第33話 雪の渓谷へ
「夜遅くにすまんな」
エドガーは執務室の机から顔を上げた。
窓の外は真っ暗だ。レオンは呼び出された理由も分からないまま、椅子に座る。
「傭兵団と仲良くなったそうだな」
「……今夜、会ったばかりです」
*すごい、地獄耳だな……*。
食堂での一件が、もう伝わっているらしい。
「仲良くなったついでに、魔族退治を手伝ってこい」
「え……、ま、マジっすか!」
レオンの目が点になった。
「今日、ソフィアが傭兵たちから話を聞いた。ドワーフ王国の鉱山で何が起きているか、ようやく詳しく分かったんだ」
エドガーは地図を広げた。
鉱山を奪われたあと、ドワーフ軍は周辺への被害を食い止めた。だが、魔族を追い出せないまま、捕らわれた鉱夫たちが働かされている。
「それなら、遺跡の調査が終わったときに手伝えたのに」
「俺たちがいた頃、向こうは鉱山の件を詳しく話さなかった。権利も交易も絡むからな」
エドガーはため息をついた。
「ソフィアは事情を知って、すぐ支援を申し出た」
「ソフィアさんらしいですね」
「アルベリック王は困ったそうだ。ドワーフ王国からの正式な援軍の要請はないからな」
王国の兵を勝手に動かせば、話がさらに複雑になる。
そこでソフィアは、自分は傭兵団に同行すると言い出したらしい。何度止められても考えを変えず、王は渋々許可した。
「それで、なぜ俺まで?」
「彼女がお前を指名した。護衛役として」
「護衛……」
レオンは、東の城で自分を守ったソフィアを思い出す。
「僕が守られる側になりませんか?」
「そうならないために、役割を決めて動け。何も戦うだけが仕事じゃない。ドワーフの兵士に参加する形になるからな。サポート役も重要だ」
「俺の探知ですね」
「そうだ。戦いの全部を引き受ける必要はない」
エドガーは地図をたたんだ。
「一日で準備しろ。明後日、傭兵団と出発する」
◇
翌日、レオンは防寒具と食料をそろえた。
訓練場では魔法物理防御強化を短く試し、《かまいたち》の感覚も確かめる。練習中のトルネードは、二回転したところで消えた。
「まだ実戦向きじゃないな」
『はい。安定するまでは、既に習得した魔法を優先することを推奨します』
世界の声の助言に、レオンも頷いた。
ジェイクには行き先を伝えた。
「傭兵団と北の山? 昨日、飯を食いに行っただけだろ」
「僕も同じことを思ってる」
「気をつけろよ。ところでさ、いつのまにソフィアさんと飯食う仲になったんだ……?」
「え、いや、あれはたまたま飯屋でさ……」
「たまたまだと!…はぁ~…。レオンとは友達だと思ってたのに。俺に内緒でコソコソと動いていたわけだ」
「いや、だから本当にたまたま飯屋で会っただけなんだって」
*めんどくさいなこいつ…*
「たまたまでもなんでもいいんだよ。お前、ソフィアさんにファンクラブがあるの知ってるよな?」
「え、そうなの?」
ジェイクがさらにため息をつく
「お前、知らないのかよ!第二支部、戦闘部隊の青き稲妻、ソフィア戦闘隊長だぞ。あの美貌。あの若さで、伝説の人物だぞ…。ファンクラブが無いわけないだろ!」
*初耳だよ……そういえば、傭兵隊長もやけにソフィアには気を使っていたな…*
「しかもあろうことか、新人の分際でソフィア様との任務を2回も体験しただけでなく、3回目は二人で行くのか?これは問題だぞ」
*何が問題なんだ……確かに俺が護衛というのはいろんな意味で問題だが……*
「いや、だから、傭兵と一緒に行くんだって。二人きりじゃねーよ」
