第29話 扉が選ぶ者
翌朝、調査隊は再び遺跡の最深部へ向かった。
透明な障壁は、前日と変わらず通路を塞いでいた。
向こう側の石床まで見える。それなのに、魔力探知だけは、その面を越えられない。
ソフィアは障壁の前に立ち、目を閉じた。
指先から細い光を伸ばし、内側を巡る魔力へ重ねていく。
しばらくして、彼女は手を下ろした。
「なるほど。これは魔力だけでできているのね。石やガラスの壁があるわけじゃないわ」
「では、歩けば通れるのか?」
ハロルドが尋ねる。
「身体は通せるけど、強い魔力の圧力を受ける。耐えられなければ、こちらへ押し戻される仕組みだと思う」
「壊すことは?」
「できなくはないでしょうけど、通るより多くの魔力が必要ね。周囲の術式まで壊すかもしれないし、勧めないわ」
ソフィアは透明な面を見上げた。
「通過する者の魔力を試しているのね。見たところ、三千程度は必要かしら」
レオンは、自分の魔力量を思い出した。
五百三十六。
*六倍近いぞ……。*
ヤンデンが腕を組んだ。
「ずいぶん高いな。ソフィアはともかく、ほかはどうだ?」
「まず、私が行ってみるわ」
ソフィアは、ためらいなく踏み込んだ。
白いローブが透明な面へ触れる。
光の輪が一度広がっただけで、彼女は向こう側へ抜けた。
「簡単そうに通るなあ」
ヤンデンがぼやく。
次はラグナだった。
胸の前へ手を当て、魔力を全身に巡らせる。
障壁へ触れた瞬間、青白い光が鎧を伝った。足取りが重くなったが、止まることなく向こう側へ出た。
振り返り、口元を上げる。
「剣だけでなく、魔力も鍛えているからな」
「俺の番か」
ヤンデンが肩を回した。
レオンは、その大きな拳を見た。
道中では、ほとんど拳と蹴りで敵を倒していた。魔法を使うところは、あまり見ていない。
「ヤンデンさん、通れそうですか?」
「試してみるさ」
ヤンデンは障壁の前で、両手を合わせた。
低い声で短い祈りを唱える。
肌の上へ、淡い光が浮かんだ。
「えっ。僧侶の術も使えるんですか?」
「武闘家で、僧侶でもある」
「なんと……」
「お前、意外だと思ったな」
「いや、え、えっと、正直見えないですね」
「正直でよろしい」
大きな拳を合わせて祈る姿を、レオンは改めて眺めた。
*祈りがこれだけ似合わない人も珍しいな……。*
ヤンデンが障壁へ入る。
光が激しく揺れ、足が止まった。
「ぐっ……!」
肩と腕の筋肉が盛り上がる。
押し返されそうになりながら、一歩、もう一歩。
最後は向こう側へ転がり出た。
「通れたぞ!」
床へ座ったまま拳を上げる。
「……魔力を使うのは疲れるな」
◇
ハロルド、ゲイル、ベインと、ドワーフの調査員二人は手前に残った。
無理に通過を試すより、退路を確保し、ここまでの記録を整理する方がよいという判断だった。
レオンは障壁の前で、自分の魔力を確かめた。
【対象:レオン】
【魔力量:587】
*少し増えてる。でも、三千には全然届かないな。*
「通れなければ、こちらで記録を手伝え。無理はするなよ」
ハロルドが言った。
向こう側から、ソフィアも声をかける。
「中途半端に入るとダメージを受けるわ。本当に無理しないで」
「はい」
レオンは障壁を見つめ、心の中で呼びかけた。
*世界の声。通る方法はある?*
『現在の魔力出力では、通常の方法による通過は困難です』
*やっぱりそうか。*
『ただし、《魔力強化》の使用経験と制御精度が、上位スキルの解放条件を満たしています』
*上位スキル?*
『《魔力超強化》です』
レオンは目を上げた。
*今の魔力強化とは、何が違う?*
『従来の魔力強化より高い出力を、短時間で引き出せます。また、身体の外側へ展開した魔力も、強化した状態で維持できます』
*防壁みたいなものにも使えるのか。*
『はい。ファイヤーフレームなどの放出系の威力が大きく向上します。この壁の通過には外部からの圧力に対する魔力の強化が必要です。身体を覆う魔力の出力を高めることで、壁の圧力に対抗できる可能性があります。ただし、保有する魔力の総量が増えるわけではありません』
*なるほど。*
レオンは透明な壁の厚みを確かめた。
それほど距離があるようには見えない。
*通過できると思う?*
『推定出力は、通過条件をわずかに上回る三千百五十相当です。解放に必要な消費を差し引いた、最大出力の維持時間は約二・三秒と推測されます』
*二・三秒……短いな。*
入って、立ち止まる余裕はない。
レオンはハロルドへ向き直った。
「短時間だけ、魔力を強くする方法があります。試してもいいですか?」
ハロルドは少し考えた。
「止めても挑戦するんだろ。魔力を使い切るなよ。一回失敗したらそれであきらめろ」
「わかりました」
レオンは深く息を吸う。
