えてね』と念を押された」
その顔は想像できた。むしろ、念を押すだけで済んだのが意外だ。
「ソフィアの見立てでは、遺跡から強い魔力は感じられない。比較的安全だろう。それも、お前に任せる理由の一つだ」
レオンは拓本を見ながら、心の中で問いかけた。
*世界の声。この遺跡について分かる?*
『提示された位置の情報だけでは内部を確認できません。ただ、現時点で感知できる魔力に、突出して強い反応はありません』
ソフィアと同じ感触らしい。
「分かりました。引き受けます」
◇
レオンが選んだのは三人だった。
まずは、発見者のロシーナ。
入口の封印を解いた彼女は欠かせない。
淡い茶色の髪に、すらりとした体格。身長は百六十五センチほどで、レオンとほぼ同じだった。
普段は茶系の服を着て、年季の入った木の杖を使っている。なんでもおばーちゃんから譲り受けたものだとか。
さっぱりした性格で、少々口が悪いところもある。
以前、魔力を探ったときの数値は八百五十。調査員としても、魔法使いとしても頼りになる先輩だった。
次に、僧侶のソーエン。
百六十八センチほどで、普段は魔法使いが好む形のローブを着ている。本人も、もともとは魔法使いを目指していたらしい。
しかし、特に才能があったのは回復魔法だったという。
面倒見がよく、レオンが仕事で悩んだときには、何度か話を聞いてくれた。
「隊長就任、おめでとう。何かあったらまた相談に乗るよ」
「今、すでに相談したいですね。緊張で眠れない」
ソーエンは笑って、医療具の入った鞄を持ち上げた。
最後は同期のジェイクだ。まだ新人だが、格闘の腕は五年先輩の隊員にも引けを取らない。
「お前が隊長? マジかよ」
「不安なら、別の人を誘うけど」
「誰が不安だと言った。行くに決まってるだろ」
ジェイクはそう言ってから、口元を隠すように荷物へ向き直った。どうやら楽しみらしい。
四人は装備と食料を整え、翌朝、王都を出発した。
◇
遺跡の入口は、なだらかな丘の岩壁に開いていた。
ロシーナが解除したという封印の跡が、石の表面に淡く残っている。入口脇の石板には、確かに故郷の遺跡と同じ紋様が刻まれていた。
「解除するまでは、ただの岩壁にしか見えなかったの」
ロシーナが灯りを掲げる。
「まだ別の封印が残っているかもしれない。壁や床には不用意に触らないで」
レオンは頷き、全員の位置を確かめた。
「僕が先頭で反応を見ます。ロシーナさんは仕掛けを。ジェイクは後方、ソーエンさんは中央でお願いします」
言い終えてから、自分が本当に指示を出していることに気づく。
ジェイクが小声で言った。
「隊長らしいな」
「今、からかうと後方の荷物持ちを増やすよ」
「もう十分持ってる」
◇
遺跡は三階層になっていた。
第一階層では小さな魔物に数度遭遇したものの、レオンが位置を知らせ、ジェイクが素早く片づけた。古い罠はロシーナが見抜き、解除する。
だが、第二階層はそう簡単ではなかった。
二階に入り、すぐに通路の奥で何か重量のあるものが動く音がした。
現れたのは、人の背丈の二倍もある灰色の魔物だった。岩のような体に、鈍い金属光沢がある。
「アダマンタイト……。中級のモンスターね。かなり厄介な相手よ」
ロシーナが張り詰めた声で言った。
ジェイクが側面に回り、拳を叩き込んだ。甲高い音が響く。魔物はわずかに揺れただけだった。
「硬っ!これ、殴る相手じゃないぞ!」
「先に言ってほしかった?」
「先に知ってたのかよ!」
レオンの《かまいたち》も表面に浅い傷が入るだけ。強い火であぶっても、まったく効き目が無かった。
『右脚の継ぎ目に、強度の低い部分を確認しました』