「当たり前だろ。二人きりだったらファンクラブの人間が黙っちゃいない」
「お前まさか……」
「ん?俺はファンクラブ会員第102番だ!」
と、おもむろに何かのカードを出す。
ファンクラブ会員証と書いてある。
*なんだ……これ?*
レオンは少し笑いそうになったが、こらえた。
「レオン!今俺は重大な岐路に立たされている。俺としては友達を応援してやりたい。と同時に、ソフィア様のファンとしてはお前の行動を見過ごすわけにもいかない」
「いいか、慎重に行動するんだ。くれぐれも間違った行動をするなよ」
*いや、だから何がだよ……*
「わかった、わかった。ていうか、俺には何もできないしな……」
*魔力2万の相手に何ができるって言うんだ……*
「頼むぞ。これは友としての忠告だ!」
「はい、はい。肝に銘じておくよ……」
暑苦しいジェイクを残して、レオンは自分の部屋に戻った。
◇
その翌朝、レオンとソフィアは五人の傭兵団とともに王都を出発した。
食堂で絡んできた隊長、ラドクリフは、昨夜とは違って酒の匂いがしない。
「よろしくな、王都の新人」
「レオンです。一昨日みたいな冗談はなしでお願いします」
「あれは悪かった。仕事中は真面目だ」
「信じます」
ソフィアが二人の間を歩きながら言った。
「仲良くなりましたね」
「そう見えますか?」
「はい」
レオンとラドクリフは顔を見合わせ、どちらともなく笑った。
◇
一行は一週間以上かけてドワーフ王国へ着いた。
ヴォルカン王は、伝令から先にレオン達のことを聞いていた。王宮で状況を説明すると、必要な装備を支給すると申し出てくれる。
「防寒の外套も、対魔族用の魔導装備もある。必要なものを選べ」
レオンは丈夫な胸当てと滑りにくい冬靴を受け取った。どちらも強い魔力を感じる。
傭兵たちも装備を確かめる。
「気前がいいな」とラドクリフが小声で言う。
「鉱夫を助けたいんだと思います」
レオンが答えると、ラドクリフは静かに頷いた。
◇
北の渓谷に近づくと、雪の間にドワーフ軍の陣が見えた。
焚き火のそばには、包帯を巻いた兵士たちがいる。無事な者も疲れた顔で見張りに立っていた。
ソフィアは荷を置くより先に、負傷者のもとへ向かった。
「治療を手伝います」
光が彼女の手から広がる。深い傷はすぐには消えなかったが、痛みが和らぎ、青ざめていた兵士の呼吸が落ち着いた。
*ソフィアは回復魔法も使えるのか。前世の某ゲームの分類だと賢者ってことになるな*
治療を終えると、ドワーフ軍の指揮官、傭兵団の隊長、ソフィアとレオンが地図を囲んだ。
「鉱山を占拠する魔族は、およそ五十」
指揮官が言う。
「大半は下級魔族だ。中級魔族が二人、さらに上級魔族が一人いる」
こちらはドワーフの精鋭三十五人、傭兵五人、アリティアから来た二人。
「上級魔族は、私が引き受けるわ」
ソフィアが言った。
指揮官は彼女を見る。
「一人でか?」
「一対一に持ち込めれば。ほかの魔族を近づけないでね」
中級魔族の一人をドワーフ軍、もう一人を傭兵団が受け持つ。レオンは魔力探知で敵の移動を伝え、捕虜への道を探す役になった。
◇
その後の三日間、一行は渓谷の地形や魔族の戦力などを調べた。
雪に隠れた細道。鉱石を運ぶ坂。見張りが交代する時刻。
夜になると、ソフィアが姿と魔力の気配を薄くする潜入魔法をかけ、レオンとともに鉱山へ近づいた。
「私から離れないでね」
「分かりました」
二人は岩陰を伝って進む。