*解放して。*
『《魔力超強化》を解放します』
身体の内側を流れていた魔力が、一気に束ねられる。
その力を、身体の周囲へ広げた。
【魔力超強化:発動】
【推定出力:通過条件付近】
レオンは踏み込んだ。
胸を押すような圧力が来る。
前へ出した足が震えた。
一歩進むだけで、魔力が恐ろしい勢いで失われていく。
*まずい。本当に持たない……!*
身体能力強化も使いたくなった。
だが、別の術へ回す余裕はない。
レオンは歯を食いしばり、最後の一歩を踏み出した。
圧力が消える。
すぐに術を解いた。
向こう側の床へ、膝をつく。
「レオン!」
ソフィアが駆け寄り、肩を支えた。
ラグナとヤンデンも近づいてくる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。……たぶん」
ソフィアが胸元へ手をかざした。
「ほとんど使い切っているじゃない。しばらく休んでいなさい」
「はい……」
*やっぱり母さんみたいだ。*
レオンが座り直すと、ソフィアは透明な壁を振り返った。
「ところで、帰りのことは考えている?」
「あ……」
隣で、なぜかヤンデンも顔を上げた。
◇
「ここで休んで、回復してから戻るしかないか」
ラグナが言った。
ソフィアは小さく息をつき、鞄から薄い四角形の板を取り出した。
厚みのあるカードのようだった。
縁を金属で囲まれ、中央には細かな模様が刻まれている。
彼女が魔力を込めると、模様が青白く光った。
レオンにも、大きな魔力が板へ吸い込まれていくのが分かった。
「魔鉱石を使った蓄魔具よ。必要なときに、蓄えた魔力を防護膜として放出できるの」
ソフィアはレオンへ差し出した。
「帰りは、これを使いなさい。今の障壁なら、何回かは通れるはずよ」
「こんなものが……。ありがとうございます」
レオンは両手で受け取った。
ヤンデンが、そっと手を上げる。
「あの、ソフィア、いやソフィアさん、俺の分も頂けないでしょうか」
急に丁寧な口調になった。
「ヤンデンさんは通れたでしょう?」
「通れたが、またあれをやるとなると、ちょっとな」
「……そう言うと思ったわ」
ソフィアはもう一枚取り出し、魔力を込めた。
「無駄遣いしないでね」
「さすがソフィア! 話が分かる!」
ヤンデンは、受け取った板を大事そうにしまった。
ラグナが首をかしげる。
「それがあれば、全員で来られたんじゃないか?」
「通るだけなら、その方法もあるでしょうね」
ソフィアは奥の通路へ目を向けた。
「でも、魔力の低い者を入れない仕組みがある以上、その先にも相応の魔力を必要とする設備があるかもしれないわ。全員を連れてくるかは、奥を確かめてからよ」
「なるほど」
ラグナは頷いた。
レオンは手の中の蓄魔具を見た。
通過する手段を持っていることと、その先で動けることは違う。
自分は、すでに座り込んでいる。
「あと。この手のトラップが遺跡にある時は魔力回復の仕掛けがあることもあるから。でもそれを期待して入るのは間違いだと思うけどね」
ソフィアが言った。
*なるほど*
レオンは納得した。
◇
レオンが歩けるまで休んでから、四人は通路を進んだ。
ハロルドたちには、決めた時刻までに戻ると伝えてある。障壁越しに声が届くことも確認できた。
通路の壁には、古い文字が刻まれていた。
レオンが読めるものは少なかったが、ソフィアはところどころで足を止め、文字の形を確かめている。
やがて、広い部屋へ出た。
「これは……」
ラグナが言葉を失う。
壁一面に棚が並び、魔導書が収められていた。
革の表紙を持つ本だけではない。薄い金属板を何枚も束ねたものや、筒に収められた巻物もある。
中央の台には、剣や盾、腕輪、篭手が並んでいた。
それぞれを、薄い魔法の膜が包んでいる。
ヤンデンが大きな篭手へ目を留めた。
「俺の手に、ちょうどよさそうだ」
「触るなよ」
ラグナがすぐに言う。
「まだ見てるだけだって」
レオンも、棚の間をゆっくり歩いた。
装備に込められた魔力は、王都の店で見た品とはまるで違う。
古びた金具も、色の褪せた表紙も、力を失っていなかった。
部屋の奥には、石板が立っていた。
品々の目録だろうか。
近づくと、視界へ文字が浮かぶ。
【対象:記録領域】
【照合を開始します】
*世界の声?*
『条件を満たしました。過去の記録を再生しますか?』
レオンは足を止めた。
*何の記録?*
『この施設に保存された記録です。内容は、再生前には確認できません』
後ろでは、ソフィアたちが装備を調べている。
レオンは一度、石板と仲間たちを見比べた。よくわからないけど、見るだけなら良いか。
*再生して。*
『承知しました』
目の前が真っ白になった。