世界の声の指摘に、レオンは目を凝らした。魔物が一歩踏み出すたび、右脚の根元で魔力の流れがわずかに途切れる。
「右脚の付け根! ジェイク、動きを止められる?」
「一瞬なら!」
ジェイクが回り込み、アダマンタイトの脚の関節に蹴りを入れる。
魔物の重心が崩れた。
レオンは短く身体能力強化を使い、継ぎ目へ《衝撃》を打ち込んだ。
亀裂が入る。
ロシーナの拘束の術が、魔物の腕と脚へ絡みつく。
レオンはもう一度、同じ箇所へ掌を向ける。
二撃目で右脚が折れ、巨体が床へ崩れ落ちた。
「比較的安全、ねえ……」
ジェイクが赤くなった拳を見下ろした。
ソーエンがジェイクの傷ついた拳を治療した。
「次は、殴る前に少し考えようか」
「殴ったから、硬さが分かったんですよ」
「その調査方法は、お勧めしないな」
レオンも、自分の掌をさすりながら頷いた。
◇
第三階層では、階段を上がる前から風の音が聞こえた。
広い部屋の中央に、風をまとった魔物が浮いている。姿の輪郭は定まらず、時折、長い腕のようなものが現れては消えた。
【魔力量推定:三千超】
「三千……!」
レオンが知らせると同時に、魔物の周囲で風が回り始めた。
「伏せて!」
渦が通路を呑み込んだ。
レオンが練習している《トルネード》とは、まるで違う。石片を巻き上げ、床に深い傷を刻みながら迫ってくる。
「どこが安全なんだよ……!」
レオンは防壁を張った。風圧を受け止めるが、魔力が急速に削られる。
ロシーナとソーエンが攻撃魔法を放つが、風によってかき消され、魔物までは届かない。
*ただの風じゃないな*
「ロシーナさん、一瞬でもあれを止められますか!」
「魔物の動きは無理。でも、風の通り道なら変えられるかもしれない!」
ロシーナが壁に書いてある術式を読み、封印の呪文を唱えた。天井近くの古い石板が光り、渦の向きがわずかに逸れる。
「ジェイク、右の柱まで行ける?」
「行ける! 次は?」
「僕の合図で、あいつの下にある石台を蹴って!」
魔物の足元には、魔力の集まる石台があった。体は風でも、あの場所を軸に動いているように見える。
レオンはソーエンに目を向けた。
「ジェイクが戻る道に、防護をお願いします」
「任せろ」
ロシーナが風を逸らす。ソーエンが防護の術をジェイクにかける。その間にレオンは魔力の流れを読み、渦が弱まる瞬間を待った。
【風の収束まで:三秒】
「今!」
ジェイクが柱から飛び出した。石台を蹴りつけると、表面の古い術式にひびが走る。
魔物の形が乱れた。
レオンはその一瞬に《光の矢》を放った。光が風の中心を貫く。続けてロシーナが封印の術を石台へ重ねた。
荒れ狂っていた風が、徐々に静まる。
最後の一吹きがレオンの髪を逆立て、部屋は静寂に包まれた。
ジェイクが床に座り込む。
「隊長…次に『安全な遺跡』って言われたら、俺はその場で帰るからな」
「俺も一緒に帰るよ」
レオンは笑おうとしたが、膝に力が入らなかった。
ソーエンが二人の様子を確かめ、ロシーナが崩れかけた石台を調べる。
全員に疲労と軽い傷はある。それでも、四人そろって立っていた。
奥の扉がゆっくり開く。
その先には、最上階へ続く階段があった。
レオンは仲間たちを振り返る。
「少し休んでから、進みもう」
四人は休息をとってから進んだ。
◇
最上階にたどり着いた四人を待っていたのは、天井の高い大広間だった。
壁に沿って古い柱が並び、奥には一枚の大きな石板が立っている。
「……これで終わり?」
ジェイクが肩をすくめた。
「まあ、もう少し知らべてみよう」
レオンは答えながら、石板を見つめた。ドワーフ王国の遺跡で過去の記録を見たときも、記録の再生は突然だった。