レオンの探知に、下級魔族の反応が映る。少し先に、鉱夫たちの弱い魔力も集まっていた。
「北側の建物に捕虜がいます」
「人数は?」
「壁越しなので、正確には……十人以上です」
建物の位置を確認するため、二人はさらに先へ進んだ。だが、雪に覆われた斜面を下りる途中で、レオンの足が滑った。
「うわっ!」
とっさに手を伸ばしたが、つかめるものがない。レオンは斜面の端に手をつき、どうにか体を止めた。
その音に、見張りの魔族が振り向く。
「誰だ?」
ソフィアがレオンの腕を引き、岩の陰へ押し込む。すぐにもう一度術をかけた。
魔族の足音が、すぐそばまで来て止まる。
レオンは息を殺した。
やがて足音が遠ざかる。
「危なかったわね」
ソフィアが囁く。
「すみません。僕のせいです」
「足場が悪かったので、仕方ないけど気を付けてね」
「いや、何かにつかまれればよかったんですけど……」
レオンは斜面を見上げた。
「そういえば、ロープの魔法を覚えておけばよかった」
以前、世界の声から習得を勧められた魔法だ。ロープを作り出すだけなら、今の自分でも使えそうだった。
「ロープがあれば、あそこに固定して安全に下りられたのに」
『ロープの魔法の習得を推奨します』
世界の声が、答えた。なんとなく呆れた声のように思えた。
*今それを言う?*
『いつ言ってもロープの魔法が重要な事実は変わりません』
レオンは反論できなかった。
*王都の戻ったら真っ先に覚えるよ*
二人はこれ以上近づかず、陣へ戻った。
捕虜の場所は分かった。建物は鉱山の北側にあり、そこへ続く細い通路は見張りの数が少ない。
◇
翌朝、日が昇るのを待って奇襲を実行した。
魔族が作った結界をソフィアが解除する。
レオンが見張りの位置を伝え、ドワーフの兵が北側の通路へ進む。傭兵団は別の道から注意を引き、捕虜の建物と戦場を切り離した。
「右の岩陰に二人!」
レオンの声に、味方の兵士からクロスボーの矢が飛ぶ。
一人を仕留め、もう一人の下級魔族が反撃しようとしたところを、ドワーフの精鋭が剣で応戦した。
騒ぎを聞きつけた中級魔族が出てきた。
出力の高い闇魔法をドワーフに向かって打つ。
ドワーフの魔法使い部隊が防壁で守った。
後ろから騎士と戦士が集団で中級魔族に攻撃をしかける。
すると別の方向からファイヤーフレームが飛んできた。
もう一人の中級魔族が斜面の上から姿を現した。
ラドクリフ率いる傭兵団が斜面を駆けのぼり応戦する。
傭兵団の魔法使いが攻撃魔法で補助する。
◇
戦いが始まる前ソフィアは上空に待機し、様子をうかがっていた。
戦いが始まるとソフィアは鉱山の中央の広場に降り立った。
これだけの広さがあれば存分に戦える。
雪の向こうから、角を持つ上級魔族が姿を現す。
「結界を破ったのはお前か」
「今すぐ、捕らえた人たちを解放しなさい」
「断ると言ったら?」
上級魔族の周りで、黒い魔力が渦を巻いた。
ソフィアの足元に白い光が広がる。
「人間にしてはかなり強い魔力を持っているな。名前だけ聞いてやる」
「魔族に名乗る名前なんてないわ」
「ふふふ、よかろう。それがお前の最後の言葉だな」
◇
レオンが周囲を探ると、下級魔族の反応は次々に消えていた。中級魔族の二つも、ドワーフ軍と傭兵団が遠くへ引き離している。
中央に残った強い反応は、二つ。
ソフィアと上級魔族だ。
二人の魔力がどんどん上昇していくのがわかる。
「みんな、離れて!」
レオンが叫ぶ。
次の瞬間、二つの魔力がぶつかり、渓谷の雪が爆発したように吹き上がった。




