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第35話 十八歳の口座

今回は8割は番外編です。書き始めたときから証券マンの設定をどう回収しようかと悩んでいたのですが、番外編ぽく書くことで達成しました。決して誤魔化したわけではありません。。。(笑)

春になった。


王都の街路樹に若葉が戻り、市場には冬の間見かけなかった野菜が並び始めた。レオンがこの街へ来て、もう一年になる。


そして今日、十八歳になった。


この世界では十八歳が成人だ。選挙で一票を投じられるようになり、酒も飲める。銀行口座も自分の名義で開けるようになる。


「よし。まずは銀行だ」


誕生日の朝に真っ先に向かう場所としては、少し地味かもしれない。


だが、前世で証券会社に勤めていたレオンにとって、自分のお金を把握できる口座は、祝いの酒より先だった。


机の上に、手持ちの硬貨を並べる。


金貨三枚、銀貨十五枚。


王都調査隊に入ってからは、通常の給料に加えて危険な調査の手当がつくことも多かった。使う暇がなかった分、十八歳にしてはかなりの額が貯まっている。


銀貨一枚は、前世の感覚なら十万円ほど。金貨は物によって価値の見当が変わるが、一枚あれば馬付きの馬車が買える。少なく見積もっても数百万円だろう。


「この世界に来てまで、金の換算をしてるな」


レオンは苦笑し、硬貨を袋に収めた。


◇


銀行は市場の大通りに面した石造りの建物だった。


入口には警備兵が立ち、窓口には商人らしい客が列を作っている。レオンが成人の証明と調査隊の身分証を出すと、受付の女性が書類を用意してくれた。


「お誕生日、おめでとうございます。初めての口座ですね」


「ありがとうございます」


口座を作り、銀貨一枚だけ手元に残して、金貨三枚と銀貨十四枚を預ける。


受付の女性は入金額を確認し、身分証へもう一度目をやった。


「調査隊にお勤めなのですね。これだけの資産をお持ちなら、証券口座もご案内できますが」


来た、とレオンは思った。


もちろん、最初からそのつもりだった。だが、制度を知ったつもりで申し込むのは危ない。


「証券口座ですか。どういうものか、教えていただけますか?」


何も知らない客の顔をして尋ねる。前世で似た質問を何度も受けた身としては、少しくすぐったい。


女性の説明によると、この世界にも株がある。麦や海産物、鉱物の現物取引があり、先の収穫や採掘分を売買する先物取引もあるそうだ。


さらに王国間の為替取引や、債券の市場まであった。


「そこまであるんですか」


思わず声が弾んだ。


「ええ。ただ、お取引の注文は当行の窓口で承ります。地方の銘柄ですと、価格の確認にも日数がかかる場合があります」


当たり前だ。インターネットはない。価格を知るにも、注文を出すにも、情報が届く時間を考えなければならない。


それでも、久しぶりに聞く言葉の数々に胸が騒いだ。


「本日は資料をいただけますか。読んでから決めます」


「かしこまりました」


受付の女性は厚い冊子を数冊、机に積んだ。


レオンはそれを持ち上げ、少しよろめいた。


「……取引を始める前に、まず腕力が要りそうですね」


女性が笑った。


◇


宿舎に戻ると、レオンはさっそく資料を広げた。


そこで、最初の疑問にぶつかる。


「そういえば、どんな会社があるのか全然知らないな」


資料に載っているのは会社ばかりではなかった。商会や魔法教会も株式を発行している。大きな企業の数は限られており、前世で見た市場に比べれば銘柄は少ない。


その代わり、地方ごとの協会が数多く名を連ねていた。村の生産組合、街の工房協会、港の荷運び組合。小さな地域の銘柄まである。


値段を左右するのは、売上だけではないらしい。街道をどの商会が使えるか、領主がどの協会を後押しするか。地方の力関係が、価格に大きく影響していた。


「知ってる言葉でも、中身は別物か」


レオンは鉛筆で気になる箇所に印をつけた。


情報の集め方も考えなくてはならない。銘柄のある土地へ毎回足を運ぶわけにはいかないし、古い価格だけ見て判断するのは怖い。


旅をする商人や冒険者から、現地の話を聞けるようになるといい。


「調査のついでに、街の様子も見ておくか」


そう呟いたところで、レオンは手を止めた。


任務先で値上がりしそうな鉱山を見つけたら、自分はどんな顔をするのだろう。少なくとも、浮かれて買い注文を出す前に、仕事で知った情報を使って色々と確認することがある。


元証券マンとして、それくらいは心得ている。


レオンは資料を閉じた。口座を開いた初日に、急いで投資する理由はなかった。


◇


数日後、第三支部から呼び出しが来た。


ライゼンの執務室に入ると、机の上に地図が広げられている。端には古びた石板の拓本らしい紙が置かれていた。


「レオン。十八になったそうだな」


「はい」


「成人祝いを言うつもりだったが、先に仕事の話になりそうだ」


ライゼンが地図の一点を指した。


「新たな遺跡が見つかった」


レオンの視線が、地図に吸い寄せられる。


以前、世界の声が存在を示唆した遺跡のどれかだろうか。あるいは、まったく別の場所か。


「どこですか」


ライゼンは地図をレオンの方へ向けた。


「まずは、発見した者の報告から聞いてくれ」


十八歳になって最初の大仕事は、どうやら銀行の資料を読み込むことでは済まなそうだった。



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