*世界の声。近づいたら、また記憶の再生が始まるのかな?*
『可能性はあります。ただし、この石板に記録が保存されているかは、現時点では確認できません』
「レオン?」
ソーエンが声をかける。
「少し、石板を見てきます」
レオンは一歩ずつ近づいた。
石板の表面には、古代文字が隙間なく刻まれている。文字は読めないが、ところどころに地名らしい印と、川や山を表す図が添えられていた。
「この地方の歴史みたいね」
後ろから来たロシーナが言う。
「まだ断定はできないけど、古い村の名前や街道の記録がある」
レオンは石板の前に立った。
白い光が視界を覆うかもしれない。知らない誰かの記憶に飛ばされるかもしれない。
……何も起こらなかった。
しばらく待つ。石板に手も触れてみる。
やはり、何も起こらない。
「どうした?」
ジェイクが聞いた。
「いや。もう少し変わった仕掛けがあるかと思って」
「さっきの風の魔物より変わった仕掛けなら、俺は帰るぞ」
それはレオンも同感だった。
◇
四人は手分けして広間を調べた。
ロシーナが壁と床の術式を確かめ、レオンは魔力の反応を探る。ソーエンは傷んだ通路や天井を見て回り、ジェイクは奥の小部屋を調べた。
数時間後、成果は石板の記録だけだった。
魔導書は一冊もない。魔導装備らしいものも見当たらない。
唯一の騒ぎは、ジェイクが古い箱を開けようとして、箱に噛みつかれたことだった。
「ミミックだ!」
「離れて!」
三人が駆けつけたときには、ジェイクは箱ごと床を転がっていた。レオンが蓋の継ぎ目に《衝撃》を入れ、ソーエンが噛まれた指を治す。
「宝箱かと思ったんだよ」
ジェイクは不満そうに言った。
「中に何が入ってた?」とレオン。
「……歯」
石板にはこの土地の歴史が刻まれている。だが、三階層を守る魔物まで置いて、奥にあるのが石板一枚だけというのは、どこか妙だった。
レオンはもう一度広間を見回した。魔力探知にも、目立った反応はない。
やがて夕方が近づき、四人は遺跡の外で一晩を過ごすことにした。
◇
入口から少し離れた場所に焚き火を起こした。
ソーエンが傷の手当てを終え、ジェイクが夕食の鍋をかき混ぜる。昼間はそれぞれの役目で慌ただしかったが、今は全員が同じ火を囲んでいる。
「ロシーナさん、あの封印、よく見つけましたね」
レオンが尋ねると、彼女は頷いた。
「故郷で習った魔法が役に立ったの。私は東のエバルト地方の出身でね。村にはエルフが交易に来ていたのよ」
「エルフが?」
レオンの頭に、白いローブ姿のソフィアが浮かんだ。
「魔法の道具も売っていたし、術を教えてくれる人もいたわ。私は小さい頃から、ずいぶんお世話になった」
「エルフって、どのくらい生きるんですか?」
「人によるけど、千年近く生きる人もいるそうよ。成人してから外見がほとんど変わらないから、顔を見ても年齢は分からないの」
*ソフィアさんは、一体何歳なのだろう。*
本人に聞く場面を想像し、レオンはすぐにその考えを取り消した。
「入口を見つけた魔法も、エルフに習ったんですか?」
ロシーナは薪を一本、火に足した。
「ええ。《魔力探信》という術よ。自分の魔力を薄く広げて、戻ってくる流れの乱れを調べるの。岩壁に隠された入口のところだけ、魔力の戻り方が違った」
レオンは興味を引かれた。
自分の魔力探知は、魔物や人の反応を探すために使っている。隠された場所そのものを探したことはない。
*世界の声。同じことが俺にもできる?*
『可能です。《魔力探信》は、現在の魔力探知と基本的な原理が共通しています。魔力を広い範囲へ薄く広げ、流れの乱れを比較してください』
遺跡の中で使ったら?
『範囲を狭めれば感度が上がります。通常の探知では見落とす小さな乱れも、発見できる可能性があります』
レオンは昼間の大広間を思い出した。
「……明日の朝、もう一度だけ石板の周りを調べてもいいですか?」
「いいけど、どうしたの?」とロシーナ。
「気になっている場所があって」
「最初から言えよ」とジェイクが言う。
「今、気になったんだよ」
明日は帰るだけのつもりだったが、少しくらい確かめる時間はある。
それからも四人は焚き火を囲み、任務の失敗談や故郷の話を続けた。
「そういや、レオン。この前の任務どうだったんだ?」
「任務って?ドワーフの?」
「そうだよ。ソフィアさんの足手まといにならなかったか?」
「うーん、たぶん?……まあ、あまり役に立った気はしないかな」
「ちょっと待って、ソフィアって、あの第二支部のソフィア様?」
ロシーナが割って入る。
*様?*
「ああ、そうだけど。魔法使いの」
「ソフィア様と一緒の任務だったの!」
「ええ、まあ…」
「しかも、王都から二人で行ったんですよ」
ジェイクが余計なことを付け加えた。
「え、二人で!」
「いや、だから傭兵団も一緒でしたよ。現地ではドワーフの部隊とも合流しましたし……」
「なんで、ペーペーのあんたがソフィア様と……私だってまだご一緒したことないのに……」
*確かに口悪い……*
「しかも、こいつ三回目ですよ」
「三回目!?」
ロシーナがレオンを見た。
「レオン、あんた許せないわ」
「ちょ、ちょっと待て。なんでそうなるんだよ。任務に行っただけだろ。俺が決めたわけでもないし……」
「ソフィア様は私が入隊したときからの憧れの魔法使いなのよ。あの若さであの強さ。しかも可愛い!」
*どこかで聞いたような……*
「なんでソフィアはそんなに有名なんだ?」
「ソフィア様は伝説がたくさんあるの。ドラゴンを一人で討伐したり、北の魔族を一人で制圧したり、古代の魔法を次々と復活させたり」
「そうなんだ……」
「そうよ、あんた知らないで任務に行ったの?」
「いや、まあ…、すごい魔力だなとは思っていたけど」
「ねぇ、今度ソフィア様と同じ任務になったら私も呼んでよ。いいでしょ?」
「いや、だから俺が決めれるわけじゃないし……」
「じゃあ、せめてどこに行くとか教えて」
「俺も俺も!」
ジェイクも入る。
「いや、しかし、任務の内容によっては、話せませんよ。まあ、許可される範囲なら……」
「よろしくね」
ロシーナは満足そうに頷いた。
*と言ってもな、次の任務がいつあるやら……*
レオンはソーエンへ助けを求めるように目を向けた。
彼は笑いながら、空いた椀へスープをよそっていた。
そんなこんなで夜は更けていき、眠る頃には隊を組んでまだ二日目とは思えないほど打ち解けていた。
◇
翌朝、四人は再び最上階へ向かった。
「まず、私が使い方を見せるわ」
ロシーナが掌を床へ向ける。薄い魔力が広間を滑るように進み、彼女のもとへ戻ってきた。
レオンも真似て魔力を流す。
最初は力を込めすぎて、広間全体に散ってしまった。二度目は範囲を絞る。石板と、その前の床だけを薄くなぞるつもりで。
【魔力の戻りに乱れ:微弱】
「あった」
レオンは石板の手前から左へ数歩進んだ。
何もない石床に見える。だが、そこへ流した魔力だけが、一瞬、乱れていた。
「ロシーナさん、ここです」
彼女が同じ場所を探ると、目つきが変わった。
「隠蔽術式……しかも、入口とは別の術ね」
ロシーナが古代語の呪文を唱え、床に触れる。石畳の模様が水面のように揺れた。
さっきまで何もなかった場所に、下へ続く階段が姿を現す。
ジェイクが覗き込んだ。
「三階建てじゃなかったのか」
「上の三階層は、ここを隠すためにあったのかもしれないな」
ソーエンの言葉に、レオンは頷いた。
階段の先は暗い。魔力を伸ばしても、途中から反応が鈍くなる。
「どうする、隊長?」
ジェイクが聞いた。
レオンは三人の顔を順に見た。誰も引き返そうとは言わない。
「灯りを増やして進みましょう。ロシーナさん、封印を。俺は先の反応を見ます。異常があったら、すぐ戻りましょう」
四人は階段を下り始めた。
背後で、大広間の光が少しずつ遠ざかっていった。




